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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #205

第十三章 終幕:13

 亡くなった姉の事もあり、わたしの索引者・インデックスとしての属性を世間様からどう隠していくか。

これはおたっしゃクラブの関係各位の間で、近年大問題になりかけていたホットでテリブルな茶飲み話だったらしい。

前回の隠蔽作戦は、ケイコばあちゃんが最前線で指揮を執った。

時間もお金もかけてかなり緻密に計画を進めたのにも関わらず、作戦はものの見事にとん挫した。

失敗した作戦で姉は亡くなり、ミズ・ロッシュが重傷を負う。

目を覆いたくなる様な惨状で舞台の幕が引かれた。

惨劇は、対抗勢力の本気度を示しているのだと理解され、各ブランチのコアメンバーを震え上がらせた。

そのことは十七年近く経った今でも、まだまだ皆の記憶に鮮やかだったのだし、今回のアリアズナマターにびびりまくるのは無理も無かったろうね。

 そもそもおたっしゃクラブという胡散臭い集まりは、大災厄以前から存在したらしい。

一説によると起源は地球に遡るらしいけど、そこまで言うと『話し盛ってんじゃね?』って思っちゃう。

表向きはお年寄りの、暇つぶし的な助け合いで自己完結する老人会だった。

そんなフットワークがいかにも重そうな寄り合いが、大災厄を経て紆余曲折の二千年。

なんだかんだと月日は経った。

どんなお陰様かはわからないけどね。

いつの間にやら、一座はお節介なボランティア活動と秘密結社じみた活動に乗じる怪しい組織へとあか抜けしたわけだ。

ほとんどの会員が、おたっしゃクラブをフリーメーソンみたいな内緒の仲良しクラブだと勘違いしてさ。

わくわく気分で入会したに違いないよ。

そんなお調子者のメンバーにとって、人死にが出るような荒事は、苦手というよりまったく想定外の事案だったろう。

おたっしゃクラブの関係諸兄諸姉のほとんどは、前回もことの深刻さを頭では理解できていたのだろう。

けれども善意で進めたボアランティア活動の果て、まさか子供が殺される事態に発展するなどとは夢にも思わなかったに違いないよ。

そうした、ほぼほぼ善男善女が営む平和なクラブ活動を、大混乱に陥れたワケアリ一家に、性懲りもなく生まれた次女が即ちわたしだったのだ。

その問題児たるわたしが、またしても索引者・インデックスの能力を発現してしまうと言う不始末をしでかしたのだからざまぁない。

姉の時に一枚噛んだコアメンバーも、今度ばかりはケイコばあちゃんに一任する訳にはいかないと考えた。

当たり前だよね。

自から重い腰を上げ、幾重にも厳重に隠ぺい工作を施して、あらゆる局面でコアメンバーが万全を期すことに衆議一決したと言う。

それはもう皆さん随分と気合の入った本気モードだったようだ。

 けれども落ち込んでいたおたっしゃクラブのやる気が底上げされた背景には、ちゃんと種も仕掛けもあった。

言うまでもなく、真面目で勤勉、おまけに出会う人をことごとく魅了する術を心得た何処かの誰かさんが、地道に頭を下げて回ったのだ。

誰かさんは同じ失敗を何度も繰り返すような愚か者じゃなかった。

 「インデックスとリーダーの危険性や可能性性、ロージナの未来にとっての意義。

そんな研究をでっちあげてね、論文を何本もしたてたの」

それが盾ねと誰かさんは嗤った。

「コアメンバーの関係各位を経巡っては、おどす、すかす、たらし込む・・・もとい、誠実かつ論理的に説得を試みたわ」

精緻な弁論を槍として、淑女は煙に巻き紳士は手玉に取ったと誰かさんは嗤った。

「前の時は私が前面に出て大失敗しちゃったからね。

軍と違って情報管理が雑過ぎた。

今更悔やんでもしょうがないけれど私の判断が甘かった。

今回は役務の領域を小さくして、各作業区分の責任をコアメンバー全員に少しづつおっかぶせる形を取ったわ。

そうしておけば裏切り者の特定も簡単になるでしょ。

私は完全に裏方に回って情報のコントロールに専念したの。

実際のところコアメンバーの誰もが自分をボスと思っていたろうけど、全体像が把握できているのは私だけ。

今回は黒子として人形遣いに徹したわね。

この期に及んでも殆どのコアメンバーは、今回の作戦に私の直接関与はないと思ってるわね。

私のことは作戦に道筋を付けた後、前非を悔いて隠遁したむじな屋の女主人と思っているはずよ」

まるで陰謀論の立役者みたいねと誰かさんは恥じらいに頬を染めた。

蛇足ながら、作戦の根回しや裏工作がてら、コアメンバーの皆さんの手足に糸を付けて回った人形遣いとは。

誰あろう、ご存知ケイコばあちゃんその人であることは言うまでもない。

 我が家の事情に通じていた、例えば音羽村のごく一部のお偉いさん達が口には出さなくても思っていたこと。

そんなことだって、ケイコばあちゃんに色々聞いた今となってはまる分かりだよ。


『まずいってことが分かってるんだからポロポロとガキこさえてんじゃねーよ!』


そんな本音を、よくもまあグッと飲み込んで、わたしたちの力になってくれたものだと思う。

ケイコばあちゃんの悪辣さがここでも透けて見えるのは、決してわたしのひが目などではないだろう。

音羽村の世論をケイコばあちゃん支持にまとめ上げ、それを維持し続ける為に何をやらかしてきたか。

第七音羽丸の稼ぎもそりゃ大きかったろうけど、水面下での暗躍を考えると、村の皆さんには申し訳なくて涙が出そうになる。

関係各位の皆々様のお心内はともかく。

前回以来のあれこれ手厚い工作の必然として、我が家は計画的一家離散とあいなった。

 まあ、引き換えのお陰様で、わたしは十七年に及ぶ年月すくすくと育つことができた。

家庭的にはちょっと寂しいアレだと思っていたけれど、実はそれと気付かぬ内に母親の愛情もたっぷり受けていた。

わたしは非日常的な脅威に晒されることもなく、友人にも恵まれてそこそこ幸せな子供時代を送ることができたわけだ。

「真面目な話、音羽村も第七音羽丸もむじな屋も、アリアズナという爆弾娘を守るための仕掛けの一部、そう言っても過言ではないのよ」

ケイコばあちゃんがぎょろっと目を剥いて見得を切った時には、心底びっくりしてしまったものだ。

それでもおたっしゃクラブの関係各位が安閑とできなかったのは、わたしが思う以上に事が深刻だったからだろうか。

実際わたしが初等学校を出る頃には、何やら不穏な気配がそちらやこちらのロージナ支配層で立ち上がりはじめていたらしい。

インデックスとかリーダーとかいう単語が、上つ方の執務室や社交クラブでコソコソ囁かれていたというからね。

「油断も隙もあったものじゃないわ。

情報管制には神経質なほどに気を使ったのだけれどもね。

裏切り者の末路についてはちゃんとお話ししておいたのに、私の言葉と思いの届かなかった人もいたということ」

ケイコばあちゃんは小首を傾げ、舐められたものねと人差し指を頬に当てて片笑みを浮かべた。

「そんな仕草、孫が見たって・・・可愛いなんて思わないよ?」

可愛くはなかったけれど胆は冷えた。

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