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瀬戸忍者捕物帳 3-4

その頃、虎吉は震えだした八重の身を案じ、

「大丈夫か?一体どうしたんだ?」と聞いた。

「ねえ、なんで欣二さんは・・・あの時、与六さんが酩酊してたってことが分かったんだろう?それに、与六さんが後ろから脇差しで刺されたって事も・・・あたかも自分があの場にいたかのようにしゃべって・・・」

八重は欣二には聞こえない声で虎吉に思ってることを打ち明けたが、その言葉を聞いた後、

「なるほどな、あいつの言った通りか。」と納得した。

八重はその言葉の意味する所は分からなかったが、虎吉は目の色を変え立ち上がり、杵を構え欣二を睨みつけた。

「ん?ど・・・どうしたんだ?俺の顔に何かついてるか?」

急に敵意をむき出しにした目を向けられて、欣二はとまどったようだ。

「いや、さっきから妙に落ち着きがねえなと思ってたんだ。それに・・・やたら与六に対して嫌悪感を抱いているようだが・・・」

「あ・・・いや・・・だってそうだろ?俺は地主様から長屋の住人の家賃の徴収を任されてる『家守(やもり)』なんだ。与六のような家賃を納めねえ奴がいるとよお、俺が代わりにその家賃を肩代わりしなきゃなんねえんだ!追い出そうとしてもなかなか出て行かねえし!こっちからしたらたまったもんじゃねえよ!」

「なるほどな。じゃあ与六のような奴は死んで当然だと、そういう風に思っている訳か。」

「そうは言ってねえ!俺はただ・・・普段からの行いが悪い奴はそうやって罰を受けるんだと言っているだけだ。」

「それじゃあ良かったな、与六が死んで。」

「な・・・なんだと!?」

「家賃を払わねえ奴がいなくなったんだ。せいせいしたろ?これであんたは家賃を払えそうな新しい住人を探して住まわせばいい。」

「お・・・おい!てめえ!俺を疑ってるのか!?俺が与六を殺したと!?」

「ああ、可能性はあると思う。」

「ふざけんな!」と家守が激昂した瞬間、虎吉は八重の手をぐいっと引いて、自分の後ろに庇った。

「なんであの時、与六が酒を酩酊していたと分かった?まるで自分がその場に居たかのように喋ってたじゃねえか?納得できる説明をしろよ?」

虎吉の追求に、「いや・・・それは・・・」と口をまごまごさせた欣二は、次に言葉が出てこなかった。答えられずしばらくして虎吉と八重の顔を見ると、もはや完全に犯人だと疑われているということがわかり、ため息ひとつついた後に開き直った。

「ちっ!まさか・・・こんな頭の悪そうなガキの岡っ引きなんぞに尻尾を捕まえられるとはな。八重ちゃん、あんたの詮索好きにも困った者だな。おい!テメエら!」

と欣二が叫ぶと部屋を区切っていた左右の襖が一斉に空き、そこから物騒な顔つきの従業員達がぞろぞろと現れた。

「なるほど、テメエら全部グルかよ。」

虎吉は窓側の壁を背に八重を守りつつ杵を構えた。

「やっぱり・・・欣二さんが・・・殺したの?」八重は恐怖に見舞われた。

欣二は中央の食卓を横へ突き飛ばし、スペースを作り、男どもに虎吉達を取り囲ませた。

「余計な詮索をするから・・・テメエも八重も死ぬことになる。」

「本性を現しやがったな。」

虎吉は臨戦態勢を取った。

「おい、にいちゃん、最初から俺を疑ってたのか?」

「皐が教えてくれたんだよ。ここにいる者の犯行かもしれないから、店の者全員にも目を光らせておけってな。とくに親父!お前のことを特にな。」

「なんだと!?」

「お前は出会ってから終始落ち着かない様子だったからな。一つだけハッキリさせておこう。八重さんが聞いたという、与六と言い争う声。あれはお前か?お前が与六を殺したのか?答えろ!!」

虎吉とはよく名付けられたものでこの男の咆哮は襖が揺れる程猛々しく、まだ10代ながらも肝が座り、まさに虎の様な勇猛さが虎吉にはある。その雄叫びに欣二を始め、周りの屈強な男どもも萎縮してしまった。

その圧力に怖じ、暫く黙りこくっていたが、やがて、自暴自棄気味に話し始めた。

「ああ、そうだよ!与六と言い争っていたのは俺だよ。」

欣二は部屋の棚に飾ってある壺を持ち上げ、その文様を眺めながら続ける。

「奴には散々注意してきた。酒をやめろ、仕事をしろとな。だが奴は一向に聞かず、家賃も収めなかった。とうとう痺れを切らした俺はあの夜、金が払えねえなら出て行けという話をしに言ったんだ。その時もあいつは酔っ払っていてふらふらだった。俺の話を真剣に聞こうとしなかった。だから俺はカッとなって、やつの襟元を掴み、俺は本気だぞと脅した。だが奴は 逆上し俺を突き飛ばした!俺はもう 頭が真っ白になる程怒りがこみ上げてきたよ!今まで!何ヶ月ぶんの家賃を!俺が肩代わりしたと思ってやがる!そんな俺に恩も感じずに逆ギレだと!?舐めやがって!俺は自分が抑えられなかった。気がついた時には・・・夜を歩くときはいつも腰にさしてる脇差で・・・後ろから・・・。正気に戻った俺は脇差が背中に刺さったままの死体を放置し店に戻った。」

「成る程な。それであんたは、今話題になってる烏天狗の犯行に見せようと偽装した訳か。店の奴らを全員協力させてな。」

虎吉の追求に欣二は粘着質な笑みを浮かべた。

「ああ、そうだ。パニクった俺は店の奴らと相談し、烏天狗の仕業に見せかけようとした。万が一見られても良いように、店のモンの1人に黒い着物を着せ、店に偶然あった烏天狗っぽい面を着けさせ、料理に使う鴨の羽根を墨で黒く染め死体に散らせ、刺さったままの脇差を回収するように命じた。ま、その時に八重に見られちまって計画が狂う訳だがな。俺が捕まればこいつらも路頭に迷うからな。皆必死で協力してくれたよ。」

欣二の言葉に虎吉は少し複雑な心境がした。自分は普段はこの店の手下どものように、中島屋という餅屋に雇ってもらっている。餅屋の旦那様にはただならぬ恩義を感じているが、もしも今回のケースの様に旦那様が犯罪を犯してしまった時、自分はどうするだろうか?彼らと同じ様に、犯罪に共謀してしまうのだろうか?だが今は虎吉は茜の岡っ引きとして捕り物に協力しているのだ。例えどんな理由があろうと、犯罪を許してはいけない。だがこうして主人の犯行に自分の意思とは反して犯罪に肩入れさせられているこの店の者たちを少し不憫に思った。

「あんたらには申し訳ないが、『烏天狗の犠牲者』になってもらう。」
と欣二は手に持っている壺を撫でながら言うと、周りにいる男たちは身構えた。

「はっ!さらなる罪を犯すってのか!おい、あんたらはそれで良いのかよ!?」

と虎吉は周りの男たちに問うた。

「その壺オヤジのいう事に従うしか無かったっていうのは分かる。だが、本当にそれで良いのか?犯罪に加担しちまったっていう事実をこの先ずっと背負っていかなければならないんだ。それで良いのか?」

虎吉は犯罪者として扱われる苦しみを知っている。虎吉はかつては盗賊の一味で、その組織から抜けるために、入墨刑の文様を額に入れられた。その入れ墨がせいで、皆からは白い目を向けられ、いままで散々な苦労をして来た。

「良いんだな?言っとくが俺は手加減は出来ねえぜ?お前らが襲ってきた瞬間にこの杵をぶちかます!餅になりてえ奴からかかってこい!」

虎吉はどんっ!と杵を畳の上に打ち付けて威嚇した。

店の者に緊張が走ったが、

「取っ捕まえろ!」

という欣二の号令で屈強そうな二人の男が虎吉に飛びかかっていった。

だが、虎吉はすばやく杵で左の男の顔を突き、さらに杵の反対側を使って右にいた男の腹を殴った。虎吉の凄まじいパワーに二人の男は後方に吹き飛んでしまい、気絶した。

「さあ、どうした?次、かかってこい。テメエら全員餅にしてやるからよ。」

その10代とは思えない貫禄に欣二と店の男たちは萎縮してしまう。

「ひ、怯むな!相手は1人だ!かかれ!」

欣二が叫ぶとまた新たな5人程の男が虎吉に殴りかかっていったが、虎吉は物ともせず、次々に男たちは薙ぎ倒されていった。

ドサっドサっと次々と倒れていく男たちを見て、店の者たちの間にこいつには敵わない、という絶望の空気が漂い始めた。

「次。かかってこい。」

虎吉は静かに圧力をかける。店の男たちの感情には虎吉に対する恐怖が伝染してしまい、もはや戦意を喪失してしまっている。

「お、おい!テメエら!何ボサッとしてやがる!さ、さっさとかからねえか!」

と欣二が喝をいれるも、男たちは誰1人虎吉に向かおうしない。

「行け!奴を殺せ!」と欣二が怒鳴った時、

「もう嫌だ!もう親父さんにはついて行けねえ!」

と店の男の1人が欣二を置いて逃げ出してしまった。

「お、俺も もう親父さんには追いていけねえよ!」と、また1人、また1人とその場を立ち去ろうとする者が増え、瞬く間にその恐怖の感情が全員に伝わってしまい、店の者たちの欣二1人を置いて、すべて逃げ出してしまった。

「すごい・・・!あんた凄いよ!」

と虎吉の後ろで戦いぶりを見ていた八重は虎吉の強さに感動した。

「あとはお前だけだ。大人しく捕まるんだな。」

一歩一歩虎吉は欣二に近づいたが、欣二は踵を返し、一目散に屋敷を飛び出し逃げ出してしまった。

「ちっ!めんどくせえ!」

と虎吉は欣二を追いかけようとしたが、八重は虎吉の着物の裾を掴んで制止した。

「お願い 行かないで!1人にしないで。」

八重は潤んだ目を虎吉に向けた。

確かに八重は今日事件に巻き込まれ、大変な思いをした。ここで1人にさせるのも可哀想だった。

「お願い、あたし怖いよ。」

「ああ、わかった。」

店を逃げ出した男たちは、同心・黒田の手下達にすぐに見つかるだろう。男達はすでに欣二への忠誠をなくしているから、事件のことを白状する者も多いはず。そうなれば欣二も逃げ場所はない。

「あとは外の者に任せよう。」

「ありがとう!」

と八重は一歩近づき虎吉の正面から目を見つめた。手を伸ばせば虎吉の顔に届くぐらいの距離である。だが女性が苦手な虎吉にとって、それはもう十分すぎるほど『居心地悪いゾーン』であった。途端に虎吉の顔が火照り始める。

「あ・・・えと・・・八重さん、少し近すぎ・・・」

だが感動で胸がいっぱいの八重はそんな虎吉の言葉を遮って続ける。

「あたしゃこんなに強い男は見た事ないよお!」

と今度は虎吉の両手を掴んだ。八重の密着攻撃に虎吉は目がくるくると回り始めた。

「ちょ・・・八重さん・・・離し・・・」

だが八重の感動は冷めやらない。

「あんたはあたしの命の恩人だよお!」

八重は今度は大胆な抱きつき攻撃を披露した。これにより虎吉は想像を絶する大ダメージを受けてしまう。

「はううう!」

虎吉の体はピクンと硬直してしまい、動かなくなってしまった。虎吉がそんなピンチに陥っている事など露にも思わない八重は更に強く抱きつき、虎吉の厚い胸板に顔を埋めた。これには完全にノックアウトしてしまった虎吉はとうとう泡吹いて失神してしまった。

「岡っ引きってこんなに強かったんだねー!あんたらがいりゃ、瀬戸の街から犯罪がなくなるよー!ねえ、あんた!聞いてるのかい?」

と八重は顔を上げ、そこで初めて虎吉が失神していることに気がついた。

「ありゃりゃ!?どうしちゃったの?」

と不思議がる八重の元に、ちょうど皐が帰ってきた。

倒れた食卓、折れた襖、気絶した店の男どもを見る限り、どうやら自分の推理は正しかった、犯人はやはりここにいる者だったのだと思った。

「派手に暴れましたねえ。」

と皐は虎吉に声をかけたが、虎吉は立ったまま気絶しているようで、反応が返ってこなかった。

「ど、どうしよう?なんかこの人、急に固まっちゃったんだ。」

と八重は困惑する。

「あーまさか・・・ 八重さんひょっとして彼にちゅっちゅとかしました?」

「え?ちゅっちゅって、口付け?いや、ちょっと抱きついただけなんだけど。」

「んーまずいことしましたね。彼は女性に対して耐性がないんです。」

「えっ!それで失神しちゃった訳?抱きついただけで?」

まさか抱きついただけで失神するとは思いもよらなかった八重は目をパリクリしながら泡を吹いている虎吉を見た。

「こりゃあ・・・世の中にはいろんな人がいるもんだねえ。」

と皐と目を合わせた八重からは思わず笑いがこみあげてきた。それにつられるように皐も笑った。

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