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ロージナの風:武装行儀見習いアリアズナの冒険 #214

第十三章 終幕:22

 自分で新しく入れたお茶と、焼き菓子でわたしもまた気持ちを入れ換えようと思った。

焼き菓子は、つい今しがた主計科から差し入れられたマドレーヌだった。

グイッと頬張ったらステラさん謹製マドレーヌの味と香りが記憶に蘇った。

気分を入れ換えるどころか、らしくもない感傷がわたしの胸に溢れた。


 「で?結局のところ世界中で相互断絶が続いていた千年の間。

各地の桜楓会が連絡を取り合っていたってのはあれでしょ。

本当はライブラリーは生きていて、桜楓会は多次元リンクを使いながら、裏で上手いことやってましたってオチよね。

・・・おばあちゃんは、ちょっと意外な関係筋だなんて言葉を濁したけどさ。

どうせそれもライブラリーのことだったりするんだわ」

「ようやくここまで辿り着いたわね。

なんだか兵学校で先生やってた時のことを思い出すわね」

「あんまりわたしを舐めないでちょうだい。

ここ千年に渡るロージナ各地でのおたっしゃクラブの活動や、言語と教育の話を聞かされた時。

そうじゃないかなくらいは思っていたわ。

ちょっと意外な関係筋だなんて、いかにも思わせぶりだし」

「そうね。

だけど実際には多次元リンクはまったく使えていないわよ。

多次元リンクの代わりと言ってはなんだけど、各地の桜楓会の支部長があてがわれている屋敷にはね、通信装置が設置されているのよ。

通信装置はテレタイプって言う機械。

アルファベットや記号で構成されたキーボードが付属しているの。

キーボードをタイピングすると全ロージナのテレタイプに、一斉に文字列が伝わるって言う仕組みになってる。

驚いたことに定期的に機械は新しくなるし、送受信用のロールペーパーも遅滞なく供給されるの」

「機械やロールペーパーのサプライヤーは何処にいるの。

魔法じゃあるまいし。

もしかしたら働き者の小人が夜中にせっせと仕事してるとか?

朝になってみると、引き出しには紙が、机の上には新品の機械が載っているとでも?」

わたしは思わず知らず、半眼になっていた。

「そうね、アンの思いついきでだいたい合ってる」

「勘弁してよ」

ケイコばあちゃんがチョットイラついた。

「話は最後まで聞きなさい。

支部になっている屋敷は、元々は何かの供給施設があった場所みたいなの。

災害か何かを想定したシェルターとか。

物資のロジスティックシステムとか。

そんな施設が地下の奥深くに構築されていて、今でもそれが残っているんじゃない?

誰も確かめたことはないし。

搬出口はしっかりガードされているし。

調べようとしても私達じゃ歯が立たないでしょうけれどね」

ケイコばあちゃんは悔しそうな顔で形の良い眉をしかめた。

この人は絶対に自分で確かめようとしたね。

わたしには分かる。

「私も働き者の小人がいたって驚かないけれど、屋敷には井戸みたいな穴があってね。

搬出口よ。

そこから機械やら紙やら、テレタイプ関連の補給があるの。

テレタイプを含めてシステム全体は、小人が動かしていても不思議じゃないけれど、実際は電気で動いているのだと思う。

仕組みは全く分からないわね。

小人がいないのならもうこれは、どう考えたって動作や管理の統括を、ライブラリーがやっているとしか考えられない。

そうでしょう?

これは桜楓会の禁則事項の内でも特S級の㊙案件よ。

これを聞いた以上アン。

あなたはもう後戻りできないわ」

ケイコばあちゃんの目がギラリと光った。

キラリではないギラリだ。

 桜楓会の背後にはライブラリーがいる。

そして桜楓会は、ライブラリーの意向に沿って活動してきたのだ。

宇宙からの脅威が本当に本当だったとすれば、色々と辻褄も会う。

五千光年もの広がりをもっていた人類世界なのに、敵対勢力により席巻されるのにかかった時間は極めて短期間だったのだ。

ライブラリーに出来たことなどたかが知れていたはずだ。

だから桜楓会なのか?

 「バーサーカー襲来の情報を受け取ったライブラリーは、各部局の主だった者達にショートレポートを送った。

けれどホモサピの意見を仰ぐ間も無く、僅か数時間のうちには多次元リンクを遮断せざるを得なかった」

ケイコばあちゃんの話は続いた。

「ライブラリーも詳しい状況説明をしている時間はなかったわ。

かいつまんだ現状報告の間もあらばこそ、ほぼ瞬時に通信すら切断するしかなかったそうよ。

ライブラリーとしては多次元リンクがバーサーカーを呼び寄せる、クエーサー並みの灯台だっていう警告情報が心底恐ろしかったの。

事情が分から無い人類としては堪らないわよね。

ロージナ人は人類滅亡の大事だと言うのに、いきなり蚊帳の外に置かれたわけよ?

ご先祖様達は正直なところ。

何が何だか分からないという状態のまま、目と耳を塞がれ手足をもがれたも同然だったはず。

初代桜楓会のメンバーは、ライブラリー遮断のショートレポートが配信された人達と言う事になるわ。

ライブラリーは多次元リンクで全ロージナ人を常時モニターしていたわけだからね。

みんなの能力、人格、資質にも精通していたの。

ショートレポートには、ライブラリーからのお願いとテレタイプ設置のことが書かれていたわ。

大昔風に言えば『電話はできなくなりますから、これからはお手紙ください』ってこと。

事実これは試してみたのだけれど、テレタイプは他所の桜楓会との通信だけではなくライブラリーとの通信にも使えるわ」

「ライブラリーと文通できるってことなの?」

「それはオーディナリーピープルには無理ね。

オーディナリーピープルはテレタイプの存在を知らないけど、仮に問い掛けのお手紙を出しても、ライブラリーはガン無視するそうよ。

桜楓会からのお手紙だって、こっちから出すだけ。

ライブラリーから拝啓なんてことはしない。

ライブラリーとのやり取りはまず一方通行。

桜楓会幹部が個人で質問しても返事をするのは、二三世代に一回あるかどうかだったというからね。

とても文通とは言えないわ。

ともあれ、ライブラリーからのお願いは最初の一回きり。

ここ千年の間、ライブラリーは新しいお願いをしてこないし、お小言も無し。

それでもテレタイプ関連の要求だけにはソッコーで答えるからね。

こっちの手紙はちゃんと読んでることは読んでる。

ライブラリーはね。

バーサーカー問題にけりが付くまで桜楓会の幹部とも、ましてやオーディナリーピープルとは、まともにコンタクトを取るつもりがないの。

まるでシャイな田舎の女学生みたいに頑ななのよ」

ケイコばあちゃんは肩を竦めてみせた。

まるでライブラリーが旧知の友人みたいな口調だった。

「そうなの。

ライブラリーも難儀なことねぇ。

・・・そうすると大災厄の後、彗星のごとく現れてすい星のごとく消え去った。

おたっしゃクラブの選ばれしご隠居様達って言うのも?」

「バックに桜楓会が付いていて、その更に背後にはライブラリーがいたの。

ライブラリーはお願いの中に、おたっしゃクラブを活用する方針のことも入れたからね」

「あらかじめライブラリーによって、お膳立てを含めたシナリオが作られていたと言うことね」

ようやく気付いたのと、ケイコばあちゃんは桜色をした唇を可愛らしく歪めた。

いちいちが癪に障るババアだった。

「・・・謎の全てが解けたわね。

こんなまどろっこしくて長〜い前置きなんな抜きにして。

結論から話してくれればよかったのに」

「何を言ってるのアン。

これでも禁則事項を全てあなたに明かしたわけじゃないわ。

あなたは私の相棒になる訳だし、後継者の候補(仮)なのよ。

本当にあなたがその任に堪えうるのか。

私はそれを知らなければならないわ。

例え可愛い妹であってもそこは譲れない。

だからこうして、段階を追って禁則事項を解除しながら、あなたのことを値踏みしているの」

ケイコばあちゃんはつんとすましたしたり顔で語ったものだ。

「へいへい、ほ~、さよ~ですか」

わたしはほとほと疲れてしまいましたと、正直にお伝え申し上げましたとも。

 この時点でも会話の合間にせぐりあげがあったし、鼻水が垂れて目も腫れぼったかった。

どれほど泣いたんだよ、わたし。

喉も乾くはずだよ。

わたしは緩くなった紅茶を音を立てて啜ってやった。

『お行儀の悪い子はおばあちゃんの後継者にはなれません』

そう言ってもらえたら良いのにな。

わたしの心の声だった。


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