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長い夜を歩くということ 136

院長はおもむろに引き出しからファイルを取り出し、パラパラと捲る。

無数の名刺が透明なフィルムの中で整列し、院長に向けて姿勢よく存在を主張していた。

「あまり、豪華なところというわけにはいかないが、部屋の間取りや場所の希望はあるかい?」

院長はまた私に微笑みを浮かべた。

「いえ。一人暮らしができる最低限度のものが揃っていれば構いません」

「わかった。では、私の方で準備しておこう」

私はお辞儀をしてから院長室を後にした。

すれ違う看護師や医師が障害物にしか見えず、私は廊下の端を歩いた。

自分のデスクまでの道のりの中に個人病棟への道がある。

その場所だけ少し前まで人がいたかのような熱を感じた。

私の足は決められていたかのようにその個人病棟へ進む。

しかし、手の中に問診票がないことに気づき、足は止まった。

頭の中に正常な思考が流れた。

今日の問診は終わっている。

私はそのまま振り返り、廊下の空気に熱を冷やされながら自分のデスクに戻った。

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