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長い夜を歩くということ 22

彼の仕事が依頼だけで回るようになったのはそれから一年後だった。

前会社のお得意先も「ようやく上司からの許可が降りた」と仕事を振ってくれるようになった。

彼は前のお得意先に断られて以来、連絡をすることは控えていたので、突然のことで驚き、そして、感動した。

彼はこの手のひら返しを恨むようなことは微塵もなかった。彼らの立場や状況、考えを彼は理解していたし、何よりも彼らはもう一度戻って来てくれている。

自分の頑張りが一度切れた縁でさえ、もう一度手繰り寄せてつなぎ合わせることができた事実が、彼の自信となり、心臓に強固な根を張り、芽を出し始めていた。

やがて社員は増えて、彼は自らが営業に出ることはなくなり、指導に当たることが多くなっていった。

新橋に新しいオフィスを構え、入社希望者はさらに増えた。

彼は三年にして、「名家になる」という夢の背中がようやく現実として見え始めていた。

しかし、対照的に彼の中に産まれたのは「社長」として「人の生活を預かる者」としての「焦り」だった。

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