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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~
第19話 秘密結社と少年と後宮の魔女達 30
「ちらっと見ただけですが。
なんだか夏目のヤツすっかり憑き物が落ちたような穏やかな顔してましたけどね。
橘さんの銃口が自分に向いた時のヤツの驚きっぷりときたらどうです。
弾が当たった瞬間。
信じられないって顔してましたよ。
僕たちに向かって躊躇いなく引き金を引いた。
あの狂犬と同じやつだとはとても思えませんでしたよ?
それにしても橘さんって射撃がお上手ですね。
ヨッ。
さすがレンジャー徽章持ち!」
「へへっ。
照れますねー。
お褒めに預かり光栄ですぅ。
マドカさんにそう言って頂けると佐那子はすご〜く嬉しいです!」
その日僕たちはひと月ぶりくらいに夏目と顔を合わせたのだった。
僕と橘さんがヤツに殺されかけたあの日以来と言うことだ。
橘さんはドアから夏目が入ってきた刹那。
間髪入れずラップスカートをまくり上げ、真っ白な太腿に止めたホルスターからベレッタ・ナノを引き抜いた。
一連の動作はそれこそ目にも止まらぬ速さだった。
<荒野のガンマン>のクリント・イーストウッドより早かったよ?
橘さんは拳銃を振り上げながら安全装置を解除。
流れる様な手さばきで遊底をスライドさせ瞬時に第一弾を装填。
一瞬の躊躇いもなく発砲した。
橘さんは夏目の右肩に9㎜弾を叩き込んだってことさ。
仲間には誰もそんな者はいなかったけどね。
制止する間もあらばこそってとこ?
「やめてくださいー。
事前にお話ししなかったわたくしが悪かったんですー」
シスター藤原は必死の形相でベレッタの射線に入り両手をバタバタさせた。
シスターの隣に居た萩原さんがドナムを使ったのだろう。
夏目に手を伸ばして二人は瞬く間に姿を消した。
橘さんはベレッタの照準を素早くシスターに変えた。
硝煙の匂いが鼻をつく。
病院での顔合わせ以来のこと。
なんだかんだと用事にかこつけ。
シスター藤原は毛利邸に押し掛けることが多くなった。
このところは入り浸りと言っても良いくらいだ。
そうしてシスター藤原の人となりが日めくりをめくるようにあらわになりつつある。
ざっかけなく言ってしまえば、シスターは長く生きてきた割には思慮が浅い。
悪い人間ではない。
だが一途な善意や愛情が上滑りするタイプの女子・・・スーパー大年増だった。
人柄を例えれば、三島さんとはタイプ的に正反対なクラス委員長にありがちみたいな?
どうせこの茶番劇も「サプライズです~」とかなんとか言ってね。
夏目をどうとかした自分の成果を、僕らに自慢したかっただけなのだろうよ。
「わざわざわたしたちを呼びつけておいて。
こともあろうに夏目さんと引き合わせるなんて。
いったいどういうおつもりです?
シスター藤原」
先輩の声音が雪の女王バージョンになってる。
橘さんはシスターに狙いを定めたまま、身じろぎもせずベレッタを構え続ける。
先輩のめくばせがあれば、橘さんは躊躇いなく発砲するだろうね。
三島さんの目は『焦ったいな〜早く撃っちゃえば』と言う目だし。
秋吉は『跡始末はお任せ』とばかりに、この世のものと思えぬ優しげな微笑みを浮かべてるし。
シスターは床にペタンと座り込んで・・・。
うわーっ。
失禁しちゃったよ。
じんわりと絨毯の上に水溜りが広がっていく。
「利き腕に当てただけだ。
フッ。
ヤツもドナム持ちだ。
完治するまで一週間も掛からんだろう。
違うか?
最初から殺すつもりなら頭を狙った」
ニヤリと片笑みを浮かべる橘さんの声が低過ぎる。
シスターはもしかしたらドナムで、橘さんの視線が何処に突き刺さってるか確かめたのかも。
照準が自分の額に定まってる。
それが分かっちゃったんだな。
そりゃオシッコを漏らすのも無理はないよね。
「頼む。
そのくらいしてやってくれないか。
藤原さんを止められなかった俺たちにも責任がある。
無理矢理にでも止めさせるべきだった」
慌てたヒッピー梶原が深々と頭を垂れる。
橘さんは視線をシスターに固定したまま銃口を床に下げる。
指はトリガーに掛かったままだ。
「ごめんなさーい!
夏目君はすっかり人畜無害な青年に更生しましたって。
直接皆さんにお見せしたかっただけなんですー。
スコットランドからわざわざお招きした名匠の手になる人格ロンダリングのお披露目だったんですー」
シスター藤原は銃口が床に向いたのを好機と捉えたのだろう。
水溜りのできた絨毯に額をこすりつけて泣き叫ぶ。
『人格ロンダリングってなんだ?』
『名匠って?』
本当は僕らに教えちゃいけないんじゃないかと思われる内情をシスター藤原が口走る。
シスター藤原は顔を上げて床に跪き天を仰ぐお祈りの姿勢で謝罪の言葉を並べ立てる。
こうして見た目のいとけなさをアピールする路線で、ここまで千年上手にやってきたのだろう。
絨毯にこすりつけて赤くなった額がアレだったけれどさ。
背景に天使の梯子が下りてきそうなほど見事な聖女っぷりだった。
ついこないだ僕は上原に誘われて上野の都立美術館へ行ったんだ。
その時鑑賞した絵の中でも特に印象的だったのがホセ・デ・リベーラの油画。
<牢獄の中の聖アグネス>だよ。
天上の神に祈る美しくも儚げな聖女の絵なんだけどね。
天に祈るシスター藤原を眺めていて、そのことをふと思い出したんだよ。
だけどシスターは失禁の水溜りの上だしなぁ。
チョット臭ってきたし。
残念〜!
それに加えてあろうことか口調が少し舌足らずな感じなのは倍増しのアレだったね。
若作りのアップデートを狙っているのだろうか。
秋吉の話し方を学習しているふしがある今日此の頃の痛々しいシスター藤原だよ。
「同じ年ごろのお友達がいままで身近にいなかったものですから。
どうぞ仲良くしてくださいましね」
大まかな実年齢を知る僕たちに臆面もなくそんなことを口にできるのだからね。
シスターも相当面の皮が厚いってこったろう。
見てくれの印象は確かに、橘さんは言うに及ばず先輩や三島さんと比べたって、秋吉に一番近い感じだよ?
シスターは最近、毎日の様に毛利邸に出入りしてるからね。
毛利邸に半ば住みついている三島さんや橘さんとも親交を深めようとしているのだろうか。
そんなこんなで、シスターとみんなの距離感ははどうなの?
僕が見るところ、橘さんだけはシスターとの間にガラス戸一枚置いて、不信感を隠そうともしていない。
橘さんはリエゾンとしてOFUと僕らの間に立って盾となり。
時にはこうして矛の役割を務めようとしてくれている。
実の姉より頼りになるおねーさんだよ?
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