見出し画像

瀬戸忍者捕物帳 4話 『黒い気』1

ここは江戸・・・とどこかよく似た、また別の世界、瀬戸(せと)の街のお話。

瀬戸の街の犯罪を取り締まる同心(今で言う警察のような組織)達は粋なはからい、粋な格好をする事で、町人からは人気が高かった。

ここ最近になって、人気急上昇中の駆け出し同心がいる。

世にも珍しい女同心・茜(あかね)である。




「おっ!あんたが茜ちゃんかあ!」

「よっ!茜ちゃん、頑張ってるね!」

「きゃー!茜ちゃん応援してるよー!」

街を歩いていると色んな人に茜は声をかけられている。

そんな自分の人気ぶりに少し居心地悪さを感じながらも、茜は精一杯の愛想を町人達に振り撒いた。

「うう・・・なんであたしこんなにもチヤホヤされてるんだろう?」

茜は巷では忍者同心と言われる皐(さつき)と街を歩いていた。

「そりゃあここ最近、茜さんは下手人を立て続けに捕らえてますからね!まあ主に僕や虎くんのおかげですけどね!」

と皐は笑顔で言った。

「う、うるさいわね!あたしだって頑張ってるわよ!」

「ふふっ、そうですね!」

だが茜はふと暗い顔をした。

昨日の事件で烏天狗の模倣犯・欣二(きんじ)を捕らえられずに逃がしてしまったが、なんとあの後欣二はどうやら本物の烏天狗に殺されてしまったようなのである。黒い烏の羽がちりばめられた、体が真っ二つに切断された欣二の遺体が発見されたのである。

あれから岡っ引きたちが躍起になって街中を捜索したが烏天狗らしき者は発見出来なかった。

「一体誰なのよ、烏天狗って!?まるであたし達をあざ笑うかのように・・・」

と悔しそうな顔を見せた。

「そうですね 。でも茜さん、暗い顔をせずに、前向きに考えましょう!そうだ、僕、こんなのを手に入れたんですよ!茜さんが人気なのは、きっとこれのおかげですよ!」

皐が懐から取り出したのは瓦版(かわらばん)、つまりは新聞である。瓦版には十手を持った女性の絵が描かれている。お世辞にも上手いとは言えないが、その絵の傍らには女性の活躍を活き活きとした文章で描写されていた。

「なになに・・・女同心が強力な岡っ引き達を引き連れ瀬戸の街で大活躍!!なんか大それた見出しね。えーと・・・いま瀬戸の街で活躍中の女同心・茜の元には屈強な岡っ引きがいた!勇猛果敢なその岡っ引きは、何十人もの屈強な男達を相手に1人で立ち向かい、次々と悪者をなぎ倒し、1人の可憐な少女を助けたのであった。何これ、この前の事件の事じゃない!この岡っ引きは虎吉(とらきち)の事ね!多少の誇張があるけど、すごい臨場感ね。まるで事件の時に居合わせたかのような。」

「ふふ、この瓦版はあそこにいる読売(よみうり)から買いました。」

皐が指をさした先には、編笠で顔を隠した女がいて、この瓦版の内容を独特の節に乗せて詠んでいる。読売とはこのように瓦版を刷り、売り歩く者達だ。

「あの読売さん、誰だと思います?茜さんきっと驚きますよ!」

と皐は茜の手を取って、その読売のところまで連れて行った。

編み笠をした読売の女性は皐に気がつくと、元気に声をかけてきた。

「皐くん!あっ、茜ちゃんも一緒なの?」

女性は編み笠をクイッと上げて顔を見せた。

「あっ!八重(やえ)さん?」

それは烏天狗模倣犯の事件に巻き込まれた女性、八重であった。

「あなた読売だったの?道理でこの前起こった事そのまんまが書いてあるわけだ!」

「そんなんだよ!あたし、こう言う捕り物とか事件とか大好きでさー!こうして記事にして売っているの!」

「事件が大好きって・・・あんな怖い目にあってよく言えるね。」

「こうして瓦版に書いて売れるならそんな怖い思いも吹き飛ぶよ!瀬戸の街の人たちはこういう噂話が大好きだからね!」

この八重と言う女、なかなかのジャーナリズム精神に富んだタフな女性である。

「ところで今日は虎吉くんは一緒じゃないの?」

「うん、彼は普段は餅屋で働いてるからね。捕り物の時だけ協力してもらってるんだ。」

今日はただの見回りで街を歩いているだけなので虎吉はいない。

「そっか、残念だな。あの子とっても強くてカッコよかった!照れるところがかわいいし!」

八重は虎吉の事がとても気に入っているようだった。

「ふふっ、今度会った時伝えておくわ。こいつは暇だからいつでもあたしに付きまとっているけどね。」

と瓦版を読んでいる皐の脇腹を小突いた。すると、

「ん?ちょっと待ってくださいよ〜。」

と皐が瓦版の文章を指差す。

「この記事によると1人の可憐な少女を助けたってありますよね。これってもちろん 八重さんの事ですよね〜。あっはっは!とてもじゃないですけど、もう少女という歳じゃない・・・」

そこまで言いかけた時、八重からパンチが飛んできて皐の顔面に直撃した。確かに八重はもう20代半ばぐらいであろうし、少女と呼ぶには多少の無理がある。

「いだい!もう 瀬戸の女性はみんな暴力的ですねえ!」

「あんたが女性に対して失礼な事を言うからでしょ!」

茜は自業自得だ、という冷たい目で皐を見た。

「そうよ、少しは言うのを憚かりなさいよ!」

と八重も怒る。通常ならば言うのを躊躇するような事も、皐はノーブレーキでためらわず言ってしまう。この男の失礼な言動はしばしば茜を怒らせてしまう。

「瓦版には多少の誇張が必要なの!まったく、あんたみたいなヘラヘラした男がかの忍者同心だったとはね。もっとかっこいい男だと思ってたのに・・・。あたしは忍者同心の記事もよく書いてたんだよ!?近頃なりを潜めてたと思ったら、女同心さんと協力していたなんて!」

「お願い、八重さん。この前も言ったけど、あたしが忍者同心と連んでるってことは記事に書かないでね!皐にはまだ一応殺人容疑がかかってるから、本来あたしと一緒にいちゃマズイのよ!」

と茜は念を押した。

「もちろんよ!あんた達には世話になったんだ。そこらへんは協力させてもらうよ!その代わりなにかネタになるような事があれば真っ先に教えてよね!でもいいの?こんなに堂々と皐くんと一緒にいて。」

「うーん、だってこいつが勝手についてくるんだもん・・・」と茜は困り顔を皐に向けた。

「ふふふ、大丈夫ですよ!僕の顔を見て忍者同心だと認識するのは今の所、茜さんの先輩・黒田さんだけです。黒田さんにさえ気をつけていればバレることはありません!」

皐は自信満々に言った。

その後しばらく、茜もおしゃべり好きなものだから、八重と一緒に女子トークしていたが、皐はふと先ほどからこちらの方をチラチラと見ている男女のカップルに気がついた。

2人とも暗い顔をしていて、何やら相談したい事があるが、中々こちらに話しかけられずにいる、そういう風な雰囲気を皐は感じ取った。

「茜さん、茜さん。あそこにいる方々が何か話したそうな顔をしてますよ。」

皐はそのカップルにニッコリ笑顔を向けて手を振り、『何か話したい事があれば気軽に話しかけて下さいね』信号を発した。

「あら、早速特ダネの予感ね!」と八重はウキウキした。

「事件を面白がるのやめてくれない?」と茜は八重を注意した。

そうしているうちにカップルはこちらの方に近づいて来た。

茜達による町人のお悩み相談が始まった。




立ち話も何であるから、茜達は近くの茶屋へ赴き、それぞれお茶を頼んだ。スクープをねらう八重も野次馬根性で同席している。団子好きの皐はみたらし団子を頬張りながら言う。

「さて、お悩みを聞かせていただきましょうか?」

八重は常に携帯しているという筆と紙を取り出し、メモの準備をした。

「実は私達は夫婦になるんです。」

先に口を開いたのは女の方だった。名前は鈴(すず)という。特段華やかさはないが、清楚さを感じさせる控えめな女性だ。

「そう!良かったじゃない!」

といった茜であるが、二人の間には笑顔がない。気まずそうな雰囲気が二人の間に漂っており、なんとも不思議な感じであった。

「なんか・・・あまりうれしくなさそうね。」

不思議に思いながら茜は男の方を表情を見た。

男は名は清二(せいじ)といい、こちらも快活なタイプとは言えず、どちらかといえば人見知りをするタイプだった。つまり、このカップル、結構地味だ。

「人相占いで有名な道念(どうねん)先生をご存知ですか?」

男の問いに茜と皐は顔を見合わせたが、お互い知らないという風に首を横に振った。

「巷でよく当たると話題の人相占いをしているご住職です。街から少し離れた山の上にある長上寺(ちょうじょうじ)というお寺にいらっしゃいます。半年前ぐらいから私たちのことを占ってもらってるんです。それで・・・その先生曰く、私たちの相性が良くないそうです。」

「ありゃりゃ!結婚前だというのに縁起悪いこと言う和尚様だねえ。」

八重は顔をしかめて言った。

「私たちは種類の違った『波動』を持っており、2人一緒にいることで運気が下がり、将来上手くいかないんだそうです。」

「まあ、占いなんて口八丁ですからねえ。あんまり信じるべきじゃないと思いますがね。」と呑気に団子を頬張る皐。

「ええ、私もそうは思ったのですが・・・鈴が信じてしまって。」

清二は鈴の方を見ると、鈴は悲しそうな目をして答える。

「でも・・・道念さんの占いは当たるんです。私は清二さんとずっと一緒にいたい・・・。そう道念さんに打ち明けたら、この数珠を勧められたんです。」

鈴が袖を少し上げると、その細い手首には透明色に輝く数珠がつけてあった。

「これは気の流れを変えるための数珠なんだそうです。これをつけると波動が変わり、二人の関係がうまくいくと・・・。だから私は即購入を決断しました。」

それを聞いた茜たち三人は目をぱちくりさせた。

「あ、茜さん。な、なんか詐欺の匂いがプンプンして来たんですけど。」

皐は茜の耳元に手を当て、ひそひそと言った。

「これって、霊感商法って奴じゃないかい?」

八重も茜にひそひそと耳打ちした。

「か・・・買ったっていくらで?」

茜は恐る恐る聞いてみた。

「一両です。」

「い・・・いちりょう・・・!!」

鈴の言葉に三人は一斉に椅子から立ち上がってしまった。

この小説の中では一両=現代の10万円と換算することにする。

つまり、月の収入の半分近くをこのちっぽけな数珠のために費やしたことになる。

「そ・・・そんなのインチキじゃないの!?それをつけて・・・効果はあったの?」

「ええ・・・まあ・・・おそらく・・・効果はあったんじゃないかと・・・」

鈴の曖昧な返事に、横に座る清二の口からため息が漏れる。

「驚くのも無理はありません。鈴はこういうのを信じやすい子なんです。ただ・・・これだけじゃないんです・・・。」

清二の頭は垂れ下がり、消沈した様子だった。

「こ・・・これだけじゃないって、まさか他にも・・・?」と聞く皐の額から汗が噴き出してきた。

「ええ。清め塩、一両。魔よけの札、一両。神棚、二両。」

と淡々という清二の表情がもう死にかけている。

「あ・・・合わせて・・・ご、五両・・・!」

茜たちは白目を剝きながら驚愕した。

「私はいい加減詐欺なんじゃないかと疑っているのですが・・・鈴の方は道念の占いを盲信してしまって・・・」

「だってあの人、一目見ただけであなたの体の悪い部分を言い当てたのよ!?」

鈴は必死に言い返す。顔は怒ってはいたが、その怒りはただ清二と共に過ごしたいという純粋な思いから来ているのだと、茜は鈴の表情から読み取った。

話を聞くと、この男女は道念の噂を聞き、興味本位で一度占ってもらおうと寺に訪れた時、道念は一見で清二の当時体を悪くしていた部分を言い当てたという。

当時清二は胃を悪くしていたが、道念は清二の人相からそれを読み取ったというのだ。さらに適切な食生活の改善を提案し、それを実践した清二は見る見るうちに体の調子が戻っていったのだという。

「たしかに食生活の改善により体が治ったことには感謝してもし足りないですが、一見で私の病状を看破したのは・・・何かの偶然だろう、と私は思っているんです。」

「違うよ!道念さんには本当に分かるんだよ!本当にあの人は気の流れが見えているんだよ!」

鈴は道念の力を信じきっているようだ。

「はは・・・妻はずっとこの調子なんです。もう道念和尚の能力を信じ込んじゃって・・・。もううちの貯えはゼロになりました。そして鈴は・・・次の商品を買うために、私に内緒でとうとう金貸しに手を出してしまったんです。」

「ま・・・まだ買うんですか・・・?」皐は思わず串団子の串をぽろっと落としてしまった。

「そうよ!道念和尚の全身全霊の気が込められた水晶・・・五両!これを買えばもう大丈夫だって、和尚様そう言ってたもん!」

総合計10両!100万円!鈴の言葉に一同はドン引きを通り越してもう凍り固まってしまった。

「いい加減にしろよ!目を覚ませ!そんなもんで俺たちの将来が変わるわけないだろう!それにそんな大金・・・返していくのにもどれだけの利子がついてくると思ってんだ!」

「仕方ないでしょ!これを買わなきゃ・・・あたし達上手くいかないって言われたのよ!?あなたとずっと一緒に幸せになるために買わなきゃいけないのよ!」

「借金まみれになって何が幸せだ!もうお先真っ暗だよ!お前のせいでな!」

「そんな・・・ひどい・・・わたしはあなたのことを思って!」

「何が俺のことを思ってだ!」

白熱してきたカップルの喧嘩を見かねた皐が「まあまあ」と二人の仲裁に入った。

「と、とにかく!あなたたちの悩みは分かりました。その道念について調べてくれと、そ・・・そういうことですね?」

皐は二人の関係が良くなるどころか完全に悪化してしまっているじゃないか、とツッコミを入れようとしかが、もう笑えるレベルの金額ではない。

「お見苦しいところをお見せしました・・・。はい、道念の力が本物か偽物か確かめていただきたいのです。もう私達は幸せになるどころか・・・もう喧嘩ばかりしてしまって・・・」

二人は見ているこちら側が申し訳ないぐらいにしょぼくれてしまった。

「おかしいですよね。私たちこんな人相占いなんかに振り回されてしまって・・・」

「あ、いや・・・その・・・」

茜にはもうかけてやる言葉すらなくなってしまった。

「私はただ・・・清二さんと一緒に居たいだけなんです・・・。」

鈴はとうとう涙を流し始めた。

「あたしは・・・あなたと一緒にいたいの・・・清二さん・・・そのためなら私・・・何でもするわ! 」

「鈴・・・」

鈴の本当の気持ちを知った清二は思わず鈴の体を引き寄せ抱きしめた。

それを見ていた一同は何ともいたたまれない気持ちになった。この二人はただ一緒に居たいだけなのだ。もしもその道念なにがしという坊主がそう言った男女の純粋な気持ちを利用して金儲けをしているのなら同心として見過ごすわけにはいかない。

「もし、道念さんの力が本当なら、水晶を最後の買い物にします。だがもし彼の力が嘘なら私は彼を許すことができません!」

清二は机を平手で叩きながら言った。

「同心さん、お願いです。この依頼、引き受けていただけますか?もし道念さんが詐欺師であることが証明されれば、妻もあきらめがつくはず。」

二人の切羽詰まった目を見て茜の正義感に火がついてきた。

「確かに・・・。こんなのインチキよ。詐欺は許さないわ!話を聞きに行くわよ、皐!」

茜は団子やに勘定を払い、早速出かける準備を始めた。

「ふふっ、そうこなくっちゃ!それでこそ、瀬戸の街を守る同心です。」

皐はまたニッコリとした笑顔を茜に向けた。

「あんたら良いネタ期待しているよ!」

八重はカップルと一緒に茜と皐を見送った。

だが茶屋を出たとき、皐は何か違和感を感じた。

「ん?」

「どうしたの、皐?」

皐は確かに何かの気配のようなものを感じた。茜に向けてではない、皐自身に向けられた、なんと言うか、悪意、害意のようなものを感じた。3年前の戦に忍びとして身を投じていた皐だ。その戦場で味わったようなピリっとした空気をわずかに肌で感じ取ったのだ。

だが回りを見渡しても怪しいものなどは見当たらなかった。「気のせいか。」と思った皐は、

「いえ、なんでもありません。」

と笑顔を茜に見せた。

「さあ、急ぐわよ!道念の詐欺の手口を暴いてやるんだから!」

2人は意気揚々と山奥の寺へと急いだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?