瀬戸忍者捕物帳 2-5
殺人・隠蔽の罪で女中・お菊と、共謀した罪で喜七・呉八の三人を連行したあと、虎吉を連れて茜と皐は再び中村屋に戻ってきた。
事件が解決されて店の者たちはほっとした様子を見せていたが、同時に番頭・平助を失った悲しみ、同僚三人が共謀して殺人を犯していたことに対する驚きもあった。
中村屋の玄関で主人・惣衛門と顔を合わせるや、虎吉は平身低頭し、惣衛門に謝った。
「旦那様・・・すみませんでした・・・騙してしまい・・・。」
真犯人を捕まえるためとはいえ、主人を騙したことを虎吉は後ろめたく思っていた。だが、いつもは強面の惣衛門は表情を柔らかくして虎吉の肩に手を触れ、顔を上げるように促した。
「いや、謝るのは俺の方だ・・・。俺は最後までお前を信じてやることができなかった。悪かった・・・。お前を疑ってしまったことを許してくれえるか?」
惣衛門は虎吉を実の息子のように力強く抱きしめた。
「旦那様・・・」
虎吉は嬉しかった。悲しい事件は起こってしまったが、自分の居場所を失わずに済んだ。惣衛門の娘・菫も歓喜の声を上げた。
「良かった・・・!あたしは最初から虎吉っちゃんのことを信じてたんだからね!?」
確かに菫だけは終始虎吉のことを信じていた。彼女の人を見る目は父親譲りなのかもしれない。彼女はいつも以上の明るい笑顔を見せ、虎吉の手を握りしめた。
「あ・・・す・・すす・・・菫さん・・・」
女性に対して極度のあがり症である虎吉は途端に顔を真っ赤に赤らめた。
「まあ!虎吉っちゃん、顔が真っ赤よ!おっかしーい!」と菫は面白がって、さらに虎吉の腕にしがみついた。
「はうう・・・」
びくっと体を反応させた虎吉は立ったまま硬直してしまい、動かなくなってしまった。
「あれ?虎吉っちゃん?」と不思議そうに虎吉の顔を覗き込んだ菫だが、なんと虎吉は立ったまま気絶してしまってるようだった。
「はっはっは!菫!こいつにゃあ、ちっと刺激が強すぎちまったようだな!」と惣衛門は高らかに笑った。
その様子を見ていた茜と皐もほっこりと表情が和らいだ。
「なんにせよ、事件が解決して良かったわ。・・・またあんたの手を借りてしまったけどね。」と茜は事件解決に喜ぶも悔しそうな表情をわずかに見せた。
「まあまあいいじゃないですか!事件解決が一番です!茜さんはまた一つ手柄を立てましたね!」と皐は茜を励ますが、茜は複雑そうな表情を浮かべた。
「茜さん、茜さん!良いことを思いつきました!彼に・・・虎吉くんに茜さんの岡っ引きになって頂きましょう!」と皐は提案した。
その言葉に茜はもちろん、惣衛門も菫も、挙句は昇天していた虎吉まで我に返り驚いた。
「虎吉くんを・・・あたしの岡っ引きに・・・?」
「お・・・俺が・・・岡っ引き・・・?」
皆が戸惑う中、皐が一歩出て説明を始めた。
「少しですが彼と戦ってみて分かりました。虎吉君はかなり腕が立ちます。捕り物の際はきっと役に立ってくれますよ。どうですか、虎吉くん?」
と皆の目が虎吉のほうへ向く。
「えっ・・・だって俺は・・・素人だし・・・三人抜けた分、もっと頑張ってここで働かないと・・・」と虎吉は渋ったが、惣衛門が彼の肩にポンと手を置いて溌溂とした声で、
「いいじゃねえか!虎吉!人助けのためなんだ、やれるだけやってみろよ!なあに、こっちは人手を補充すればいいだけのことだ!」と背中を押した。
「それにね虎吉君。岡っ引きといってもね、みんな普段は別の仕事をしてる人がほとんどなのよ。だから捕り物とかにちょっと力を貸してもらえれば・・・。まあ副業って形で捉えてくれればいいかもね。」と茜は説明する。
「決まりだな!しっかりと同心さんの手助をしてやれ!」と惣衛門は虎吉の背中をバシッとかなり重めに叩いた。
「虎吉っちゃん!同心さんの岡っ引きなんてかっこいいー!」と菫はまた虎吉に抱き付こうとしたが、虎吉は「待ってください!」と両手を前に出して拒んだ。
「はっはっは!俺の娘に抱きつかれたらまた気絶しちまうぜ、虎吉はよ!」と惣衛門の声に一同は大笑いした。
中村屋を後にした後、人通りの少ない夜の瀬戸の街を茜と皐は歩いていた。
「ああ・・・とうとうあたしにも初めての岡っ引きが・・!」
茜は初めての岡っ引きを雇えたことに感動した。
だが横を一緒に歩いていた皐は、
「あの~、茜さん、僕は茜さんの岡っ引きに入ってないんですかね?」と自分の存在がカウントされていないことに気づいた。
「当り前じゃない!いつあんたに岡っ引きになってくれってお願いしたのよ!?」
「そんな~。僕、今回もすごく活躍しましたよ?最後だけおいしいところを全部茜さんが持ってっちゃいましたけど。」
「あんたがグダグダやってるからよ!あたしがいなかったら今頃下手人を取り逃がしてたわよ?」
「ふふふ、僕の足から逃げられる人はいませんよ!」
「どうかしら?・・・さてと・・・」
とその時、茜は素早く皐の手を掴み後ろ手に回し、力技でそのまま皐の体を塀へと押し付けた。油断していた皐は「いだっ!」と呻いたが、その隙に茜は縄を取り出し皐の両手を腰の後ろで縛った。
「やったわ!捕まえた!さあ約束を守ってもらうわよ!?」
「いたた・・・約束・・・?ええと何のことでしたっけ?」
「とぼけないで!おとなしく捕まることと、父が殺された夜、何があったか話すこと・・・約束したでしょ?」
「ああそうでしたね・・・あのー・・・ちゃんと話しますから・・・この縄解いてもらえませんか?」
「駄目よ!あたし一人じゃなく他の同心にも話を聞いてもらうの。行くわよ!」と茜は縄の端を持って同心屋敷に向かって歩き始めた。皐もはあっとため息を漏らしつつも茜の後ろに続いた。
皐を捕まえた茜は「ようやく真実が知れる。」と期待した。茜の父・大越大助が殺されて一年が経とうとしていた。茜はあの時から一日たりとも父の事を考えなかった日はない。なぜ父は殺されなければなかったのか、それが重要参考人の皐の口から聞けることに期待した。
「いい、皐?先輩の同心の前であの夜起きたことをすべて正直に話すのよ!」
前を向きながら茜は皐に話しかける。
「たしかにあんたは悪い奴じゃないかもしれない。真犯人は別にいるのかもしれない。でもあたし一人じゃ・・・判断できないから、みんなにも聞いてもらうの。」
だがこの時、茜の後ろで皐がゴソゴソと動いていることに茜は気づかなかった。
「あんたはあたしの中ではまだ容疑者なんだからね!ちょっと聞いてるの!?さつ・・・」
と茜が振り返ろうとしたとき言葉を失った。皐が突然後ろから襲い掛かってきたのだ。不思議なことに縄で縛ったはずが、それを解いて、逆にその縄で素早く茜の方を縛り上げてしまったのだ。あっという間の出来事だった。茜は「しまった!」と思ったが縄はかなりしっかりと絞められていて抜け出せそうにない。茜は皐を縄にかけたことに油断してしまっていた。
「ふふふっ、まだまだ甘いですね茜さん!」
「あんた!どうやって!?」
「僕は忍者と呼ばれているんですよ?縄抜けなんてお手の物です。」
皐はニッコリと笑って見せた。
「約束が違うじゃない!ちゃんと話すって・・・言ったじゃない!事件が解決したら話すって・・・。」
ところが話しているうちに茜は涙ぐんでしまった。
「お願い・・・あたしは真実が知りたいのよ!なんで父さんは死ななければならなかったの?あなたじゃないなら・・・一体だれが父さんを殺したの?」
茜の表情にさすがの皐も戸惑った。単に茜の驚く顔と悔しそうな顔が見たくて縄抜けをやって見せたが、茜の心の傷は深く、却って茜を傷つけてしまった。そもそもこの皐という男は、相手のことを慮る能力に著しくかけている部分がある。
茜の表情を見てようやく事態を重く受け止めた皐はいつものヘラヘラした表情を抑え、しばらく考えた後に語り始めた。
「茜さん、鴉天狗(からすてんぐ)をご存知ですか?」皐は切り出す。
「烏天狗・・・あの悪名高い辻斬りのこと?」
烏天狗は今瀬戸の街を恐怖に陥れている通り魔の通称だ。
「そう、斬られた被害者の遺体のまわりには、必ず黒い鴉の黒い羽根がちりばめられていること、そして目撃情報によれば犯人は鴉天狗のお面をつけていたことから鴉天狗と呼ばれています。今まで斬られた人は数知れず・・・一説には1000人切りも達成したとも言われています。」
「何で今そんな話を・・・」と茜は戸惑った。
「茜さん・・・僕はあの現場で烏天狗のお面をつけた人物を目撃した。すぐに逃げられましたが。あなたのお父上を殺したのはおそらく鴉天狗です。」
「えっ・・・?」
「それを確かめるため僕はそいつの行方を追っています。こうやって同心のふりをしてるのも、こうしていればいつかば烏天狗に遭遇するかもしれない、と思ったからです。・・・茜さんの気持ちは分かりますよ。こうやって話しても僕の言ったことを100%は信じられないでしょう・・・でも僕は・・・今捕まるわけにはいかないんです。奴を捕まえるために。茜さん・・・できればあなたも協力してほしい。」
茜は皐の話に驚愕した。まさか、自分の父がかの人斬りに殺されたなんて。だが、ふと疑問が生じた。
「鴉天狗・・・でもあの時現場には、父の遺体の周りには鴉の羽なんて落ちてなかった。本当に烏天狗の仕業なの!?いや・・・そもそもあんたがなんであの現場にいたのかを説明しなさいよ!あんたと父さんの関係は!?」
「ふふ、やっぱりまだ僕のことを信用してくれてないみたいですね・・・。」
そういった皐の表情は少し陰っていた。だがすぐに元のニッコリ顔に戻り、
「今日のお話はここまでです。」
「ちょ・・・ちょっと逃げる気!?」
「逃げるだなんて!犯罪あるところに僕は現れます!また会いましょう茜さん!ではさよならのちゅっちゅを!」
「えっと!?ちょっと!ちゅっちゅってまさか・・・!」
茜は先日受けたハラスメントを思い出した。そう、この皐という男、女の唇を奪うのが趣味の変態忍者である。さらに茜は今自分が置かれている立場を思い出した。
(そうだ!あたし、縄で縛られている!!)
皐の縄抜けにより反対に自分が縛られていたことに気づいた茜は、同じように縄を解こうとしたが、なかなか縄が解けない。
そうしているうちに皐が満面の笑顔で茜の両肩に両手を置き、口をすぼめて徐々に茜の口に近づけた。もうその口をすぼめた皐の顔は茜にとってはトラウマだ。じたばたしてなんとか逃れようとしたが、時すでに遅し。
「ちょっとまって!ちゅっちゅはいやっ・・・むぐっ・・・」
またもや否応なしに皐の無慈悲な唇攻撃に襲われた。皐は柔らかな茜の唇に触れ、ありったけの生気を奪い取った。
「また会いましょう茜さん!」と唇を離した皐は踵を返し、晴れ晴れとした笑顔と共に一目散に夜の街の中へ走り去る。
「あの・・・あの野郎・・・!よ・・・よくもまたこんな真似を・・・!覚えていなさいよ!あたしは必ずあんたを捕まえるからね!必ずよ!皐ーー!!」
茜は瀬戸の街全体に響くような大きな声で叫んだ。夜の街に響く女同心の遠吠えを背中で受け止め、皐は大きな輝く月を浮かべる夜の街を跳び去っていった。
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