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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~

第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 14

 「おいおい、エッチってそりゃなんだい?

俺のドナムについちゃ酷い評価だな。

君らの治療には随分役立ったんだぜ」

ヒッピー梶原が参ったなと肩をすくめると、先輩と同じように萩原さんに目を向けた。

「今さりげなく毛利さんにご教示いただいた、飛行、読心、洗脳、については良いとして・・・。

いや、決して良しではないが。

それ以上に、世界線のリセットについては、正直良く分からないね。

そこのところ、特に詳しく説明してもらえると有難いな」

「その前に。

OFUが密かに監視、警護しようとしていた。

もしくはそのつもりだった対象が襲われた。

主たる監視警護対象の加納円を、夏目総司というイレギュラーなファクターが殺そうとした。

OFUはそれを未然に防げなかった。

先ほどの謝罪と言うのは、そうしたOFUの不手際に対する謝罪である。

わたしたちは、そう理解して宜しいですか?

そうであるのなら。

まだ子供であるわたしたちに、保護者を遠ざけていきなり謝罪する。

大の大人がまずは頭を下げる所から始めれば、子供なぞ容易に懐柔できるだろう。

あなた方は、そうお考えなのですね?」

 先輩が今度は氷の女王モードに入ったのが分かる。

こうなると誰も先輩には逆らえない。

これも先輩の隠されたドナムの一つだろうか。

「毛利さんが仰る通りだ。

我々はあなた方を女子供と侮り、実に傲慢かつ無礼な振る舞いに及んだ。

深く我が身の不明を恥じる」

萩原さんとヒッピー梶原が頭を下げる。

「それもこれも本当に申し訳なかった。

君たちの保護、特に加納君の保護に失敗したのは完全にこちらの落ち度だ。

数少ない同胞を守るのはOFUにとって最も重要な義務なのだ。

我々は状況を軽視して後手に回り責務を果たし損ねた。

今はそのことに対する謝罪の念が最も大きい」

萩原さんと梶原先生が立ち上がって更に深々と頭を下げた。

「一般の社会常識からすれば、ご両親や保護者の方に事情を説明し併せて謝罪する。

それが正しい作法だろう。

しかし虫の良い話だが、ドナムと言うそのことを知るだけで大変な危険を伴う情報が介在している。

そうである以上、保護者の皆さんの安全のためにも、一般的な作法はご容赦いただきたい」

お二人はまだ頭を下げたままだ。

「それから、後付けで更に謝らねばならないことがある。

君等の知っているドナムとは少し違うのだろうが・・・。

洗脳に似たドナムを使って保護者や関係者の皆さんには、この状況が腑に落ちるような説明をさせていただいた。

我々や我々をめぐる人々全ての安全と安心に関わる処置だったとご理解願いたい」

嫌な沈黙が場を支配した。

“あきれたがーるず”としては、さしたる抵抗もなく秋吉を攻勢防御の切り札にしている。

その手前、彼女らの心中には複雑なものがあるだろう。

OFUの嘘に嘘を重ねるようなやり口に、僕はもちろんムッとしたね。

一瞬で脊髄反射のように反抗的な気持ちが湧いたよ?


 「夏目総司は覚醒時期から数十年経つと言うのに、OFUがまったく感知できなかったドナム保持者だ。

毛利さんのとっさの機転で彼を無力化できたのは望外の僥倖だった。

貴女の果敢な行動が無ければ我々は・・・。

文字通り全てを失っていたかもしれない」

萩原さんは、一瞬だけ橘さんに視線を向けて、身震いした。

萩原さんは橘さんのリセットが、僕の死をトリガーにしてオートマチックに発動する。

そのことを、まだ詳しくは知らない筈だ。

萩原さんの怯えぶりがちょっと妙だ。

それとも僕たちの知らない所で橘さんがOFUにぶっとい釘を刺してる?

「治療の過程で、夏目総司もまたドナム所持者であることが判明した時には、さすがに臍を噛んだよ。

加納君だけではなく毛利さんに、もっと言えば橘さんにも人手を割き警護の目を向けていればね。

夏目総司のたくらみや彼自身のドナムの事にかなり早い段階で気付けたと思う。

全て我々の落ち度以外の何ものでもない。

だが・・・。

こう言うとお叱りを受けそうだが、彼の発見はOFUとしては怪我の光明と言えなくもない」

萩原さんがもう一度頭を下げる。

「本当に心苦しい限りだが夏目の身柄は、OFUが預かって処理させていただくことになる。

彼には略取誘拐、傷害、殺人未遂、銃砲刀剣類の不法所持、その他諸々の犯罪要件があることは確かだ。

表世界では刑法犯として立件起訴し、刑務所に放り込んで罪を償わせるのが正義に適う手順だ。

だがそれはできない」

萩原さんは苦しそうな顔で俯いた。

 「・・・そのことはわたしたちにも理解できます。

OFUはドナムを秘密にすることでこれまで能力者達を守ってきたのですよね?

わたしたちが『夏目を法で裁くべきだ』と主張したところでどうでしょう。

それが無駄に終わるだろうことは容易に想像が付きます」

先輩が秋吉にちらりと視線をおくる。

洗脳が秋吉の独占的ドナムではないことは、先ほど萩原さんが話してくれた。

「それでもOFUはわたしたちに謝ってくださいました」

先輩が立ち上がる。

いつの間にやら僕の後ろには三島さんが立っていて、他の三人が両手を広げて僕と三島さんにふれた。

「まどか君を中心にしたわたくしたち皆の想いは同じです。

わたくしたちの身の安全が保障される。

わたくしたちの関係性に他所の人がちょっかいを出して来ることがない。

それが保証されるのであれば、わたくしたちにOFUに敵対する意志はありません。

今のところはですけれど。

わたくしたちは現時点で完全に意志を同じくしています。

それはわたくしが今この場で確認いたしました。

わたくしが申し上げたことは全員の総意です」

皆んなの心を読み取った三島さんが、学校で見せる糞真面目な委員長の顔でそう口にする。

『少なくとも僕以外の皆んなの総意だよね?』

心の中でツッコミを入れた刹那。

先輩と三島さんに頭をはたかれた。

皆んなの下僕たる僕に自由意志はない。






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