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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #41

第四章 遭逢:2

 あの士官候補生が本当に特権階級の豚であるかどうかは分からない。

だが、考えが真っ当なうえ素直でハンサム、おまけに頭が良くて物腰が優しいのは確かだ。

そうさ。


『アリアズナさんほど愛し気なお嬢さんには、今までお会いしたことがありません』


そう真顔でのたまうような奇特で小金持ちの好青年が、優雅に膝を折りわたしの手を取って現世の夢を約束してくれる。

そんな未来を我が手に掴むと、わたしは鏡に向かって固く心に誓ったのさ。

そのために必要とあらば、故郷でアホヅラ晒す幼馴染の小僧共には、わたしが蠱惑(こわく)的色香を実装する為の贄(にえ)になってもらうことも辞さない。

そう力強く思いましたとも。


 第七音羽丸は、プリンスエドワード島の高地にある、キャベンディシュという街に築かれた空港へ入港した。

裏の事情はともかく、表立っての業務は何処の港に入っても同じこと。

これまでの巡空で集めて回った隕鉄を商い、必要物資の補給を手配する。

同時に、航行時には手を付けられなかった船体の整備補修の為に、時間を取るのだ。

 巡空中も大忙しだったステラ・グラハム・キョウヅカ退役海佐だったが、主計長兼事務長として、入港中は常にも増して手下を自在に使っての大活躍だった。

思うに、ステラさんがいなければ、第七音羽丸は空に浮かぶただの阿呆船だったかもしれない。

わたしはステラさんのことを、今でも心の中では総帥とお呼びしているが、実務上これは当たらずと言えども遠からじと言うところであったろう。

 フィールドより上側の世界で取引される鉄や重金属は、何処でも良い値がついた。

そこにステラさんの手腕?剛腕?で付加価値?が付いて、村営第七音羽丸は毎度結構な利益を上げていた

村で温泉を掘り当てようという、山師めいた事業の資金源になったのは論外。

初等学校や中等学校の運営基金に大きく貢献しているというから大したものなのだ。

お姉さま方のお給金も軍にいた頃よりだいぶ良いらしい。

武装行儀見習いのわたし達がもらうお駄賃だって、中等学校出たての売り子や小間使いが貰えるお手当より遥かに多いのも確かだ。

 だからといって第七音羽丸での奉公が、年頃の村娘達に大人気かと言えば、そんなことは全然ない。

一回の航海で一年近くの間、親元や彼氏の傍を離れることになる訳で、これはなかなか寂しいことではある。

おまけにコッペパンみたくこんがりと陽には焼けるし、もりもりと筋肉だってついちゃう。

何よりマストに昇ったり大砲を撃つなんて『清く正しく美しい娘がやるこっちゃない!』。

そうはっきりと断言できた。

どこの誰だって少し考えれば分かることだ。

 だから音羽村の武装行儀見習いは、ひとり残らず心底空が好きだったり、大いなる自由を求めたりする変わり者ばかりだ。

わたしを除いてね。

死ぬ気で親を説得したりほとんど家出同然、なんて形でここにいる娘ばかりだよ。

ちなみに前者はディアナで後者はアキコさんね。

・・・ホント、マジで正気を疑ってしまう。

わたしみたいに、当人の希望を完全に無視する形で無理矢理奉公に出された薄倖の美少女は、音羽村の武装行儀見習い史上最初で最後に違いない。

 ポストアカデミーへの進学に必要な学費は自分で稼ぐべし、と言うケイコばあちゃんの言い分は承知した。

そうではあるけれども、ケイコばあちゃんには『あんたは女衒(ぜげん)かい』と小一時間は問い詰めたかった。

行儀見習いの支度金?

もちろん、ケイコばあちゃんに巻き上げられましたとも。

『若い娘がこんな大金手にしたらロクなことになら無いから入用になるまで預かるよ』

ですって!


 プリンスエドワード島は大陸に成りそこなった島と言われる。

それだけに、広大な陸地に複数の山地や大小の河川に恵まれ、当初から惑星ロージナでもっとも暮らし易い土地だと思われていた。

赤道をまたいだ位置にあったので、テラフォーミングの当初より軌道エレベーターや宇宙港が建設された地でもあった。

当然、プリンスエドワード島はロージナ開発の拠点と成り、テラフォーミングが完遂した暁には、首都として機能するはずだったのだ。

 しかし文明の集積度が高いという事実は、千年前の大災厄では最も大きなダメージを被ることへとつながった。

多次元リンクの突然の遮断とライブラリーの喪失は、軌道エレベーターの崩壊やナノマシーンプラント群の爆発的破壊を招き、島はほぼ無人の焦土と化したのだ。

 今もなお島の三分の二に及ぶ土地は人間の居住を拒んだまま、自然がなすがままの姿にゆっくりと変化を続けている。

ロージナの自然が、テラフォーミングによるオーダーメードで始まったことを考えると、いささか感慨深いものがある。

なんとなれば人の手を離れ、今まさにプリンスエドワード島の無人地帯で育ちつつある自然こそが、ロージナオリジナルの自然と言えるのかもしれないのだ。

 ひるがえって島の三分の一に当たる地域で見られる人間社会の隆盛は、ひとえに惑星郵便制度が本拠地にこの場所を選んだことにある。

大災厄から八百年の後、惑星郵便制度は完全な中立と独立を維持することが適う地を捜していた。

 当時のポストマンたちは、新発明で導入された航空船を使い、業務の道すがらロージナ中を精査してまわったのだった。

長い年月をかけて条件が揃った候補地の策定と調査を重ね、やがて無人のままだったプリンスエドワード島に白羽の矢が立った。

 惑星郵便制度は数十年の月日を費やして新しい中央郵便局を建設し、ポストアカデミー創設まで漕ぎつけた。

それは惑星郵便制度が、新発明の航空船を自在に操る組織故に可能だった壮挙と言えた。

現在のプリンスエドワード島はまさに、惑星郵便制度のお膝元、城下町として発展を遂げたのだった。

 惑星郵便制度はロージナの各地域間の交流が盛んになるにつれ、為替や金融、銀行、保険業務にも事業を拡大していった。

そのおかげで現在に至るまで、プリンスエドワード島は順調に経済的発展を遂げ、他に類を見ないほど豊かな地となった。

星球儀や世界地図に興味のない一般のロージナ人にまで、住民の高い民度と文明力でその名を広く知られるようになったのだ。

 南側の海岸沿いにある島都シャーロットタウンから、山地に挟まれて徐々に標高を高めていく扇型の地形は、やがて標高三百メートルを超える高原地帯となる。

惑星郵便制度の本局である中央郵便局の設立と共に建設されたキャベンディシュは、シャーロットタウンから四十キロメートルほど離れた、丁度扇の要に当たる高原の端の町として栄えていた。

 キャベンディッシュの街は空港によって世界に開かれていたが、海港を持つシャーロットタウンとは傾斜地を介した複合都市を形成し、両者はほぼ一体で機能していた。

食料供給を担う後背地の農村地帯を除けば、島の人口の大多数はこの扇型の地域に集中していた。

 キャベンディッシュの市街地は、標高三百メートルを跨いで広がっていた。

中央郵便局をふくむ惑星郵便制度の本拠地は、空港に隣接した低層石造りの建造物群として一つの大きな街区を形成している。

町の主だった施設やいわゆる市街は標高三百メートル以下、即ちフィールドの下側に作られている。

同時に、航空船舶関係の工廠と標高三百メートル以上の地域で使われる工業製品に関係した工房や工場は、フィールドより標高の高い高原の奥へと広がっていた。


 キャベンディッシュ空港への入港後最初の非番を利用して、わたしは中央郵便局へ行かされることになった。

船長の特別許可というよりは、むしろ命令だった。

一人では正直なところ心もとなかったので、ディアナを誘って同行許可を取った。

言うまでもなく、船長がケイコばあちゃんから託されたという鍵と合言葉を使って、私書箱の中身を受け出してこいという任務・・・お使いだった。

それが何なのかは分からないけれど、全部回収して船に持ち帰るようにと厳命されたのだった。

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