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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #218

第十三章 終幕:26

 「チキンなライブラリーさん・・・の思惑は別として・・・。

孫の命をだし・・・にして、おばあちゃんはそもそも何を・・・狙っていたの?」

何だか涙も鼻水も止まらない。

ケイコばあちゃんが新しいハンカチをくれたので、今度も思いっきり鼻をかんでやった。

「最初の最初は、おたっしゃクラブの上層部に巣食う裏切り者のあぶり出しと粛清。

見せしめを兼ねたエグイ報復。

あなたの新しい身分の保障と安心安全な生活の構築。

だけだったかしらね。

成り行きから桜楓会の会長になったのは、私も予期しなかったこと。

瓢箪から駒。

藪から棒。

この私にしてまったく予想外のイレギュラー。

旧桜楓会の爺婆がケチな欲をかかなければ、この状況はなかったかしらね。

今頃はあなたを新たな人生にはめ込んで、ハナコも私もほっと一安心。

艦隊からの現役復帰命令に応じて、ふたり共々十人委員会の馬鹿どもと戦う準備を進めていたでしょうよ」

ケイコばあちゃんはやれやれと大袈裟な溜息をついてみせた。

「いずれは爺婆の尻尾を掴んでブラリーにも辿り着いたと思うけど。

もしかするとその時にはもう手遅れで、バーサーカーが来てたかも。

私的にはまだ手の出し様がある内で良かったなって、思ってる。

ワンチャン禁則事項だけどちょっぴり打ち明けちゃう。

これは会長になってからの完全な後付けなのだけれどもね。

科学技術の進歩を抑制することが、今後私とあなたで行っていく一生もののルーチンワークになるわね」

「・・・・・・」

「あなたの姉さんの時だって、こう言っちゃなんだけど、立案した作戦は完璧だったわ。

それならなぜ失敗したのかって?

情報の漏洩。

義務も責任も放り出す日和見主義。

欲得づくで蔓延した節操のない嘘っぱち。

私がそれらを見抜いてコントロールできなかったこと等々。

終わってみれば馬鹿でも分かる敗因ね。

あなたの姉さんの時は、協力者と手駒は完全に私が掌握していたから・・・全ては甘ちゃんだった私のミス。

今回、あなたを危うく失うところだったと聞いて、頭の中が真っ白になったわ」

「あの時はなんだか脳内麻薬で・・・ハイになっちゃってた・・・のかな。

死ぬことが怖くなかった・・・し。

白服に捕まる位ならここで・・・死ぬ。

・・・それがわたしの義務とさえ・・・思っていたわ。

おばあちゃんから・・・ロケットの使い時を聞かされて・・・いたしね。

今になって・・・絶体絶命って言葉の意味が・・・。

思い出すと、ほら・・・こうして・・・震えてしまうほどの実感として分かる・・・の」

わたしは小刻みに震え出した身体を自分で抱き締めた。

小刻みに震えるわたしを見て、ケイコばあちゃんが苦しそうに顔を歪めた。

シャレや冗談の色が無い悲痛な表情だった。

『禁則事項をペラペラ喋ったら命はないよ』

笑いながらわたしを脅し上げたケイコばあちゃんとは別人のようだった。

「あなたがロケットを使う時が来たならば、私も長らえるつもりはない。

そうならないようにとの日々の諫めが私のこのロケット。

弁解するつもりはないけれど、私もロケットは入浴をするときにだって着けている。

いつでも使えるようにね」

ケイコばあちゃんは頸元のロケットをまさぐった。

「・・・あなたとチェスター君を追い詰めた白服は、間違いなく同人社中のコマンドよ。

それなら上で誰が動いたのか見当が付くからね。

やはり原因は先のことを考えないお調子者の裏切りだったと断言できる。

裏切り者の首はもうはねちゃってるはずだけどね。

状況からすると白装束?

コマンドへの命令はこっちが動く随分前に出ていたみたい。

ケーススタディ別に組まれていた作戦が、半ば自動的に実行されたと言うことなのかしらね。

コマンドを動かす指令にテレタイプは使えないし。

惑星郵便制度には私の息が掛かっていることを知っていたのでしょう。

拙速は巧遅に勝るとはよく言ったもの。

もっともっと早く手を打っておくべきだった。

今度もまた私にとっては痛い教訓になったわ。

・・・どうして人は簡単に人を裏切れるのでしょうね」

「作戦に密かに噛んでいた・・・桜楓会の誰かさんが。

同人社中に・・・手を回して計算づくで裏切った・・・ってことなの?」

「そうね。

作戦立案の時点では、私にも桜楓会の実態はいまいち掴めていなかったからね。

まさか桜楓会が、これほど根深く影響力のあるサークルだとは、夢にも思わなかった。

桜楓会のメンバーは私が知らないだけで、意外と身近にもいたと言うこと。

今回トランターに行った後で、ほぼ事情と内実が理解できたわ。

手のひらを拳でポンと打って『エウレカ!』って言うやつ?

ブラリーと仲良しになるっていうサプライズもあったしね。

もっともずーっと昔からブラリ―と友達だったらね。

戦争をふくめて。

私がこんな事態にはさせなかったわ。

ブラリーも『オケイともっと早く友達になってたら』。

なんてタラレバで愚痴ってたけど、そこのところは残念よ?

・・・まぁ、そんなこんなで。

当初の計画を大きく修正して、手下に新たな指令を下したわ。

今頃は遠方の各地でも、粗方始末が付いていることでしょうよ。

切り飛ばした裏切り者は、最初の予定よりだいぶ増えたけど問題ないわ」

ケイコばあちゃんはわたしを思う悲痛な気持ちを押し隠すかのように表情を緩めた。

堅気とはとても思えない、悪漢風の片笑みを浮かべてウインクした。

「あなたのねえさんが亡くなったとき、おたっしゃクラブは徹底的に洗浄したはずだったの。

あの時尻尾を掴ませなかった者だって、裏切り者がどんな末路を辿るか知っていたはずなのにね。

去る者日々に疎しと言うことかしら。

今回おたっしゃクラブの下っ端からは、一人の裏切り者も出なかったのは幸いだったけどね。

私にそのつもりは全くなかったのだけれども。

新時代をスタートできたのは、アリアズナが命を張ってくれたおかげね。

本当にごめんなさい、そしてありがと。

アリアズナのおかげ様様で、桜楓会も随分と若返ることになるわ」

 「使命感に萌えて、好き好んで命を張ったわけ・・・じゃないよ?

わたしは何も知らされないまま。

・・・おばあちゃんの手駒として盤面を・・・ひたすら右往左往して・・・いただけ」

ケイコばあちゃんが再び苦しそうに顔を歪めた。

「桜楓会の爺婆がいらぬ欲をかかなければね。

アリーは何も知らないままマンハッタン島まで旅をして、全ては丸く収まる予定だったの。

策士策に溺れるとは真にこのこと。

ブラリ―にも叱られたわ。

この私が前回と同じ失敗を繰り返すなんてね。

私は三度目の失敗はしたくはないの。

おたっしゃクラブと桜楓会の粛清が済んだ今、相棒としてのアンに私は大きな期待をしているわ」

ケイコばあちゃんは、本当に表情が豊か。

今度は自嘲的な物言いで唇を歪めてみせた

「わたしに粛清・・・だなんて言っちゃって良い・・・の?

禁則・・・事項では?」

「あら、粛清って私がするお仕置きの別名よ?

私のことを提督なんて言って煽ててくる人なら、誰でも知ってるわよ?

知らなかった?」

「わたしはおばあちゃんが軍人・・・だったことだって。

最近まで・・・知らなかったんだよ。

ましておばあちゃんが・・・あ、悪の結社の親玉だったなんて。

・・・それこそ一介の田舎娘が知るわけないじゃん。

・・・良くも悪くも・・・おたっしゃクラブとか桜楓会っていう悪の結社に新時代・・・が到来したこと。

それは、もの知らずの美少女にも・・・よーく、分かりました」

ケイコばあちゃんはわたしの憎まれ口を聞いて、どこかホッとしたように薄く笑いお茶を啜った。

「悪の結社の親玉だなんてご挨拶ね。

良くもですよ、アン。

悪くもは余計ですわね。

当代の裏切り者と邪魔者は、私がこの手で始末しました。

残りの禁則事項も含めて、いつかこの地位をあなたにバトンタッチする日までにはですよ。

ブラリ―にもお願いして何もかも完璧に仕上げておきます」

ケイコばあちゃんは上品に振る舞った。

やればできるじゃん。

「お気の毒なライブラリーさんにお願いして。

・・・ではなくて。

ライブラリーさんをこき使って・・・でしょうに」

わたしも薄く笑ってみせ優雅にお茶を啜った。

せぐりあげはまだ完全に治まっていなかった。

だがもう身体に震えはない。

「驚かないのね」

「名将ケイコ・マハン・ドレーク提督がここまで・・・禁則事項?を開示・・・したのでしょう。

わたしに・・・他の選択肢があって?」

「ハナコの娘と言うよりはやっぱり私の孫、いえ妹ね」


 妙に嬉しそうなケイコばあちゃんが癪に障ったが、仰る通りなのだろう。

わたしもケイコばあちゃんの薫陶宜しきを得て。

いつか人を人とも思わぬ謀りごとを楽しみ。

世間を偽り操る事に、無上の喜びを覚える人非人と成り果ててしまうのだろうか。

わたしは、こうして否も応もなく悪の結社の一味に引きずり込まれてしまった。

ポストマンとして真っ当な人生を歩むわたしの望みは、もう叶うことがないのだろうか。

それを想うと、純情乙女の心は激しく鬱だ。


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