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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #208

第十三章 終幕:16


 「聞いてちょうだい、アン。
あなたはどちらかというとハナコより私に似ている。
容姿もだけど、何よりものの考え方がね。
ロージナ広しと言えども能力者問題にここまで深く関わった人間は、今となっては私を除けばあなたより他にはいない。
能力者の問題は、これからもロージナを揺るがすでしょうしね」
ケイコばあちゃんは『心の奥底まで見極めてやろうか?』なんて視線で、わたしの目を覗き込んだ。
「私が関わらざるを得なくなった内緒ごとには、能力者問題なんて芥子粒みたいに思える大事もあるわ。
今やそっちの方が主題と言っても良い位。
ホント面倒だし。
うっかりお店を広げ過ぎて、ちょっと手一杯になってしまいました。
独りでは面倒見切れなくなったという感じかしら。
だからね、私には信頼できる相棒が必要。
気心の知れた双子の姉妹みたいなね」
「わたしに・・・おばあちゃんの手下・・・に成れと?」
「いいえ、手下だなんて人聞きの悪い。
相棒よ相棒。
ビジネスパートナー。
それにね。
こうと成ってしまったら、あなたを相棒だけじゃない。
ゆくゆくは私の後継者にできたら良いなって、思い始めたとこ。
今になってしゃしゃりでてきた桜楓会のお相手をしている内に、それまで考えてもいなかった想定外がドミノ倒しになってね。
あなたに専念するつもりだったのに、お年寄り達への対応に追われて肝心要の作戦がおろそかになってしまったの。
私もヤキがまわったものよ。
歳かしらね」
ケイコばあちゃんは自分を歳だなんて1ミリも思っていない。
そのことは、わたしの命をチップに変えてテーブルに積んだとしてもだね。
鼻で笑ってベットできるほど確かなことだった。
「おかげで危うくあなたを失うところだった。
計画ではもっと早い段階であなたとは会合して保護する予定だったの。
あらためて謝るわ。
危険な目に遇わせて。
あげく怪我までさせてしまって。
本当にごめんね、アン。
何度も言うけど本当に無事でよかった。
何と言っても私の可愛い妹だもの。
キャハッ!」
ケイコばあちゃんお得意の、自称無邪気で清純な笑顔が爆発した。
言うに事欠いてわたしを妹呼ばわりとは、何をか言わんやである。
開いた口が塞がら無いとはこの事だろう。
それになにが『キャハッ!」だよ。
孫娘が相手とて、一部の隙も無く若い娘みたいに振る舞う、徹頭徹尾キモイババアだった。
 それにね。
相棒?
後継者?
ケイコばあちゃんの話を聞いて、わたしはなんだか進退窮まったと言うか。
袋小路に追い詰められた感じになったと言うか。
今すぐにでもこの場から逃げ出したくなったのが正直なところ。
だけどさ。
されどさ。
今は亡きアリアズナ・ドレーク・コバレフスカヤの為に敵味方多くの人が命を懸け、実際に少なくない人が命を落とした現実がある。
そのことをアン・ブライス・シャーリーは生涯忘れることができないだろう。
わたしはこの胸の内で歯噛みする反抗心と、降り注ぐ理不尽に対する怒り。
その両方を飼いならさなければならないのだろう。
 「話を桜楓会に戻すわ。
とにかく、大災厄で多次元リンクがいきなり遮断されたことは、ロージナに取って大き過ぎる衝撃だったの。
ライブラリーへのアクセスはおろか、地球や他星系への連絡も出来なくなったのだからね。
働き盛りだったご先祖様たちは、文字通りフリーズして呆然自失状態に陥ったに違いないわ。
彼ら彼女らは、ロージナという植民惑星を新たな人類拠点にすべく、日夜新天地建設に励むエリートだったのよ。
それも土木建築物理化学生物医学工学農林水産生態気象天体物理なんて言う科学技術系に特化した、いわば理系オタクの集団だったわけ。
自分の得意分野から外れた、マニュアルに書かれていない事態には、すぐに対処できない。
そんな人間が多数を占める集団だったと言うことね。
学位持ちのエリートなんていつの世も、想定外の状況には打たれ弱いものよ?
海軍にいた頃はそんなやつらに、しなくても良い苦労を背負わされたわねぇ」
そう言って、ケイコばあちゃんは肩をすくめてみせた。
兎にも角にも現役総崩れのこの時。
すわ!とばかりに、人類壊滅の危機を救わんと、ロージナ各地で雄々しく立ち上がる、お節介焼きな勇者の方々がいた。
彼ら彼女らは、現場の一線を退いたものの、元気を少々持て余す自称選ばれし御隠居達だった。
「すい星のごとく現れ出でたる元気満々の勇者が、現役を退いたご隠居さんたちだったと言うのだから脱力するわね。
まあ、そんな力を持て余した爺婆がよ。
引退後の暇つぶしがてらに、ロージナ各地でブイブイ言わせていた友愛組織がね。
何を隠そう、我らがおたっしゃクラブだったのよ」
ケイコばあちゃんが酢を飲んだような顔をした。
「ロージナ復興の・・・立役者がおたっしゃクラブのお年寄り・・・たちだったって・・・こと?」
それが本当なら大災厄後のロージナが胡散臭いのも当たり前。
わたしは瞬時にそう思ったね。
「そうなのよ。
人の役に立ちたくて堪らないお爺ちゃんやお婆ちゃん達が、腑抜けた現役世代に活を入れるべく『わしらに任せておけ』と名乗りを上げたわけ。
おたっしゃクラブのクチコミネットワークは、大災厄前にすでに出来上がっていたからね。
爺婆はそいつを引っ提げて、鼻息荒くしゃしゃり出て来たってことね」
 ケイコばあちゃんは薄く笑いながら解説した。
あらかたのインフラが駄目になり、人と人、地域と地域の洗練された連絡手段が消失した。
即ち多次元リンクを失なった人々が、当面ちまちまとしたお年寄りの横繋がりに頼るしかなくなったのだ。
それは大変なことだったろう。
通信。
その点だけに着目してみても大災厄以前、人々がいかに多次元リンクを頼り切っていたものなのか。
それは想像に難くない。
「多次元リンクに変わる体系的通信の手段として郵便が登場するのは、ずーっと先のことだったからね。
なんといってもあなたの大好きな伝説のポストマン。
アーサー・レイ・デュシャンが、都市連合域内で惑星郵便制度の基礎を立ち上げるまで。
通信はおたっしゃクラブ頼りだったと言うこと」
結果から見れば、そこいらの爺さん婆さん連中がだよ。
おたっしゃクラブとして出来上がっていた年寄り同士の繋がりを利用して、大災厄初期の混乱をどうにかこうにか納めてしまったわけだ。
それはそれで大したものだと思うけどね。
「爺婆たちは各地域ごとの行政組織が立ち上がるまで、多次元リンクとライブラリーの代用を務めたのよ。
おたっしゃクラブは、爺婆リンクを運用しながらね。
亀の甲より年の功とうそぶく年寄りの知恵を提供して、情報の流通と共同体の維持を支えたということ。
この時期に、伝令や飛脚としてこき使われた数多の若者達の中に、アーサー・レイ・デュシャンがいたってことらしいわ」
 それはポストマンフリークのわたしも知らなかった。
通信が混乱するその現場にアーサー・レイ・デュシャンその人がいた。
ポストマンびいきのわたしにしてみれば、惑星郵便制度誕生は歴史の必然だったとあらためて確信したことだった。
これには、兎角わたしの意見を軽視しがちなケイコばあちゃんも、素直に同意してくれた。

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