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瀬戸忍者捕物帳 3-2

「烏天狗・・・」茜は驚愕した。

烏天狗は今、この瀬戸の街を恐怖に陥れている殺人鬼である。

神出鬼没で無差別に人を斬り、その人数は百人とも千人とも言われている。斬られた人間の体には鴉の黒い羽が、必ずと言っていいほど散りばめられ、また目撃された情報によると、黒い着物に烏天狗のお面をつけているという。

茜はようやく黒田が暗い顔をしている訳を知った。

「黒田さん!」

「ああ、烏天狗が今この街にいる!今俺の手下達が街を探しまわっている。街の木戸(きど)はこの時間既に閉じられているから、奴はまだこの区画のどこかにいる!」

瀬戸の街は木戸によって細かく区画が分かれており、夜十時ぐらいになると木戸は全て閉められ、通行人は行き来できなくなる。不審者の通行を防ぎ、街の安全を守る為のシステムである。

それぞれの木戸の両側には木戸番(きどばん)が住み込みで警備に当たっており、黒田が確認した所、東西南北の木戸には不審者は現れていないということであった。

「あれは・・・?」

茜は黒田の手下達が木製の担架に乗せられた遺体を運ぶのを目にした。

「今回の被害者の男だ。この商店の主人が管理している長屋の住人だそうだ。八重さんも同じくその長屋に住む女性だ。」黒田は説明した。

「遺体を少し見せてもらっていいですか?」

「ああ。次郎!」と黒田は次郎に遺体にかぶせてあった藁のシートを取らせ、茜に被害者の遺体の様子を見せた。

被害者の30代の小汚い着物を着た男は名前を与六(よろく)といい、八重と同じ長屋に住む一人暮らしの独身の男である。

「うしろから刀で背中を一突きされているようです。この傷が致命傷となったようですね。遺体には烏天狗の象徴でもある黒い羽が散りばめられてました。」と次郎は説明した。

茜は先日の皐の言葉を思い出した。皐の証言によると、茜の父・大助を殺したのは烏天狗だという。皐は大助の殺人現場で烏天狗の面をつけた人物を目撃したのである。皐の言うことが本当であれば、父を殺した犯人が今、この瞬間、この近くにいることになる。

「黒田さん。烏天狗についてどう思いますか?」

茜は唐突な疑問は黒田を困惑させた。

「えっ?どうって?なんかざっくりした質問だな。」

「ひょっとしたら烏天狗があたしの父さんを殺したのかもしれないんです。」
黒田は茜の言葉に首を傾げた。

「どういうことだ?目撃情報によると、お父上・大助さんを殺したのは忍者同心という輩だろう?」

「それが・・・違うかもしれないんです。あの時、烏天狗があの場にいたかもしれないんです。」

黒田は余計に困惑した。

「茜・・・その情報をだれから聞いたんだ?」

「え?それは皐・・・」と言いかけてハッと言葉を飲み込んだ。

「ん?なんて言った?」と黒田は顔を茜に近づけた。

「あっ!いえ!何でもないです!もしかしたらそういう可能性もあるかなあって・・・はは・・・。」

ここで茜と忍者同心・皐との関係がばれるのはまずい。殺された大助の娘・茜と、その殺人の容疑者だと疑われる皐が一緒に行動していたとなると話がおかしくなる。

だがこの怪しげな茜の反応に黒田は目を細め疑った。

「なんか怪しいな。茜、なんか俺に隠してる?あ、そうそう、そう言えばちょっと変なことを耳にするんだ。お前が捕らえた下手人達を取り調べていると、忍者同心がどうたら言う奴が妙に多いんだよ。お前何か知ってるんじゃないの?」

「え?いや、そんな・・・ああ、そうだ!あたし、あの子に話を聞きたいんですけど?」と目撃者の八重を指さし、話を誤魔化した。

「なーんか怪しいな。まあいいや、茜。俺たちも烏天狗の捜索にかかる。話を聞くついでにお前達は八重さんを守ってやってくれ。その下手人は預かろう。次郎!下手人を代わりに連行してやれ!」

次郎は颯爽と虎吉が担いでいる下手人を引き受けた。その時、虎吉は次郎から、

「君、すごくガタイがいいね。強そうだ。」と言われ、少し照れた。

茜達の代わりに連行した。黒田はその部下達に指示を与え、烏天狗捜索に向かわせた。

「あっ!黒田さん!あたしも捕り物に!」

「だめだ!危険だ。烏天狗は俺たちに任せろ。」と言い残した黒田も踵を返し夜の街へと走り去っていった。

黒田達が去ったのを確かめて、今まで身を潜めていた皐は屋根から飛び降りて茜と虎吉の側に着地した。

「茜さん。驚きでしたね。烏天狗・・・まさかこんなに早く・・・遭遇するとは。」

八重は突然屋根から飛び降りて来た忍者風の男に戸惑いを見せたが、茜はすぐにこの男は自分の手下だと説明し八重を安心させた。

「被害者の遺体はどんな感じでしたか?」皐は茜に尋ねる。

「後ろからブスリと刃を突き刺されていたわ。傷はその一つだったけど、その傷が内臓まで達し、絶命したようね。」

「ふーむ、なるほど。後ろから一突きですか・・・。」

「皐、どうしよう?こうしてる間にも烏天狗が逃げていくかもしれないのに・・・」

「功は焦らず!ですよ。少し気になる点がありますし・・・まずは八重さんにお話を聞きましょう。」

「気になる点?」

茜達が話していると、飲食店の中から主人と思しき人当たりの良い笑顔の40代のぐらいの男がそわそわとした様子で出てきて皆に声をかけた。

「おお、もしやあなたが今噂の女同心さんですか。立ち話も何だ。皆さん、内に入ってください。お茶を用意しますよ。」と皆を商店の中へと促した。

「なんか・・・あたし、町人の間でいつの間にか噂になってるの?」と茜は皐の顔をちらりと見た。

「そうみたいですねえ。まあ女の同心って事自体、前代未聞ですし、最近の茜さんは破竹の勢いで下手人を捕らえてますからね。ま、ほぼすべて僕の力添えのおかげですけどね。」

「うるさいわね!」と茜は肘で皐の脇腹を小突く。

「あいた!ほら、すぐ暴力を振るう〜。虎くん、なんか言ってあげてくださいよ〜。」

「・・・あんたら、仲いいんだな。」と答えに困った虎吉はぼそっと呟いた。

「だ!だれがこんな変態忍者と!」と茜は皐のほっぺたをつねった。

三人の賑やかなやり取りをしばらく見ていた八重だったが、本当にこの人たち大丈夫なんだろうかと心配になってきた。


茜達と参考人・八重は店の座敷のうちの一間に通された。この店は飲食店を営んでおり、六畳ほどの間は襖で区切られ、それぞれの間に絵や壷、人形などが飾られており、この店の上品さが伺える。もう夜遅かったが、この時間でも住み込みの者などが蝋燭の灯の下でせっせと働いていた。

茜・虎吉・八重は八畳くらいある部屋の中央に置かれた大きな食卓の両脇に設置された座布団に座ったが、皐は落ち着きなく部屋に飾られた骨董品をじろじろ見ており、時折この店のご主人から「触らないでくださいよ!」と注意されていた。

相変わらず落ち着きのない男だな、と茜はため息をついたが、気を取り直して八重に話を切り出した。

「さて、昨日起こったことだけど。思い出すのも怖いでしょうけど、詳しい話を聞かせほしいの。」

「もちろんだよ!」と八重は話し始めた。

「・・・あの夜、あの時間、あたしは寝てたんだけど・・・外で与六さんがだれかと言い争う声がわずかに聞こえたんだよ。なんか怖いなあと思ってしばらく寝付けなかったんだ。あのひと・・・ちょっと変わった人だしさ。」

「変わったって・・・どういう意味で?」

「仕事もしないでお酒ばっかり飲んでるのよ。だから正直あたしは日ごろからあの人には関わりたくはなかったね。会ったら変に絡んでくるし。」

と八重は嫌そうな顔をみせた。

「それでその言い争う声がやんで、どれ位だろう?半刻くらいあとに厠へ行こうと外へ出たんだ。」

長屋は基本的に外に共同トイレがあるのだ。

「そしたら・・・奴がいたんだよ!全身黒い着物を着ててさ。変なお面はかぶってたんだ。そしてそいつの足下には血まみれの与六さんが・・・黒い鴉の羽で覆われて・・・あたしは大声で叫んだんだ!そしたらそいつは向こうの方へ逃げていった・・・」

八重は顔は恐怖に引きつっていた。

「あなたの存在に気づいた烏天狗どんな様子でしたか?」皐は骨董品の品定めを中止し、八重に質問した。

「え・・・ああ・・・向こうもあたしに見られて驚いているようだったよ。体がびくっとしていたからね。」

「ふーん、なるほど。凶器は刀でしたか?」

「刀・・・あれは・・・短かったから・・・脇差しだと思う・・・血がべっとりついてて・・・」と八重は話しているうちに震え始めた。

「では脇差しの他に腰に帯刀してましたか?」

「いや・・・どうだろう・・・ううん、多分帯刀はしてなかった・・・ごめん、あたし怖くて・・・良く思い出せない・・・」

「犯人はどの方向へ逃げていきましたか?」

「ちょっと皐!八重さんも混乱してるんだよ!あんまりいろいろ聞いちゃかわいそうよ!八重さんゆっくりでいいからね。」と茜は皐の会話を中断し、八重の手を握った。

「ありがとう。あいつはその後、表通りとは反対側の裏路地の方へ逃げていった。それからすぐにあたしの悲鳴を聞いた家守(やもり)さんが駆けつけてくれて・・・」

と八重は飲食店の主人の方を見た。

家守の名は欣二(きんじ)といい、この店を営んでいるほか、『家守』といって、八重たちが住む長屋の家賃の徴収、住人の管理などを任されている。長屋のオーナーは大抵の場合は地主で、地主はその長屋の住人・家賃管理を欣二のような商店の経営者に任せているのである。

「ええ、私もすぐに事情を聞きました。驚きましたよ烏天狗がまさか・・・この街に潜んでいるとは・・・」

家守は烏天狗への恐怖からか、そわそわした様子で話した。

「私はすぐに八重さんをうちの商店に避難させ、店の者に同心を呼ばせました。幸い、あの黒田さんという同心が見廻りされていたので、早急な警備を手配していただいたというわけです。」

「うーん、なるほど。」と皐は店に飾ってあった、また別の高級そうな壺を手に取って言った。それを見た家守は心配そうな目つきで皐の方を見た。まるで「落とすなよ」と訴えかけるような目で。そんな家守の事なんぞ歯牙にもかけないという様子で皐会話を続けた。

「ところで家守さんはここで飲食店を営んでるんですよね?」

「あ・・・ああ、そうだが。なあ、その壺、降ろしてくれねえか?」

「大丈夫、落として割ったりしませんよう。それにしても立派な御家ですねえ。」

「おかげさまでな!ここで働く野郎どもはよく働くやつらばかりでよ!」

と欣二は周りにいた従業員たちに目をやると、屈強そうな従業員の男たちは、不器用なはにかみを見せた。

「骨董品集めは、俺の趣味だよ。なあ、頼むからその壺降ろしてくれねえか?」

「家守さんは結構お金に執着するタイプなんですね。」

「え?何だって?」

「だってこんな小さな壺の一つや二つ、家守さんにとっちゃどうってことないでしょ?」

皐の失礼な言葉に茜はまずい空気を感じ取った。家守は明らかに不機嫌そうな顔をしている。すぐに茜は立ち上がり皐の傍に駆け寄った。

「ちょっとどういうつもりよ!さっさとその壺を置きなさい!」と茜は皐を叱った。前から思っていたことだが、皐の行動は自由すぎる。

「お願いだから面倒なことをおこさないで!それとも何?あんた骨董品なんかに興味があるの?」

「うーん、だってこんな立派な御家なんですから、さぞ屋敷の中にはお宝がいっぱいあるんだろうと思いまして。これは・・・忍び甲斐がありそうですねえ。」と皐は店の中をきょろきょろと見まわした。

「ちょっと皐!あんたコソ泥じゃないんだから!」

「ふふふ、こういう立派な建物を見るとついつい忍び込みたくなるのが忍びの性(さが)です。」

「どういう性よ!ふざけてる場合じゃないでしょ!さっさと壺を戻しなさい!」と茜は皐の両頬を思いっきりつねり、引っ張った。

「あいだだだ!わがりまじだ、ずびまぜん!」

しょんぼりした皐がようやく壷をもとに位置に戻すと、ちょうどその時、何やら外の様子が騒がしくなってきた。虎吉が表へ出て様子を伺いにいった。慌てた様子で西の方角へ向かっていく黒田の手下の一人を捕まえ、情報を聞いた。その手下曰く、妙な姿をした奴の目撃情報があったらしい。

部屋に戻って来た虎吉が茜達に情報を伝えると、八重・欣二と共に店の者達にも動揺が走った。

「か、かかか、烏天狗ですかね・・・?それで・・・つ、つつ、捕まったんですか?」

欣二は慌てふためいていた。

「さあな。だが、時間の問題じゃないか?木戸も閉められている。逃げられねえさ。」と虎吉は答えた。

「皐!あたし達も行かなきゃ!」と茜は十手を構えて皐に言った。

「僕たちも行くんですか?ここはベテランである黒田さん達に任せておけば・・・」と皐は言いかけたが、

「相手はあの烏天狗よ!?あの殺人犯を・・・あたしの父さんを殺した奴を、捕まえられるかもしれないのよ!?奴を捕まえれば真実を明らかにできるかもしれないだよ?あんたの無実も証明できるかもしれない!」茜はへ興奮気味に言った。

「茜さん、逸るのは分かりますが、こういう時にこそ冷静な行動が必要です。」

「冷静でいられる訳ないじゃない!あたしは行くわ!」と茜は皐の制止を聞かない。

いつもは皐が茜を困らせている立場だが、今度ばかりは皐が困ってしまった。

「ではこうしましょう。烏天狗は危険な存在です。茜さん一人に行かせられない。虎くん、僕と茜さんは外の様子を見に行ってきます。八重さんとここの人たちをお願いしていいですか?」皐は茜とは対照的に落ち着いているようだった。

「ああ、俺は構わねえが。」と虎吉は皐の要求を快く承諾した。

「ごめんね!この犯人はどうしても捕まえたいんだ。」と茜は虎吉に謝り、続いて八重に、「大丈夫、虎はとんでもなく強いから!」と言って安心させた。

「それじゃあいってきます。ああそうだ虎くん、ちょっと伝えておくことが・・・」と皐は虎吉に近づき、耳を貸せいう仕草を見せた。

「ん?なんだよ?」と虎吉は右耳を皐に向けた。

皐はなにやら虎吉の耳元でひそひそ話をしているが、そのうちに段々と虎吉の顔が赤く火照ってきた。仕舞には虎吉から、

「早く言ってこい!」とどやされ、皐はニヤニヤと笑いながら茜のもとへ戻ってきた。

「いやー虎くんは本当に初心(うぶ)ですねえ、ふふふふ。」と皐はニタニタとした顔を茜に向けた。

「あんた何を言ったの?」

「ふふ、聞きたいですか?」

「いや・・・やめとく。あんたのことだから、またやらしいことでしょ?」

ため息ひとついた茜は皐とともに店を出て、烏天狗の捜索を開始した。

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