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スラダンもヒロアカも二作目のヒット


 何年も同じ業種に就いていると、そのルーティンの中に組み込まれる感がある。「これもいつもと同じようにこなせる」と思い、こなせているうちはOK。でもある日なんだかストレスフルに感じる時が来る。

 文字を書く、本を作る。わたしはもう何年もこの仕事をやっている。一辺倒な仕事に見える。取材して、文字起こして、原稿書いて、入稿して。ここ数年「慣れてきた仕事をこなしている」感覚でいたのだけど、そうではないということを最近知った。

 最近、フランス語と中国語の本のシリーズを作るのを手伝っているのだけど、これがおもしろいくらいにハマらない。最近、じわじわとしんどい…と感じている理由は、この言語の仕事をする上でやることなすことが全部外れてる感覚をよく味わっているせいだと、やっと気づいた。
 語学の本を作ったことがないし、語学堪能というわけでもないが私が協力するでほんとにいいのか?と再三版元には確認したが、フランス語がわからなくていい、君には編集能力そのものを求めているからと言われてうけた仕事だ。しかし、わからなくてもいいと言われても、やはり蚊帳の外感は味合う。大学の時に必修で受けたフラ語の知識をフル回転させるも、やはり話にはついていけず、まあそもそも語学監修は業務外なのだが、なんか変。シリーズ本だし、前の本は売れているのだし、わたしの役割って何?  これまで通りにしごとができない、活躍できない。めちゃ落ち込む。母国語以外の本をつくるのってこんなにストレスフルなの?みたいな。

 こういうことが続いていた。夫に相談したら、「新しいことやってんだから、うまくいかなくて当たり前だから」とさらっと言われた。
 「ってかはじめてのジャンルでうまくいくと思っているほうがすごい。これまでのノウハウは応用できるかもしれないけど、ジャンル自体が違うんだからできなくて仕方ないし諦める」
 なるほど。 
「同じ“業種”だから気づいてないかもだけど、それは新しいチャンレンジしてるってことだから」

 勘違いをしていた。「本を作る」という行動自体は同じなのだけど、ジャンルや著者は毎回変わるわけで。そうなると毎度新しいことにチャレンジしていたということにもなるわけで。毎度毎度同じことをしてきたわけではないのだな。これまで料理、動画、美容、髪、ファッション、経済、睡眠、お菓子などさまざまなジャンルの本をこれまで作ってきたし、書いてきた。それって、「本を作る」という単純な仕事ではなくて、毎度毎度違うことにチャレンジして乗り越えてきた、ということになる。そう考えると、なんか別にそこまで悲観する話でもないのかも。
 別に編集ライターに限らず、例えば営業さんでもクライアント先の人事異動で新しい担当さんに変更になったとか、制作の発注先を変更したとか、そういう受動的な環境の変化も、こっちにしてみれば、新しいチャレンジだよねと思う。だって前回と同じにいかないじゃん。

 いい話を聞いた。
 あのスラムダンクも2作目でヒット、僕のヒーローアカデミアも2作目でヒット。井上雄彦先生も堀越耕平先生も1作目は打ち切りになってるらしい。たまに現れる天才の天才は、一発目で大当たりするけど、尾田栄一郎くらいだよ。なるほど。
 あんなにすごい漫画家だって、最初のチャレンジでうまくいかないことがあるってんだ。新しいチャレンジではうまくいかないことのほうが多い。それでも、そのノウハウや蓄積を応用することで、その先につなげることも可能。

 鼻から「うまくいくわけないから〜」とわかっていれば、これまでのように落ち込む必要がない。フランス語なんてわからなくて当たり前だ。知らんし。巻き込んだの君たちだし。
 だったらわたしのできることを私ができる範囲のチャンレジをしようと思う。そんな当たり前のことにすらわたしは気づけないせいで、しばらくしんどい思いをした。多くの人にとって当たり前のことかもしれないけれど、わたしにとって、挫折の先に二作目でヒットを出してる人がいることはとっても大きな発見で、背中を押してもらえた。


今度一人暮らしするタイミングがあったら猫を飼いますね!!