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長い夜を歩くということ 20

 彼が興した会社はなかなか糸口を見いだすことができずにいた。

退社する時は幸いなことに、同期や先輩後輩からも「応援している」と笑顔で送り出され、社長からは酔いがあったとはいえ、とても残念なまだ何かを言いたげな顔をされた。

しかし、「お前なら絶対にできる」とすぐに表情を笑顔に切り替えて励まされた。

彼は社長の姿を見て「やれる」と改めて確信していた。

お得意先に挨拶をした時も「名刺を絶対に持ってきてくれ」と言われ、人間の温かさが会社の看板が外れた彼の心には深く染み込んだ。

 しかし、金と立場が絡む現実はそう甘くはなかった。

彼は約束通り前の会社のお得意先に名刺を持っていき、連絡を取り合った。

しかし、返ってくる答えは「私の一存で決められない」という言葉ばかりだった。

どこかで彼は人と人として彼らと通じ合っていると思っていた。

しかし、所詮は会社名を擦り付けただけの付き合いに過ぎず、看板が外れた彼はやはり「ただの人」でしかなかったのだ。

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