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長い夜を歩くということ 29

 彼はもうどうとでもなれと思った。なんのためらいもなく、自分の思いを少女にぶちまけていた。

このままでは会社は傾いて、社員の生活を守れないと確信していること。でも、その危機感を社員たちは感じていないどころか、安定に慣れてずっと続くという勘違いを起こしていること。

しかし、それを無理やりに伝えることも仕事をやらせることもできないこと。

少女は今までとは打って変わって、黙って話を聞いていた。時々聞こえる「うん」という相づちが、言葉に詰まって落ちそうになる彼の心を掻き出してくれた。

「会社ってさ、おじさんだけのものなの?」

少女はボトル棚に顔を向け、矢でも射るように真っ直ぐ言った。彼は反射的に苛立った。少女に感情的な視線を向けた。

「どういうことだ?」

彼は一回りも違う少女の言葉にムキになっていた。酔いもあるだろうが、それよりも一人で会社を作り上げてきた自負が彼を逆立てていた。

「だって、おじさんは自分が社長だから、辛い思いをしてきたから、社員たちを守ってあげたいと思ってるけど、社員は守られるために会社に来ているわけじゃないでしょ?仕事しに来てるんでしょ?だったらおじさんの抱えてる将来の問題は会社にいる人すべての問題じゃない?」

少女の言葉は的確だった。彼は何も答えられず、察するということを知っていたのか少女は言葉を続けた。

「おじさんは確かにその会社の社長で、どの社員よりも会社と支えてくれる人たちの生活と未来を考えなきゃいけないよね。でも、一人で全てをどうにかしなきゃいけないわけじゃないでしょ。おじさんは社長だけど、ただのおじさんなんだよ。週のど真ん中に酔いつぶれて、二十歳の女の子に説教されちゃうような、ただのだらしないおじさんなんだよ。会社一つを何もかも支えようなんて蟻一匹で象を運ぶようなもんだよ」

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