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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #219

第十三章 終幕:27

 改めてケイコばあちゃんの長広舌をおさらいしてみると、不思議なことに気が付いた。

思えばどの件にも、ぼんくらチェスターの名が登場することは無かったのだ。

当時はまだ学生だったヨーステンと渡りをつけ。

ケイコばあちゃんがわざわざトランターまで出向いて邂逅した一件を除いてはね。

 ケイコばあちゃんは、ヨーステン家の男子が、ヒロセ・コバレフスカヤの天敵に成り得る厄介な存在だってことを昔から知っていた。

それはケイコばあちゃんの『話す手間が省けたわね』という発言で既に確認できている。

そんな人が、わたしって言う大事な孫を育てるのに大忙しだっていうのにさ。

孫の天敵に成るかもしれない学生と会うため、わざわざトランターまで出かけて行ったんだよ?

桜楓会の度重なる召還を、なんだかんだ理由を付けて拒み続けていたくせにね。

 非合理なことは考えるのも嫌と言うケイコばあちゃんがだよ。

一時わたしを放り出してまで遠いトランターに足を向けさせた合理とはなんだろう。

それは最早、問いかけにもならないや。

会いに行った学生がヨーステンなのだから。

ケイコばあちゃんの合理が、守護者・削除者がらみだったのは疑いようがないものね。

だけどさ、そんな見て来たかのような推測が正しいとしてもだよ。

実際にケイコばあちゃんがヨーステンに何を話したのか。

ヨーステンがケイコばあちゃんにどう答えたのか。

ふたりの間で交わされた言葉の詳細について、わたしが知ることは決してないだろう。

それはおそらく禁則事項ですらない。

ケイコばあちゃんが多分お墓まで持って行くと決めた秘話。

わたしにとってはかなり有毒な内緒話に違いない。

そんな気がする。

 ケイコばあちゃんのことだからさ。

今回の一連の騒動にインディアナポリス号が関わっていたことは承知していたろうね。

当然のことながら、艦長がヨーステンであることを知らないわけが無いと思う。

もしかしたらケイコばあちゃんその人がおたっしゃクラブ経由で、“もしもの時”のためにヨーステンを現場に配置する指令を下した。

そんな可能性だってあるんじゃなかろうか。

“もしもの時”って言うのは、わたしを守護する必要が生じた時のことね。

それに加えて、わたしがどん詰まりまで追い詰められる絶体絶命の危機になっちゃったらさ。

サクッとわたしを絶命させることだって計算の内に入っていたかもしれないよ?

実際にそうなりかけたしね。

ケイコばあちゃんはどんな人間を天秤の右皿に載せようと。

左皿に載るわたしより重くなることは無いなんて言ってたけどさ。

天秤の右皿の上に載っているのが、ロージナの未来だとしたらどうだろう。

 ケイコばあちゃんの思考や実行力は底が知れない。

例えば都市連合海軍の退役した提督が、暫定統治機構海軍の現役艦長を指揮するだなんてさ。

そんな可能性、武装行儀見習い時分までのわたしならね。

ミリオタのディアナに尋ねるまでもなく、頭が逝っちゃってる人の戯言としか思わなかったろう。

だけど、十人委員会直属のエリート部隊で隊長まで務めたシャーロットさんだって、ケイコばあちゃんの手下のひとりなんだよ?

そうであるならヨーステンと会うために、わざわざトランターまで出かけたケイコばあちゃんの過去を考えればだね。

ヨーステンがケイコばあちゃんにすっかり手懐けられていて、ふたりの関係がズブズブだった。

そうだとしても、わたしはリアルに納得だな。

わたしみたいな知恵の足りない小娘だってさ。

こうなるとおたっしゃクラブがらみなら、もう何だってありっていう気がしてくるよ。

 プルタブ川河畔でのあの乱戦のさ中。

ヨーステンが何者であるのかをわたしが知ったのは、本当に偶然だったと思う。

だがしかし、ヨーステンがわたしを世界から削除しようとした振舞を見ても確かなことがある。

彼は自分の役割をきちんと認識したうえで行動に移していたのだよ。

ヨーステンは明らかに、わたしが何者であるのかを知っていたってこった。

もっともヨーステンの凄まじいまでの葛藤は、ターゲットであるわたしの胸すら痛くなる。

それ程までにヒシヒシと伝わって来はしたけどね。

与えられた役割とヨーステンの持つ心情が真逆である。

そのことは、電撃にうたれるように理解できちゃったからさ。

あの時、なんだか聖母みたいなモードに入っていたわたしは、ただただ心優しいヨーステンが哀れだった。

それもあったのかな。

ケイコばあちゃんが話を振ってこなかったことをこれ幸いに。

わたしはヨーステンについて知ってしまったあれやこれやを、秘匿することにしたんだ。

わたしとヨーステンの一部始終を目撃していたはずのシャーロットさんも、彼のことは報告しないだろう。

どうも二人の間には、しょっぱそうなロマンスの匂いが香ばしく立ち上っていたからね。

 ヨーステンの利き腕をサーベルごと叩き切った女性士官のことも気になる。

ヨーステンにわたしを殺させまいとしたことは確か。

刹那に彼女が放った『ダメーッ!』という悲痛な叫び声が今もリアルに蘇る。

あれは、わたしの命ではなくヨーステンの精神を気遣っての咄嗟の判断だったろう。

結果として彼女は、わたしの命の恩人なわけなのだけれども、もちろん見ず知らずの女だ。

いったいふたりはどんな関係なんだろう。

ふたりの間のどんな事情が、彼女にあんな行動をとらせたのだろう。

泣きながらヨーステンに縋りつく女性士官に向けた、シャーロットさんのあの怒りと哀しみが混ざった切なげな眼差しを思えばだよ。

お子ちゃまなわたしにだって、何やら大人の複雑な事情が垣間見えたような気がしてさ。

なんだ。

戦場の修羅場を凌駕する恋の修羅場ってか?

今でも少しワクワクしちゃってるくらいだからね。

 ケイコばあちゃんが、ヨーステンの持つエマノン効果なんて言う面白い能力を、どこまで知っているのか、知らないのか。

それは分からない。

ヨーステンが守護者であり削除者であることを、彼女が知っているのは確かだけどね。

ケイコばあちゃんの知っている事情がそこ止まりなら、やはりわたしは口をつぐんでおくべきだろう。

 わたしやヨーステンみたいな能力者は、自分で言うのもアレだけれど、管理する者の立場で考えてみれば非常に厄介なしろものだ。

わたしと対になると結構ヤバい、読解者・リーダーって言う能力者がロージナのどこかに居る。

その可能性だって頭痛の種だ。

論理的に考えれば、そいつの他にも七面倒臭かったり。

もっと危険だったりする能力者が野放しになっていたって不思議じゃない。

ヨーステンに紐づけされた幾つかの家系の実在を、わたしは索引者と言う立場で実際に知ってる。

だから、ことは仮定の話じゃすまされない。

それにことによると危ないばかりじゃなくて、ロージナの有効資源になる。

そんな異能を持つ家系だってあるかもしれないよ?

そんな連中が自分の能力を知らないまま、それこそロージナ中に散らばっているんだよね。

多分。

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