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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #3

第一章 解帆:3

 「アリー、実は折り入ってお前に話しておかなければならないことがあるのだ」 

モンゴメリー副長が少しまじめな顔つきでいじけた船長の後を引き取った。   

副長が前に出てきてくれたおかげで、わたしの緊張も少し緩んだ。

そうして人の声が人の声らしく聞こえるようになった。        「ルート、どうするこのまま私から話すか?」             「いいえ、あたしが話さなきゃなんないでしょ。        

なんだか気が重いけどね。

アリーちゃん、あんたは武装行儀見習いってことでケイコさんから預かった娘な訳だけれど・・・」


 『いきなりなんなんだよ!この重い雰囲気は』


 今思えばその時をもって、わたしのお気楽少女時代には永遠の幕引きがされたのかもしれない。      

まだ全然大人になんかなりたくなかったのに、とざい、とーざい、理不尽な筋書きがお約束のリアル人生劇場が開幕とござい。          

大人の演じる世間様の表舞台へと、まだ何の覚悟も諦念も無いわたしが、問答無用で放り出された瞬間でもあったのだと、そう思う。      

ちなみに、リアル人生劇場の舞台には底の見えない奈落がもれなく付いてくるので、ゆめゆめ落ちたりしないようご用心。           

逃げ出せるものならすぐにでも逃げ出したい、わたしがいた。     


 わたしが乗り組んでいる航空船第七音羽丸は、惑星ロージナの西大陸南岸にある小さな村、音羽村が運営している鉱石スイーパーだ。      

鉱石スイーパーを名乗る航空船は、地表からほぼ三百メートルの高度に広がるフィールド平面上を走り回って、主に隕鉄(隕石に含まれる鉄ニッケル合金)を集めて回るのがお仕事だ。  

フィールドは、ロージナのテラフォーミングが始まってからほぼ二千年の間、一日たりとて休まず展開されているバリヤー?シールド?みたいなものだって学校で習った。      

フィールドは鉄より大きな原子量を持つ物質を、長径一センチメートルを超えれば上へも下へも通さないという、それはそれは不思議で非常識な力場だった。

原子量だとか力場なんて言われてもただの教科書的な知識。

憶えただけで試験の点も良かったけれど理解はしていないね。

そこは自信がある。

空き缶や釘なんかを使って、実際にフィールドの不思議を自分で確かめてみたこともあるけれど、訳が分からない。   

 わたしたちの惑星ロージナは、元々圏内にやたらとゴミが多い星系に在った。              

ゴミが多い原因は、星系内に質量の大きい巨大ガス惑星が、一つしか無いかららしい。

星系内に巨大ガス惑星がいくつもあると、宇宙区間を漂う星になり損ねたゴミは、あらかたその巨大ガス惑星の重力井戸に落っこちてしまうんだとさ。だけどうちの星系には巨大ガス惑星が一個しかない。

結果として、巨大ガス惑星が捉えそこなった宇宙区間を漂う大量のゴミは、ロージナの引力に引かれて大気圏内に落ちてくるんだそうな。     

それがどういうことかと言うと、ゴミの多くは流れ星となって燃え尽きるけれど、一部は隕石として地上まで到達して大惨事を引き起こすってことだね。

宇宙ゴミ由来の隕石による爆撃は、テラフォーミングの過程でも、植民後の惑星環境のためにも、そして何よりロージナへの植民者にとって、とうてい見過ごせない脅威だった。  

あったりまえだよね。

そこで地表を隕石の落下から守る究極的解決策として、この魔法みたいなフィールドが張られたというわけ。 

 二千年前から始まったテラフォーミングが万事順調に進んで、次のミレニアムを迎えた今からちょうど千年ほど昔に、それは起きた。     

専門家集団でもあった初期植民者達が、苦労に苦労を重ねて取り組んだ開発事業がようやく軌道に乗ったころだった。            

わたしたちの本籍地、地球からの援助に頼らなくても自立の目途がたとうかと言う矢先のことでもあった。

歴史の教科書でもその辺りはちょっと感傷的な文章だったね。     

何が起きたかと言うと・・・なんと、わたしたちの星、惑星ロージナに全地表全海面規模に及ぶ破滅的災害、いわゆる大災厄が襲い掛かったのだ。  

大災厄の原因と実態が何であったのか、それは考古学者の皆さんが追及する永遠のテーマらしいけれど、今のところ諸説乱立で百人寄れば百の意見が出る始末とか。

まことしやかな、真説と称する珍説が登場しては消え、定説はまだない。

それはアイスクリームを食べたことが無い人が、その美味しさを語るようなもの。

ほとんどの説が、講釈師見てきたような嘘をつき、ってやつなんだろうね。もっとも、大災厄が起きた後の惨事についてなら、教科書にも取り上げられていた。

植民者支援の要だったマザーシップを始め、統治支援A.I.が管理するライブラリーや、それらと連動して人々を結び付けていた多次元リンクが失われて引き起こされた惨事のことね。

それは大災厄の後、生き残った人たちが、実際に見て経験したバリバリの実体験。

ご先祖様たちの記憶にも、そのことで生じた生活の不便や困窮、我が身に降りかかった数多の悲劇は、強く印象に残ったに違いない。

結果として考古学者や歴史学者にとって、相互検証しやすい口伝や記録がたくさん現存することになったので、それが教科書に落とし込まれているのだと思う。

 植民地を支えていたシステムが一斉に機能しなくなったのは、発展途上の植民惑星としては大ピンチだったということは確かだね。      

とりわけ人対人、人対システムの通信を通じて、日常生活から生産設備の管理まで、社会基盤の根幹を支えていた多次元リンクが失われたことは致命的だった。

そのことは、わたしなんかみたいな小娘でもおぼろげには想像できる。 

 そう言えば多次元リンクの説明に、意識と意識をつなぐ魔法の糸電話なんてのがあった。

御伽噺に出てくる超能力、テレパシーみたいなものだろうか。     

その魔法の糸電話をなくした結果、惑星ロージナの人類は超科学文明の利器をいっさい使用出来なくなったのだから、それは一大事。

人々は大災厄まで高度な科学技術文明にどっぷり浸りきって、三千年以上もの時を経ていたそうだからね。

 人類はそれこそ読み書き算盤から煮炊きを含めた地道な手仕事まで、ごく基本的な日常の知恵や技術をあらかた忘れ去って久しかった、なんて教科書には書かれていた。       

例えば、便利でお手軽な多次元リンクという通信や記録の手段を失くしたロージナの人達は、粘土板や木簡から始まりやがて紙媒体の発明?復活?へと、言わばもう一回人類史をやり直したってことになる。       

最初の内は、世代や地域を越えた情報の共有や伝達は、口伝えの伝言だけになっちゃったわけだからね。   

とにかく記録と言う作業が文字通り手仕事になってしまったことが大変だったみたいだ。

 自分の手を使って字を書くという習慣が無くなっていたわけで、はじめはメモをチャチャッと残すって発想すらなかったろう。        

なんたってそれまでは、頭の中で考えるだけで情報が保存できていつでも引き出せたし、誰にでも瞬時に伝達できたっていうのだから、ホントどんな感じだったんだろう。

・・・想像もつかない。    

例えばだよ、学校の試験なんかどうしてたんだろうね。        

要するに、普段の生活にペンやノートが欠かせないわたしたちには、どうにも考えの及ばない困った事態がおきたわけだ。


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