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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~

第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 35

それにしても夏目のドッペルゲンガーはどうして中年男なんだろう。
「アキは変態中年さんにお会いしたことはないのですけれど。
ドッペルゲンガーって言う生き物はどの子も老けて見えるものなのですか?」
秋吉が「私どうしてなのか知りたいです」と身を乗り出した。
秋吉はドッペルゲンガーを珍獣か何かの様に理解しているみたいだ。
それにしたって、いくらなんでも変態中年に子はないだろう子は。
 「名匠の分析ではですね。
夏目君の無意識には“変な超能力があるだけじゃなくて歳も取らないへんてこりんな自分”に対する強い嫌悪感があるそうですぅ。
一方にまともな自分に戻りたいという願望があるので、ドッペルゲンガーだけは実年齢として現出させたのだろうと。
名匠はおっしゃってましたー」
「それであんないやらしい中年男としてマドカやわたしの前にのこのこと姿を現したと言う訳ですね。
思い出すだけでも寒気がします。
ドリアングレイの肖像と同じ。
卑しい性根がドッペルゲンガーとして醜く年を取ったに違いないわ」
先輩は情け容赦がない。
 シスター藤原はしばらく言いよどんで居たが、やがて意を決したように口を開く。
「これを皆さんに教えちゃうと本当はアレなんですけどぉ。
わたし、お話ししちゃいますぅ。
名匠はご自分のドナムを使って夏目君の無意識に染み入った負の感情。
悲しみや怒りや虚無感、憎しみや破壊衝動なんかを剪定なさいましたぁ。
それから夏目君の干からびていた倫理観や共感力に水と栄養を与えましたぁ。
負の感情もまた人間には必要なんだそうですぅ。
正の感情が光とすれば、負の感情は影。
光と影。
両方揃って初めて人は人らしくなるそうですぅ。
夏目君が手を染めてきた悪事の数々は、彼の記憶から消し去ることができないのだそうですぅ。
それができればベストなんですけどぉ。
名匠はイギリス人ですからねっ。
さっき毛利さんが引き合いに出した、まさにオスカー・ワイルドの“ドリアングレイの肖像”がヒントになりましたぁ。
名匠は中年男のドッペルゲンガーに、夏目君がしでかした全ての罪を背負わせることを思いついたんですぅ。
悪のドッペルゲンガーに操られていた憐れな少年というストーリーをでっち上げた訳ですよぉ。
名匠がドナムで夏目君の深層心理にダイブしてぇ。
悪意の権化として造形した中年ドッペルゲンガーを現出させましたぁ。
罪に塗れた中年ドッペルゲンガーに無垢を擦り込んだ少年夏目を引き合わせてぇ。
そのまま消去させたんですぅ」
「そんなお手軽な方法で本当に夏目は変われたんですか?」
僕は思わず聞いちまったよ。
シスター藤原は会心の笑みを浮かべる。
「名匠の処置の後ー。
夏目君の作るドッペルゲンガーは、リアルタイムの夏目君と同じ姿になりましたぁ。
少年ドッペルゲンガーの爆誕ですぅ。
名匠は、『罪の象徴たる中年ドッペルゲンガーを少年である現在の自分が滅ぼして、ついには悪から解放された』と言うストーリーを夏目君に確信させたわけですぅ。
処置が終わった後夏目くんはー。
「ぼくは自分が犯してしまった罪と向き合って一生をかけて償っていきたい」
って涙ながらに語ったそうですよぉ?
もう二度と中年男のドッペルゲンガーが出現することはないってぇ。
名匠は太鼓判を押して下さいましたぁ」
シスター藤原はドヤ顔で“天におわします我らが父”に感謝の祈りをささげた。
 「それって、夏目さんの深層心理に巣食っていた禍々しい悪意は。
いやらしい中年男のドッペルゲンガーとして具現化していたのだ。
そうであるならば、ドッペルゲンガーが中年男の姿を失ってしまえば。
表の夏目さんも悪意の消え去った真っ新な善人になるのが道理だと?
シスター藤原はわたしたちにそう仰りたいわけですか?
そうして、夏目さんが確信犯としてしでかした数々の悪行をすっかり水に流して。
新生夏目総司さんを仲間として受け入れろと。
そう仰るのですね?」
 部屋の温度が一挙に五度は下がったと思う。
ヒッピー梶原が『だからやめておけと言ったろ』みたいな顔で溜息をつき天井を見上げた。
シスター藤原はまたまた真っ青になって泣きそうな目を泳がせる。
 変態中年を知らない秋吉だけは、シスターへの同情もひとしおだった。
“お姉様”をひとりかばってみせたものの、結局のところシスターは毛利邸へ出禁になった。
 

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