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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #213

第十三章 終幕:20

  「・・・と言う訳で。

ライブラリーはロージナで今生きている人類の存続を、何よりも最優先させると決めたわ。

人類を守るために、ライブラリーが大慌てでやらかした全世界のオールスイッチオフ。

それこそが大災厄の真相だったのよ」

そう言い切ったケイコばあちゃんの名調子は歯切れよく、その顔はあくまで涼し気だった。

物語りはこの通り名調子だし。

法螺吹きだし。

朗読も上手だし。

ケイコばあちゃんなら講釈師としても充分やっていけるに違いないよ。

 それにしても多次元リンクの遮断は、自分とホモサピとの意志疎通を絶つことになる。

そんなことにもライブラリーは気が付かなかったのだろうか。

ある意味、人類が持つ知恵の結晶とも言えるライブラリーは、作り手と似た部分で存外お間抜けだったのかもしれない。

ここまでのお話では、そう思わざるを得なかった。

 「多次元リンクが遮断されちゃったんで以後千年。

ロージナのオーディナリーピープルは誰一人としてライブラリーとお話ししていないわ。

今となってはマザーシップの所在さえ分からなくなってしまっているしね。

お年寄り達から絞り出したロージナ昔話はここまで。

お後が宜しいようで」

ケイコばあちゃんには正直申し訳なかったが、わたしはなーんちゃってなお伽噺だと思った。

ぐちぐち嬲れば突っ込み所満載なお話だよ? 

わたしは、人類が享受していたと言う超文明の凄さを、実感したことがない。

フィールドなんて目に見えないしさ。

だから、人類のはるか上を行くらしいバーサーカーの実在など、わたしの想像のらちがいだ。

でもね、なるほどとポンと拳で手のひらを打って。

唇をゆがめて目を細め。

最後に首を傾げる程度には、良くできたヨタ話だったよ?

「おばあちゃん。

正気?」

「アン。

今更あなたにこんな馬鹿げた作り話を聞かせて、わたしに何の得があると言うの?」

「そう。

・・・おばあちゃんも馬鹿げていると思ってるのね」

「当たり前でしょう。

桜楓会の御老人たちから呼び出し食らって、クソ忙しいのにわざわざトランターまで出かけたのよ。

まあ私にもそのままにしておけない疑念が生じてね。

行かざる得ないことに成ったのだけど・・・。

まあ、今そのことはいいわ。

桜楓会に出向いたらまずは、昨今のあなた関連のごたごたについて問い質されたわ。

終いにはこの私に向かってお説教まで垂れ始める始末よ。

半ボケの年寄がなぜあなた絡みのごたごたを、ああも詳しく知っていたのかしら。

十八年前の失敗を戦訓として、秘匿すべき情報は瓶詰めの上、全て固く蓋を閉じておいたのよ?

そもそも私が今回、わざわざトランターまで出向いた理由は、そこのところに生じた疑念だったからね。

最初は年少の淑女として、それはそれは丁寧にお尋ねしてみたわ。

そうしたらね。

どうにも皆様のご様子が怪し過ぎるの。

そこで仕方がないので締め上げ・・・個別に子細をお尋ねしてみればね。

宇宙戦争がどうしたこうしたって言う益体もつかぬ御託を延々聞かされるはめになったのよ。

残念なことに、こちらがお尋ねした事の答えには、全くなっていなかったわ。

私が知りたかったのは、アンの情報が何処から漏れたかってことだったのだけれどもね」

ケイコばあちゃんは呆れちゃったと冷たい笑いを浮かべお茶を啜った。

「そのとき聞かされたとんちんかんな御託が、今あなたに話した駄法螺というわけ。

わたしが『正気か?』ですって?

こんな駄法螺を真に受ける人間がいるとしたら。

私ならその人の知性と理性をまず疑っちゃうわね。

あなた、この私に向かって、そんな当たり前のこと聞いてどうするの」

ケイコばあちゃんは冷ややかな口調でわたしに問いかけた。

「そ、そ、そういえばその昔。

おばあちゃんってば、わたしを置き去りにして旅行に出たことがあったわよね。

あれってトランターに行ってたのね。

あのときはハナコおばちゃん・・・おかあさんの御屋敷に預けられて。

いつもよりうんと甘やかされて。

毎日毎日が夢のようだったことを覚えてる。

おばあちゃんが村に帰って来た時の絶望感ったら、子供ながらハンパなかったよ」

「それはおあいにくさま。

あの娘ったら嫁の分際で影に回ってコソコソと。

姑の教育方針に逆らうとは良い度胸だわね。

まあその話はひとまず置いておきましょう。

あなた私の話をちゃんと聞いてた?

桜楓会に呼び出されたと言っても、ロージナ昔話っていう駄法螺を仕入れたのはついこの間のことよ?

あなたが言ってる私のトランター行きは、昔々のその昔に桜楓会のお年寄り達と初顔合わせした時のこと。

時系列が違うわ。

人の話はよく聞きなさい。

・・・この際だからついでに話してしまおうかしらね。

チェスター・アリガ・ヨーステンって言う暫定統治機構に住んでる男の子がいたの。

あの時はその子に接触することが、一番の目的だったのよ。

今じゃ立派な海軍士官になって凄い業績を上げているわ。

あなたも名前だけは聞いたことがあると思うけど。

ぼんくらチェスターなんていうふたつ名でブイブイ言わせているわね。

彼も当時はただの兵学校生徒だったわ。

愛嬌はあるけどなんだかぼんやりした子だったわね」

ケイコばあちゃんからできの悪いSFみたいな話を聞かされている内に、もうちょっとやそっとのことじゃ驚かないぞと思っていた。

ところが彼女の口から、いきなりヨーステンの名がまろび出た。

わたしは椅子から転がり落ちそうになった。

いや転がり落ちた。

「・・・その様子じゃあなた。

もう、ヨーステンの家系がコバレフスカヤに対する守護者と削除者として存在してきたことを知ってるってこと?

驚いたわね。

説明する手間が省けたと言うか、こと能力に関しては、索引者に秘密にできることはないわね」

ケイコばあちゃんはやれやれとおどけて見せた。

「知ってるもなにも、わたしはそのぼんくらチェスターに今朝方殺されかけたわ。

プルタブ川の川岸で味方が白服に追い詰められたときのことよ。

ヨーステンは出逢った最初から、わたしを守ろうと必死で戦ってくれていたの。

白服はやっつけてもやっつけても後から後から湧いて出たわ。

やがてヨーステンは、わたしの周囲で戦う味方ごと押しに押されていよいよ進退窮まったの。

『このままいくと白服に捕まってしまうのでは?』と言うところまで、わたしも追い詰められたわ。

そのときのこと・・・。

ヨーステンはふと真っ直ぐにわたしを見て、凄く悲しそうな、それでいて堪らなく優しい目をしたの。

その目を覗き込んだら、不思議なことにヨーステンの決心が分かってしまって。

わたしは『それはそれでいいんだ』なんて思っちゃった。

あれは多分、ヨーステンが守護者から削除者に変わった瞬間だったのね」

目を大きく見開いたケイコばあちゃんは、珍しく一言のちゃちゃも入れずに、わたしの言葉に聞き入っていた。

「あなたの義務を果たしなさい!

なんて言いながらわたしはヨーステンに向かって腕を広げたの。

そうやってサーベルで胸を突かれるのを待ち構えちゃったんだよ?

わたしもマンモスどうかしてた。

周りで繰り広げられる殺し合いがあまりにむごたらしくて。

恐怖心のあまりついでに自分の命もどうでも良くなっちゃったって感じ?

今になってみれば、我ながら信じられない自分がそこにいたわ」

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