長い夜を歩くということ　115

「何がですか？」

私は彼女に合わせた。そういうセリフが用意されているものだと、私は元から知っていたみたいに口は滑らかに動いた。

「そんな彼女が結婚して、今では娘のいるお母さんなんですもの。一度、お宅にお邪魔したことがあったけれど、旦那さんすっかり彼女の尻に敷かれてました」

彼女はまた思い出して笑っていた。

まるで親戚の子の成長を見ているかのように彼女は嬉しそうだった。

「樺澤さんの担当だったのですから、仕事をしていない時でも、旦那さんの管理くらいは自然にやってしまうでしょう」

私は自分で記入した問診票のチェックを見ながら言った。

ボールペンで書かれたチェックは細く鋭敏に跳ね上げられて大きさは全て同じだった。

「ひどい先生ですね。私は事務所の中でも新人の研修先になるくらい、優しくて丁寧だということで評判だったんですよ？」

彼女は不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。

でも、言葉は蝶が遊ぶように宙を舞って私の耳に届く。

私は視線をまた彼女に戻した。