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瀬戸忍者捕物帳 2-1

ここは江戸・・・とどこかよく似た世界、瀬戸(せと)の街。


瀬戸の街でも最も賑わいのあるこの通りを大柳(おおやなぎ)通りという。

その通りの中で、決して大きくはないが、その美味しさで人気を博す餅屋がある。

そんな評判の人気店で事件は発生してしまう。


「あの・・・これ・・・」

頭にハチマキをつけた体格の良い青年が、綺麗な着物にたすき掛けをした少女に声をかける。青年の手には布に包まったアツアツのつきたて餅を持っている。

「ありがとう、虎吉っちゃん!その辺に置いといて!」

少女の名は菫(すみれ)と言い、いつも元気溌剌で声も大きい。この少女は餅屋の主人の娘で、他の住み込みの女達と共に働いているのだ。男達がついた餅を女達が成形し、よもぎ団子や、みたらし団子などに加工していく。

ハチマキをつけた男は同じくこの餅屋に住み込みで勤めており、名を虎吉(とらきち)というが、同年代ということもあり、菫からは愛称を込めて「とらきっちゃん」と呼ばれている。

虎吉は女が苦手というか、嫌いではないのだが(普段から無口な上に)変に異性を意識してしまい、思うようにコミニュケーションが出来ない。だからこの時も菫に目を合わせようともせず、餅を台所に置いた後、

「よ・・・ヨモギを摘みに・・・いってきます」とボソリと呟き恥ずかしそうに足早で去っていった。長く一緒に勤めているので菫は虎吉の性格を知っており、その様子を微笑ましく見ていたが、

「虎吉っちゃん、もうちょっと喋ってくれてもいいのに・・・」と漏らした。


虎吉が出ていった後、しばらくして女達の「きゃー!!」という悲鳴が聞こえた。

なんだなんだと店の者達が、店の奥、二階の番頭(ばんとう)の部屋に集まってきた。

「ば・・・番頭さんが・・・」

菫と他の女中達がこの店の番頭・兵助(へいすけ)が自分の部屋で頭から血を流して倒れているのを見つけたのだった。今朝、この時間はいつもは起きているはずの兵助の姿が見えなかったので、菫は父に部屋を見てくるように言われ、部屋に赴き遺体を見つけたのである。遺体のそばには餅をつく時に使う杵(きね)が転がっており、その端にはべっとりと血らしきものが付着していた。

菫の父・中島惣衛門(なかじまそうえもん)も部屋に駆けつけ、目の前の事態に「何と言うことだ・・・」と驚いた。

惣衛門の頭は白髪混じりだが、大柄でいかにも胆力があり、気鋭に満ち溢れていた。若くから商才があり、独自の方法で販路を拡大し、先先代から続くこの中島屋を守り続けてきた。

流石に今回の事件で動揺した様子を見せたが、すぐに切り替えて皆に適切な指示を与え始めた。

「菫!同心を呼んでこい!皆の者!混乱しているのは分かるが、商売を止めてお得意様に迷惑はかけられん!仕事に戻るのだ!」

皆はどよめきながらもそれぞれのポジションに戻っていったが、住み込みの者の1人、喜七(きしち)が杵を指差し言った。

「旦那様!あの杵は・・・虎吉の物ですぜ!」

それを聞いて惣衛門は目を見開いて驚いた。

「・・・虎吉は・・・何処だ?」と静かに菫に問うたが、その目は今まで見たことのない様子で、怒りとも悲しみともとれた。

「い・・・今裏山にヨモギを摘みに行ってるわ。」と菫は答えた。

「まさか・・・逃げたんじゃ・・・」と疑ったのは、喜七と同じく住み込みの呉八(ごはち)だ。

喜七と呉八は虎吉よりも少しだけ年上で、20才前後。二人に比べてガタイは虎吉のほうがいいが、背は虎吉よりも喜七の方が高く、呉八はさらに高いがかなりのやせ型であった。

「喜七、呉八!てめえら虎吉を探してこい!」と惣衛門の雷のような怒声を聞くや、2人は一目散に走り去り、虎吉を探しに出た。菫も同心を呼ぶためにそれに続いた。

皆も持ち場に戻ろうとする中、1人の30代のベテラン女中が去り際に、「旦那様、言っちゃ悪いけどね 。だからあたしゃ最初からあんなややこしい子を雇うのは反対だって言ったんだ。」と言い残して去って行った。

惣衛門は眉間にしわを寄せて厳しい表情でしばらく考え込んでいた。


それから半刻ほど後、餅屋の娘・菫から殺人事件の報告を受けた女同心・茜は殺人現場へと急いだ。

道中に先日起こった出来事・・・忍者同心・皐(さつき)との事を思い出していた。

実は茜は皐が捕らえた下手人をしょっぴいたあと、先輩同心にその日起こったことをありのまま報告したのだった。

しかし茜の先輩・ヒゲ面同心は「本当かよ〜茜。信じられねえんだけど・・・。本当に昨日現れたヒョロい男があの忍者同心なのかよ?」と頭をポリポリと掻き、まるで信じようとはしなかった。

「あたしも信じられないですよ、黒田さん。でもあの動きは只者じゃなかった。」

忍者同心といえば町人の間で半ば都市伝説的に噂されている存在で、下手人を次々と捕らえていることで英雄視されているが、同心達の間では同心の真似事をしている存在ということで快く思わない者も多い。更には茜の父である同心・大越大介(おおこしだいすけ)を殺した容疑者とも疑われている。横にいるヒゲ同心・黒田は昨日、殺人現場の川辺で皐と出会っているが、あの時のヘラヘラとした若者の何処にも忍者同心を思わせる要素がなかったため、茜の話を信じられずにいる。

「何はともあれ、茜よ、昨日はお手柄だったな!」と黒田は茜を労った。

皐の助けがあったとはいえ、昨日茜は下手人を捕らえたことにより、一定の評価を受けていた。だが茜はというと、自分はほとんどなにもせず、皐が捕らえた下手人を引き渡しただけということで、引け目を感じていた。というより悔しかった。今度彼に・・・皐に会った時は必ず捕まえて真実を聞き出そう、そう心に誓った。

先日のことを考えているうちに殺人の現場である中村屋に到着し、少し色焦った紺色の暖簾をくぐって店の中へ入っていった。

「さてと・・・今回の事件は・・・」

中島屋の店内は大きな机が4つ備わっており、それぞれに八脚の椅子が用意されている。32人の客が座れるようになっており、飲食店としてはまずまず、中規模と言ったところか。メニューにはメインの餅・団子系統(きな粉餅・よもぎ団子・みたらし団子)やお茶が用意されている。しかし中島屋は、店舗意外にも、例えば建設現場への団子や餅の弁当提供などで利益を得ていた。この時も殺人があったとはいえ、平常通りに営業し、店内の席はほぼほぼ埋まっている状態だった。

しかし美しい羽織を着た同心(しかも女)が店内に登場したことにより、客達がざわめき始めた。

「よお、姉ちゃん、女の同心のとは珍しいね。何かあったのかい?」

客の1人が茜に尋ねた。

「何でもないわ。気にしないで。」と茜は皆を不安にさせまいと作り笑いを見せて言った。

「何もないのに同心さんは来ないでしょう?また事件ですかあ?」

とまた1人の客が言ったが、茜はこの声に聞き覚えがあった。

「ん?・・・この声・・・まさか・・・」

茜は嫌な予感に顔をしかめ、声のする左側の席に恐る恐る目をやった。

そこには大きい机の端の方の席で美味しそうに餅を頬張る青年の姿があった。

「美味しいですね~ここのお餅は。茜さんも一つどうです?」

フレンドリーに話しかけてきたのは、巷で忍者同心と呼ばれているあの青年・皐であった。もちろん彼を忍者同心だと認識しているのは茜一人だけであるが。

茜は予測しなかった事態にしばらく呆気にとられてリアクションに困り硬直してしまった。

「こんにちは茜さん。またお会いしましたね!」と全く悪びれることなく話しかける皐の存在に驚きながらも、素早く彼に近づき、彼の右手を捕まえて後ろ手に回し、上半身を力任せに机に叩きつけ押さえつけた。男子顔負けの力技に、机の上に乗っていた他の客の食べ物の器もいくつかひっくり返ってしまった。客達は一気にざわめき出した。

「いたたた・・・・茜さん、何するんですか!」

「それはこっちのセリフよ!まさか自分からノコノコ現れるとはね!この前はよくも破廉恥なマネを・・・いや、そうじゃなかった・・・今度こそ父さんの事件について洗いざらい吐いてもらうからね!」

茜が突然暴れ出したことで、店の奥から何事かと中島屋の主人・惣衛門が出てきた。

「何をしとるんだね!?」

事情を知らない惣衛門の目には世にも珍しい女の同心が突然暴れだし、何を血迷ったか一人の客に向かって暴力を働いているようにしか見えなかった。

「皆!離れてこいつは・・・」

「茜さんの岡っ引きです!!」

茜の話を遮るように皐は大きな声で叫んだ。それを聞いた周りの者たちは、この同心とその手下である岡っ引きは何をしているんだ?とさらに混乱した。

「は・・・?ちょ・・・何言ってるのよ!?」と茜は皐の腕をぐいっとさらに絞った。

「いたたた・・・茜さん、ここは一旦落ち着いて・・・先にここの事件解決に協力しませんか?」とひそひそ声で皐は持ちかけた。

「なんであんたと・・・!あたし一人でも解決できる!」

「本当ですかあ~?この前はほぼ見ているだけだったの半人前同心さんが?」

「ううっ・・・」

「ここは一旦事件解決までは協力しませんか?ほら、ひとりより二人の方が早く解決できますよ、前回みたいに!」

「・・・一つだけ約束して頂戴!この事件が解決したらおとなしく捕まって!そして・・・父さんが死んだ夜・・・何が起こったのか正直に話して!」

「ふふ、それじゃあ取引成立ですね。でもそれじゃあ一つじゃなくて二つの約束じゃあないですかあ。」

「うるさいわね!いちいち揚げ足を取るな!」

「いてててて!」

茜がさらに力を込めて皐の腕を絞めたが、その間に近寄って来た惣衛門に

「なあ・・・あんたら・・・本当に大丈夫か・・・何で自分の手下を懲らしめてんだ?」と呆れられてしまった。

さっと皐の腕をほどいて立ち直った茜は「ははは・・・これは・・・大丈夫よ・・・何でもないわ・・・。」と苦笑いした。

「そうですよ!僕と茜さんは赤い糸で結ばれた黄金コンビなんですから!どんな事件でも解決してみせます!」

皐の適当な言葉に茜はそのヘラヘラとした顔面を殴ってやりたくなったがぐっとこらえた。

「じゃ・・・じゃあ、現場に案内する・・・」といって惣衛門は二人を促したが、内心この二人の凸凹コンビに不安を感じずにはいられなかった。

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