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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達〜


第14話 堕天使は嘘をつく 6

 「あの女、秋吉晶子ですよ。
クラシックの分野で注目を浴びている中学生のバイオリニストです」
「ユキがクラシック音楽に、それも日本の奏者に造形が深いとは知らなかったわね」
「ブートキャンプの時、双葉さんに見せてもらった音楽雑誌のグラビアで特集が組まれていました。
どこかで見たことがあるツラだと思ったんです。
バルコニーのベンチにバイオリンケースが置いてあったのにお気付きでした?
あの顔、バイオリンケース、秋吉と言う苗字。
間違いありません」
雪美は冷静そのものと言った面持ちでルーシーと目を合わせた。
「呆れた。
ユキはわざわざそれを確かめる為に激情家のふりをしたの?」
「本当に頭にも来ていたので、怒りのガス抜き半分で威力偵察をかましてみました。
一緒にいた男は弁護士でしたね。
襟のバッジが高木先生と同じでした。
きつそうな顔をした中年女はステージママでしょう。
雑誌の記事に彼女のインタビューも載っていました。
権威主義的な自信家という印象で自説は梃子でも曲げないという印象を受けました。
あんなのが母親だったら、わたくしなら確実にグレますね。
それにしてもルーさんの優美なる慇懃無礼には、わたくし、胸がすく思いでした」
ルーシーは雪美のお褒めの言葉に小笠原流の立礼で答える。
そうして、咄嗟の判断と行動力にかけて、雪美にはとても敵わないと伏せた面で苦笑した。

 「高木先生。
先様は何と?」
話がついたのだろう。
双方ビジネスライクな様子で言葉を交わし、最後には名刺交換をしていた毛利家の顧問弁護士が、少し距離を取っていたふたりに歩み寄る」
「三島さんの暴言については特に。
けれども加納君の状況は最悪ですね。
被害者のお嬢さんもああおっしゃってました。
ここは争わず素直に罪を認めてなんとか情状酌量を求めることが最良の道でしょう」
「高木先生、如何なさったのかしら。
三島さんの抗議をこともあろうに先生が暴言と仰るなんて。
先ほどご説明申し上げたように、あの少女。
秋吉晶子さんの嘘の証言で加納君は逮捕されたのですよ。
秋吉さんが嘘をついているのは、わたしと三島さんがこの目で見てこの耳で聞いことから、神掛けて誓える確かなことと断言できます。
先ほどはその線で何の問題もなく弁護をお引き受け願えるとのことでしたが」
「お嬢様と三島さんのお話をお聞きした限りではそのように考えました。
しかし先ほど秋吉さんのお嬢さんの証言を直接聞いて加納君の有罪は覆し難いと感じました。
推定無罪は法曹にある者の当然の立ち位置ですが、何より彼女の言葉で私が有罪を確信してしまいました。
加納君の罪ができるだけ軽くなるようには努めます。
もちろん、依頼人の利益を最大限引き出すことが弁護士の使命です。
そうではありますが、明らかな黒を白と裁判官を言いくるめることもできますまい。
小職にも良心があります。
ここは刑罰の軽重を争うよりも、加納君の健やかなる更生のために最大限尽力したいと存じますが、如何でしょう?」
雪美の頬が怒りで赤く染まった。
「おかしいでしょう高木さん。
どこの人殺しが相手をかばってビルの上から一緒に落っこちると言うんですか?
ばかですか?
一連の話の流れは、わたくしとルーさんが目撃したままです。
飛び降り自殺を図った少女を助けようとしたマドカ君が、巻き添えで一緒に転落した。
これ以上でもこれ以下でもありません!
秋吉某と一面識もないマドカ君が、ビルの四階の手すりに突っ立っていた彼女を見かけた途端ダッシュする。
そうしてわたくしたちが見ているその目の前で、殺してやろうと彼女を突き落とし、仲良く一緒に転落した。
高木さんはそう決めつけるおつもりですか?
殺害の動機は?
目的は?
わたくしたちの目撃証言は嘘で、秋吉晶子の証言を否定するわたくしたちは共犯だとでもおっしゃるつもりですか」
「三島さんがご友人である加納君を庇いたいお気持ちは良く分かります。
それを重々承知した上で申し上げます。
秋吉さんのお嬢さんが証言した状況の通り、疑問を差し挟む余地はありません。
遺憾ながら彼の殺人未遂は動かしがたい事実だと思います。
三島さんやお嬢様が彼をいくら擁護なさっても無駄な事だと、あえて断言させて戴きます。
加納君は恐らく一点の不備もなく送検されるでしょう。
そもそも現行犯逮捕で多数の証人が居るそうじゃないですか。
争うべき争点がない以上それこそ無罪放免なんてありえません」
「・・・」
「ユキ!
そこまで!」
ルーシーは何か思いつめた表情でなおも言い募ろうとする雪美を押し止める。
「高木先生。
加納君のためにできる限りの便宜を図ってください。
疑わしきは被告人の利益と聞き及んでいます。
今は先生にもお分かりにならないことですが、わたくし共の認識では、加納君はそもそも被告人ですらありません。
無実なのです。
推定無罪ではなく絶対無罪なのです。
このわたし、毛利ルーシーが固くそう信じている。
そのことを御承知おきの上、最大限のご尽力を賜りますよう、お願い申し上げます」
ルーシーは深々と自家の顧問弁護士に頭をさげる。

 弁護士の態度が豹変したことでルーシーの疑念は確信に変わり、その確信は雪美にも伝わったようだった。


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