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022 『さゐしゅうめんせつ』【ショート小説】

深作藩主、五藤永助が自分を見つめていた。眼前に強い気を感じる。
「名は」矢のように通る鋭い声。
「筒井定吉と申す」
凛とした声だ、と急に褒められ動揺する。「入藩したいと思った由は?」
刹那、幾度も繰り返した文句が飛ぶ。何故か突いて出たのは「……五藤殿に憧れて……」だった。何て幼稚な。
「数奇者じゃの」顔は満更でもなさそうだ。

「どうして鞍替えしようと思ったのじゃ?前の藩でも良いであろう」
前の仕官先の名を言うと、合点がいったようだ。
「ソコは軍を派遣吏員で固めたり、俸禄も『年貢だなんだ』言って差し引いて、石高も最低じゃ。世間から『武落藩』と揶揄されておるわ」五藤が吐き捨てる。「判断は正解よ」

ところで、と履歴の巻物をくるりと動かす。
「浪人の時期があるのか」
「まずいですか」
「いや。修行していればな。良い肉体じゃ。浪人の間に何か武勲を取ったりは?」
「資格ですか……」
そんなのないぞ。どうしよう。
ハッと天井に眼をやる。刀を抜くと狙いを定めぶすりと刺す。板が外れ、ばあんと小柄な男が落ちてきた。側近が取り押さえる。
「資格はございませんが、刺客でしたら」
天へ向かってカッカと笑う。「機知に富んだ男だ。気に入ったぞ」
側近たちを、顔がくっ付く位近づいてぐるりと見回す。
「お前たちから聞きたいことは?」
皆静かに首を振る。
「面接は以上だ。採用された暁には、使いの者がお主の家に来るはずじゃ。しばし待機しているように」

***

大きな和室に一人。
五藤は背後の襖を開く。そこには男が胡坐をかいていた。
「いかがでしたでしょうか」
後ろで見ておったが、と男が頷く。「声、姿勢、見た目に動き。完璧じゃ」
五藤の顔が輝く。「採用でしょうか?」
男は困ったような笑顔で返す。「側近たちもあれのみ近くで見て、何も云わないのであれば、心配御無用」すっくと立って五藤を見下ろす。「最終面接、合格じゃ」
五藤は頭を下げた。

「お前を儂、五藤永助の影武者に任ずる」

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