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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #25

第二章 航過:13

そこにいたみんなには言葉も無かった。

ぽっと出の武装行儀見習い風情が、何か物申すことのできる話題ではないのは確かだった。

いまだわたしの胸ぐらを掴んだままのアキコさんですら、表情だけは完全にアキちゃんモードにシフトしているありさまだった。


 「海賊連中は自分達のことを今でも私掠船って自称している。

それってさ『俺たちゃ郷土のみんなに支持されているんだから、私掠船免状を持っているみたいなもんなんだぜ』っていう気分?

自負?

そんなところから来る名乗りなのかも知れないね。

ほんと、戦後生まれのあたし達にしてみれば突っ込みどころ満載の、たちの悪い冗談みたいなものだけどさ」

クララさんはそれまでわたし達には一度も見せたことのない、昏い目をして吐き出すように言い切った。


『そんな・・。

そんなことちっとも知らなかった』


空の色を映した海の青と空の力を示す風をはらんだ帆の白さに、濁った不浄の無色が飛び散ったように感じて心がすくむのが分かった。


『世界の説明文に注釈を付ければ、薄汚いことわり書きでいっぱいってか?』


などと、いつものわたしだったら斜に構えて受け流すところだった。

けれども、クララさんの目を見てしまい、そうはできなくなった自分がいた。

そうはできなくなった自分の心が、まるで理不尽ないじめを受けた小さな子供のように悲鳴を上げた。

おぞましく汚らしいものは、実は色を持たずほんの身近にある。

アキコさんもわたしの胸倉を掴んだままで唇を噛んで震えていた。

「肯定も否定もしなくていい。

理性で抑えることもできない、残酷で悲しい憎しみに満ちた大人たちを分かってやれとも言わないよ。

だけど、あたしたちは、あたしたちの頭で考えないといけない。

結果には必ず原因がある。

だからいつだって、なぜ、どうしてと、考えないといけない。

そうじゃないと、何も良い方に変わらない。

それは違うだろうと自分の心が叫んだら、変えなければ成らない何かがそこにはあるはずなんだ。

あたしはそう思う。

アキ、アリーを離してやれ」

クララさんは少し顔色が良くなって、照れたように咳払いすると話しを元に戻した。

「そんな訳で、シンクレアが取った情報を・・・艦種の識別や方位だな。

敵艦見ゆの信号旗を流した後で、発火モールス信号と手旗信号を使って、随時下を走るブラックパール号に送り続けた。

そうしてブラックパール号が戦闘準備を整え、やがてこちらの観測情報を自ら視認した後の手順は、本当はちゃんと決まっていたのよ。

戦闘要務令に従えば、ピグレット号は帆の開きをいっぱいにして全速でインディアナポリス号に先行接敵しなければならなかったわ。

先行接敵は教程通りなら、敵艦上空の高速航過による強行偵察となるはずだったの」

クララさんの表情がちょっと怒りを含んだ悔しげなものになった。

 大きな失敗、それはたぶん分かっていたのに止められなかった過ちではなかったか。

防げたはずの大失敗はピグレット号が退役する遠因になった出来事。

陽気で明るいお姉さま方をこれほどまでに打ちのめす記憶の原点に違いなかった。

「はずだったですか?」

リンさんが息を呑むように聞き返した。

パットさんも、らしくない緊張感出まくりの引き締まった表情で生唾を飲み込んだ。

アキコさんに至っては私の胸倉から手を離した後、ラスカットを取り落とし、握りしめた両の拳を口に押し当て大きな目を見開いて固まっていた。

 「ブラックパール号は先の大戦からの生き残りで老朽艦もいいところだけれど、見敵必戦はあの艦の就役以来の伝統だったからね。

高速で操艦し易いカゲロウ型フリゲート艦の四番艦として、姉妹艦のユキカゼ号とペアを組んで戦列艦を葬った事もあるくらいだから結構自信満々。

それでもインディアナポリス号の視認までは戦闘要務令通りの対応で進んだのよ。

ブラックパール号の後部甲板にも特に変わった動きは無かったしね。

ピグレット号の強行偵察の報告を待って対処を考えるという、交戦規則にだって書いてある流れだったわ。

だけどね、続報で“インディアナポリス号は海賊船と思しき拿捕船を曳航中”と発火信号で伝えたとほぼ同時に事態が急展開したの」

クララさんは薄く瞬きして、苦々しげな表情を浮かべた。

「ブラックパール号は“詳報を伝えよ!”や“再確認せよ!”の信号もこちらに寄こさなかったわ。

まるで待ってましたと言わんばかりの勢いで、いきなり黒地に白く髑髏が染め抜かれた旗をハリヤードに揚げて総帆展帆だよ。

驚くほど素早い戦闘状態への移行だった。

噂には聞いていたけれど、非正規の髑髏印戦闘旗ってあの時初めて見た。

上から見ていても戦闘準備の太鼓連打と楽隊の軍艦マーチや突撃喇叭が聞こえそうなくらいに艦全体が奮い立って闘気がみなぎるのが分かったわ。

相手はあのインディアナポリス号だし、拿捕されている船が海賊船なら間違いなくこっちの船だしね。

海賊船の乗組員には退役軍人もたくさんいるはずで、義を見てせざるは勇無きなりなんて見当違いもはなはだしいとんちんかんなノリだったんでしょ、きっと。

もしかしたら原理主義的な右寄りの艦長達は、自称私掠船を犯罪者の船ではなく、仲間内の特殊作戦担当艦くらいな感じで認識しているのかしらね。

インディアナポリス号が合法的な警察活動で拿捕した海賊船に身内意識だかシンパシーだかを感じちゃって、瞬間的に脳みそが湧き立ったったのよ、きっと。

是是非非関係なしで問答無用。

拳骨で真っ向勝負だなんていうふうに思考回路が短絡したんだからさ。

とてもまともな大人の振る舞いとは思えないわ」

クララさん実はインディアナポリス号よりも、味方だったペア艦のブラックパール号への怒りの方が大きいのではないかと思った。

目の奥に炎がチラチラと燃えて、まるで講釈師のように淀みなくスラスラと言葉がほとばしったもの。

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