長い夜を歩くということ 28
「最後の言葉がなければ、キスでもしてあげたのに。おじさん、勿体無いことしたね」
少女は太陽のような明るい笑顔をすぐに取り戻した。照れ隠しで声は一段と大きく、彼の耳の中にねじ込まれた。
彼はキスなんかよりもこの笑顔を見れたことの方が嬉しかった。キスなんてされた日には、その後体にいくつ手形がついてしまうのかわからないとも思った。
彼の問題は何一つ解決していないのに、背中に張り付いた黒い鉛の塊が剥がされたように彼の体は少し軽くなっていた。
「まあ、でも、私も嬉しかったし、おじさんの悩みも聞いてあげるよ。ほら、話してごらん」
少女は新しくカクテルを頼み、彼に見えないように小さく指差す。「ツケ」と笑顔でマスターに口を動かした。
見られていないとでも思ったのだろうが、その瞬間は彼が彼女の笑顔に見惚れた後で、彼の視界の中央にはばっちりと彼女の犯行は映っていた。
マスターはもうすでに口元で笑いながら彼に目下せをした。
いいですよね、とでも言っているような目をしていた。マスターも共犯であった。
彼は観念して数回頷いた。
するとマスターも数回頷く。「はいはい」と少女に言い、後ろのボトルを探り始めていた。
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