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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~

第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 26

 「取り乱してしまいあいすまぬ。

わらわは、わらわとしたことが・・・。

わたくしとしたことがお恥ずかしい限りです。

どうしたら良いのか分からなくなってしまって・・・

あたしの千代に及ぶ人生っていったいなんだったのかな・・・。

なんて・・・。

・・・兎に角、私の考えが正しいのであれば。あなたたちは全員で、“停止すれば即アウトな加納円と言う終末装置”を構成している。

そうとも言えるのです!

私の考えを正してくださるお方がもし現れるのなら。

私はそのお方をメシアとお呼びしたいくらいの心境ですよ」

シスター藤原が、魂が抜け出るほどの深いため息をついた。

「言い換えるならば“マドカズエンジェルズ”の皆さんは加納君のドナムの呪縛に捕らわれていて、おそらくは彼の無意識に操られているのではないか。

わたくしはそう指摘しているのですよ。

もうこれは愛と言うよりは呪いですよ?

皆さん、なにうっとりしてるのですか!

あなたたち!

ここは怒ったり絶望すべきところですよ!

絶対おかしいです!

・・・この漁色家!

異端者!

悪魔!

ひとりの女としては加納円君。

あなたをそんな風にとことんなじり倒して、ローマから腕っこきのエクソシストでも呼びたいところです。

世界の命運は別として、あくまでひとりの女としてはそう思うのですよ。

・・・ホント。

これからどうしませう」

表情にまだ怯えが残るシスター藤原が僕を睨んだ。

僕にいったいどうしろと言うんじゃ。

 「・・・百歩いや百万歩譲ってもあり得ないと断言できますけど。

仮にもし、シスターのご指摘が正しいとしてもですよ。

無意識がやらかしたっていうことらしいですし。

僕としては・・・いかんともし難い所でありまして。

つきましては上司である淑女諸姉に図りました上。

前向きに善処させて頂きたいと思う次第です」

何だか出来の悪い役人の議会答弁みたいだよ。

ちらっと萩原さんを見ると苦笑している。

ヒッピー梶原もヤレヤレと肩をすくめるだけだ。

ご両人は根拠の薄い仮定に導かれた驚愕から立ち直ったようだ。

そうして冷静さを取り戻したふたりからは、シスター藤原みたいな深刻な絶望感を見て取ることはできない。

“あきれたがーるず”の淑女諸姉は何だか逝っちゃったみたいな恍惚顔だし。


 「少し暴走してしまいました。

ごめんなさい。

気持ちの仕切り直しをします・・・。

・・・まあ、円君にサタンじみた悪意があるわけではないし・・・。

無意識と言うのは言わば意識の背景的基盤ですからね。

無意識を部屋に例えるならば意識はそこに配置された家具みたいなものです。

家具は古くなったり壊れたりすれば新しいものに買い替えれば良いですが。

引っ越しでもしない限り部屋を変えることはできません」

シスター藤原は絶望的だとかぶりを振る。

「僕は引っ越しできますか?」

「そんな、無邪気そうな顔で聞かないで下さいな。

ドナムの意味は梶原君に聞きましたよね?

ラテン語で贈り物と言う意味です。

もし円君が野放しにできないくらい邪悪な人間だったらですよ。

世界中からドナム保持者を呼び集めて、何とか君を排除する方法を模索したでしょうね。

けれど橘さんの役割を知ってしまいましたからね。

・・・橘さんのドナムを考えると、円君がこれから先、もし闇落ちしたら大変なことになります。

OFUは腕力頼りの解決策を取れないのです。

君はごく普通の子だし。

何より君の心、意識のありようは、昼夜問わず三島さんと毛利さんにチェックされている訳です」

ふとシスター藤原の動きが止まる。

「もしやとは思うのですが・・・。

毛利さん、橘さん、秋吉さん。

ちょっと円くんに触れて心を読んでみていただけますか?」

シスター。

貴様何を考えている。

僕は頭上に大きなクエスチョンマークを掲げたさんにんにさわられた。

先輩は僕の頬っぺたに手のひらを当てて目を覗きこんでくる。

橘さんは僕の右手を両の手で握る。

秋吉は僕の左手に左右の人差し指を伸ばしてちょこんと触れる。

三人三様の触り方に心の中の何かがモヤっとする。

同時に三つの小さな悲鳴が上がった。

「ユキの助けが無くてもマドカが分かる」

「まどかさんちょっとエッチです」

「アキちゃん。

テンション上げたマドカさんはこんなもんじゃありませんよ?」

僕はギョッとした後、胸の内に絶望感が満ちるのを自覚した。

三島さんと言う限定的なゲートを通じてだけ読まれていた僕の心なのに。

今までは先輩限定だった接続ルートだったのに。

橘さんと秋吉にも全開放になっちまった。

「えーっ。

わたくしの特権的アドバンテージ。

無くなっちゃったんですか」

三島さんが憤慨しながら涙目だ。

「毛利さん、橘さん、秋吉さん。

お互いに触れ合って円君の心を読む要領で触れた相手の心を読んでみて下さい」

「佐那子さんもアキちゃんも読めないわ」

「確かにそうですね」

三人が互いに触れ合って首をひねる。

「円君。

君のドナムは君を守るために本当によく機能しています。

自分への脅威を最小限にできるばかりではありません。

仲間以外の人達への脅威にもならないように、セルフチェックの機能までついているのですから。

それもたった今。

私の懸念に対応してバージョンアップしてみせました。

君の脅威度を監視する目を“マドカズエンジェル”全体に広げる。

君の無意識はそのことでご自分の安全性をアピールして見せたのでしょう。

三島さん安心してください。

他の皆さんは円君以外の人の心は読めません」

「そんなことはどーでもいいんです。

わたくしだけがマドカ君の心を独占できてたのにー。

絶望的だぁ!」

「それは違うわ。

ユキ」

「それは違うでしょう。

ユキさん」

「それは違います。

ユキ姉様」

いきなり内輪揉めが始まったよ。

例によって誰も僕の意見なんか聞いちゃくれない。

誰かお願いだから僕の話を聞いてよ!

シスター藤原が咳払いをした。

「三島さんの読心も秋吉さんの洗脳も攻撃ではなく防衛的ドナムです。

円君が自分で発動できる唯一のドナムは垂直移動だけ。

円君が無意識のうちに設定配分したドナムの中途半端さは最早称賛に値します。

円君はセントラルドナムの分割で自分を縛りました。

そうして同時にいわば自分の半身を毛利さんに預けてパートナーに据えたのです。

後はご自分に封じている様々なドナムを、お気に入りの姫方に配って回っている訳です。

サンタクロースじゃ無いんですからいい加減になさいとお説教したいところですよ?

・・・いったいあと幾つ秘められた能力があることやら。

まあそれをご自分で使えないのが円君の円君らしさでしょうか。

無意識の力もなかなかに侮れないのです」


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