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瀬戸忍者捕物帳 2-2

二階の現場に案内された二人は、現場検証を始めた。

「側頭部を殴打されていますね。かなり強く殴られたようです。」と皐が店の串団子を口に頬張りながら言った。

「何かわかる?」と茜は尋ねた。

「えっ?何かって?」とモグモグしながら皐は聞き返すと、

「ほら、前回の時も犯人が左利きだの、なんなのとわかったじゃない?今回はどうなの?」と茜は皐の分析に期待した。

「あれ?茜さん、最初から僕に頼りきりじゃないですかあ?」と皐は持ち前のニコニコ顔を茜に向けた。

「そ・・・ そんなんじゃないわよ!早く分かったほうが事件も早く解決するし・・・あんたもさっき協力しましょって言ってたじゃない!」

茜は必死で弁解したが、聞いているのかいないのか、皐は転がっている杵のほうへ目を遣った。

「この杵は・・・」

と皐が杵に手を伸ばした時、後ろから30代のベテラン女中の声をかけてきた。

「犯人はあの子よ、虎吉よ!それは虎吉が餅つきに使っている杵みたいじゃないか。」

女の名はお菊(おきく)といい、この店でも古くから働く女中である。男達はそれぞれ専用の杵を2、3本持っているが、これは虎吉がいつも使っている物のうちの一つだという。

「やっぱり雇うべきじゃなかったのよ。」

と同意したのは、お菊の後輩で20代の女中、お蘭(おらん)だ。

二人以外にもこの店の女達は口を揃えて言う、虎吉が犯人であると。

「ちょっと待って!虎吉っちゃんはそんなことしない!」

皆が口々に虎吉を疑う中、唯一菫だけは虎吉をかばっている。

「みんな知ってるでしょ?虎吉っちゃんは誰より早く起きて誰より遅くまで働いているんだよ!?なんでみんな虎吉っちゃんを疑うの?」

「なんでって・・・そりゃあねえ・・・」

お菊は周りの女たちは顔を見合わせ同意を求めた。その様子から虎吉という人物は何か色物のような扱いを受けているような印象があった。

「ふーむこれは何かありそうですねえ。」と様子を伺っていた皐は茜の耳元で囁いた。茜はコクリと頷き皐に同意した。

「その虎吉っていう人は何処にいるの?」

と茜は店の主人・惣衛門に尋ねた。

「今うちの男どもが探しに行ってるところだ。」

惣右衛門がそう言うと、ちょうどその時、店の玄関で騒がしい声が聞こえてきた。

「旦那様ー!虎吉を連れてきやした!」

惣衛門の命令で虎吉を捜しに出かけていた、喜七と呉八であった。

二人にそれぞれ両手を掴まれ、二階の平助の部屋まで連れてこられた虎吉は顔面が大きく腫れており、全身に青あざができていた。

話を聞くと裏山で虎吉は容疑を否認したため、二人から暴行を受け、無理やり連れて来られたのだという。

虎吉は殺された番頭・平助の遺体を確認するや、二人を振り切り平助に近づき、両膝を畳の上に落とした。

「そんな・・・平助さん・・・こんなこと・・・ だれが・・・!?」

虎吉の目には涙がにじみ始めた。

「白々しいんだよ!お前は!」

「テメエが殺したんだろ!」

と、喜七・呉八は虎吉に迫った。

「俺はやってねえ!なんで俺が・・・?」

「これはテメエの杵だろ!テメエじゃなければ誰なんだ!?」

喜七は転がっている杵を拾い、先っぽの血の付いた部分を虎吉の顔の前に突き出した。

「知らねえ!俺は・・・!こんなの・・・誰かが俺を嵌めようとしているんだ!・・・旦那様!信じてくれ!俺はそんなことするはずがねえ!旦那様!」

虎吉は惣右衛門の着物の裾にしがみ付き、必死で訴えた。

その様子を見ていた皐は「どう思います?あれ演技だと思いますか?」と茜に問うた。

「いや・・・そうは思えないけど・・・演技だとしたら、とんだ役者ね。」と茜は言った。

惣衛門は眉間の皺を深くしているが、冷静を装い口を開いた。

「虎吉、俺はお前を疑いたくねえが・・・これはお前の杵だろう?なんでこの現場にお前の杵が転がっている?」

「そんな・・・旦那様まで・・・俺を疑うんですか・・・?・・・知らねえ!俺は平助さんを殺してねえ! 」

「見苦しいぜ!観念しろ虎吉!」と喜七と呉八は一斉に飛びかかり虎吉を取り押さえにかかった。だが虎吉の力は尋常ではなく、二人掛かりでも取り押さえるのは容易ではなかった。

「 離せえ!」と虎吉が文字どおり虎のように叫び暴れると、虎吉の体を掴んでいた喜七と呉八の体は吹っ飛んでしまった。

「猛獣のような男の子ですね~。」と呑気に串団子を食べていた皐だったが、その隙に虎吉は集まる人をかき分け、一目散に逃げ出した。

「あっ! 逃げた!」とあせる店の者たち。

「皐!追って!」と茜は皐に言ったが、

「えー僕がですかあ〜?まだお団子食べてるのに・・・」と渋った。

「あんたは私の岡っ引きでしょ!さっさと行け!」

と怒鳴った茜は皐のほっぺたを千切れんばかりに左右にグィーンと引っ張った。

「いだだだだ!わがりまじたごべんなざい!」

皐は真っ赤になった頬を抑えながら部屋を飛び出し虎吉の後を追った。

「なあ、あんたら・・・本当に同心か?大丈夫なんだろうな?」

惣衛門は奇妙なやりとりをする茜と皐に対してますます不安を覚えた。

皆の不安そうな目が一遍に茜に向けられている。

「あはは・・・だ・・・大丈夫よ・・・あいつはちょっと手際が悪いだけで・・・腕はたつから・・・はは・・・はは・・・」

(だめだだめだ!こんなんじゃみんなに舐められる。ただでさえ新人だの女だのと仲間にバカにされてるのに!)

茜はパシッと両手で自分の頬を打つと、表情を引き締めた。

「ところで 何でみんながみんな彼を・・・虎吉くんを疑うの?彼、真面目そうにみえたけど・・・?」

茜は店の者に疑問をぶつけてみた。

「真面目?はっ!どうだか!」と女中のお菊が答える。

「人間見た目だけでは判断できないよ!」と言うのはもう一人の女中・お蘭が答える。

「ちょっとやめてよ!過去のことと今の虎吉っちゃんを一緒にしないでよ!彼がこの店に来て今まで一度でも面倒を起こしたことがある?」

やはり菫だけは虎吉の事を庇い続けているが、茜は菫が言った「過去のこと」という言葉に引っかかった。

「過去の事って?彼、何かあったの?」

茜の疑問に対し、菫が虎吉の事について話し始めた。


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