長い夜を歩くということ 143
ゴッホが塗りつけたように無愛想な暗灰褐色の幹には、深緑の苔が吹きつけられ、上へ伸びていくに従って、細かく小さく分かれていく。
枝一本一本は丸く、表皮は艶やかで、若々しい灰褐色に染まっていた。
末端には似つかない白桃色の蕾を蓄え、春の訪れを待ちきれない幾つかの勝気な膨らみは、解けて風に踊っていた。
「あら先生、こんにちは。今日は遅かったですね」
私は自分の表情が心配になって、ゆっくりと力を加えた。
「はい。珍しく後輩の仕事に付き合っていましたので。急に予定変更してもらってすみませんでした」
「いえ、大丈夫ですよ。塩尻先生は後輩に慕われているのですね」
「ここには優秀な子達がやってきますから。今のうちに恩を売っておいたほうがあと十年後が安泰なんですよ」
「ふふ。先生は本当に冗談しか言わない人ですね。こんな人はドラマだけだと思っていましたよ」
「楽しいというのは良いことだと思いますよ?ほら、お笑いという業界はありますが、お真面目という業界はありませんから。需要があるのは冗談と不真面目です」
「それは確かにそうかもしれませんね」
彼女は口に手を当てて笑っていた。
布団が重さを増して彼女の下半身に覆い被さっている気がした。
私はそれが視界に入ることを拒否したくて窓に視線を移した。
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