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【生命科学クライシス:リチャード・ハリス著、白揚社 2019】

先日偶然同じカウンターで飲んでいた女性が、アメリカの大学研究室に日本の製薬会社から派遣された学者で、彼女から医薬研究の95%は再現できないということを聞いた。

それで調べてみたら、どうやらこの本で話題になっていることらしい。帯に「効果を再現できない医薬研究、約90%」とあるから、酒の席だけあってちょっと盛っていたわけだ。

僕が紹介すると批判的でちょっぴり反科学的な本だと思われるかもしれないが、中身はいたってまじめ、真剣な科学ジャーナリストの著作で、効果再現が90%しかないことを発表して話題になった学者のインタビューからはじまって、その克服に努力する科学者たちの話を聞いてまわって、莫大な論文を読み込んで書かれている。科学の正当な発展のための提言の書である。

だが、科学そのものがもつ未熟さから、科学者たちの実験技術の未熟さ、実験動物や基本細胞の汚染、統計の不完全性、そして金銭と地位のからまる科学界のドロドロした闘争の影響まで、あまりにも膨大に散らばっている「科学の躓きの石」に対して、その提言は微々たるものにみえる。(実験マウスを扱う人間の性別まで実験結果に影響を及ぼしていることが最近わかったなど、ちょっとトリビアすぎて笑える)

統計について「第6章 結論にとびつく」という一章で、p値について詳しく触れられている。確か、これは最近全米統計学会かどこかで問題にされていたと思う。私たちが水戸黄門の印籠のように扱うp値について、生物学的研究の世界ではまったく誤解がまかり通っているというのだ。今の医学界ではp値が0.05未満というのが実験は成功とされる基準になっているが、この程度の値は最初の段階でこの基準に届くようにデザインできるからにすぎないという。そのp値を0.005に厳しくするという提案はほとんどの科学者から拒否されるが、多くのケースでは実は対象サンプルを60%増やせば良いだけである。今の科学界の競争の激しさと資金の乏しさがそれを許さないのだ。このような科学界の統計使用を「pハッキング」と呼ぶらしい。

と、まぁ、数学統計音痴の僕はこれをしっかり理解できたとは言えないのだが、科学の不完全さに対する謙虚な姿勢を保つためにも読んでおいてよい本だと思う。



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