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長い夜を歩くということ 140

彼女は

「私って意外と気さくだから、アプローチは誰からでも受けるのよ」

とわざとらしく胸を張った。

彼女の女優らしくない見え見えの演技が病室の空気を戯けて揺らした。

彼女の目と鼻と口が全部違う表情をしていて、少しだけわかったような、何もわからないような、ただ胸に痛みだけがあった。

「麗華さんならそうなるでしょう」

私は窓の外を見た。小枝が風に揺れていた。

見たいわけでもないのに、その位置から動かすこともできなかった。

「でも、女優としての樺澤麗華で見られるだけなのよね。それは相手がお互いの苦労をわかるような有名な俳優でも変わらなかった。私がただの樺澤麗華で…いや、ただの私でいられる時はなかったから。いつも私から別かれたわ」

「互いに同じ立場でも、分かり合えないものがあるのですね」

「ええ。そうね。ただ…今思えば…私だってその人のことをちゃんと見ずに、私なりの解釈を押し付けていただけかもしれないのにね。私だけありのままを見て欲しいだなんてわがままな話よね」

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