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瀬戸忍者捕物帳 4話 『黒い気』 3

「同心さん、あんた最近、十分に休めてないのでは?疲れがたまってますよ。」

道念は神妙な面持ちで言った。

「それくらいのことなら誰でも言えますよ。その程度では『気を証明』したことにはなりません。」

という皐に道念はニヤリと笑みを浮かべる。

「これからですよ、私の力は。同心さん、あなた右手首を痛めてはいませんか?」

「えっ!?」

茜は思わず口を抑えた。

「あ・・・茜さん、当たってるんですか?」

「う・・・うん。いろいろ書類を纏めなきゃいけなくて、結構筆を使ったから・・・」

皐は目をぱちくりとして驚いた。

「さらに!街の見回りに、捕り物に、いろいろ大変ですな。左足首に結構負担がかかってもますよ?」

「・・・うそっ・・・」

茜はまた驚いた。そういえば少しだけ左足首に違和感を感じていたのだ。

「まだありますよ!女性にこんなことを言うのも気が引けるのですが・・・最近お通じが良くないのでは?」

「げっ!」

と茜は両手で顔を隠した。

「あ・・・当たってるんですか?」

「う・・・うん」

二人は顔を見合わせてしばらく言葉を失った。

「信じていただけましたかな?全ては『気』の流れを読んだからこそできる芸当です。」

と道念は言ったが、納得できない皐。

「どういうイカサマを使ったんですか?じゃあ僕の方も占ってみてください。」

皐がそう言うと、また道念は嫌な顔をした。

「あいにく私は悠長に同心さん方の相性占いをする時間がありませんでな。もう宜しいかな?私の力の証明はできたかと思いますが。」

「僕はまだ信じてはいませんよ。どういうカラクリを使ったんでしょうかねえ?例えば町中に道念さん部下を潜ませ、逐一街の人々の様子を伺わせているとか・・・」

「がっはっは!岡っ引きさんは想像力が豊かですな!あなた達が今日ここへ来ることなど私は事前に何も知らなかったのですよ?適当な邪推は控えていただきたい!ああ、そうだ、同心さん。ひとつ忠告をして差し上げますよ。この岡っ引きさんとは距離を置いた方がいい。人相学的に相性は悪い。どうです?彼とつきあってから悪い事ばかり起こってませんか?」

「すごい・・・当たってる!」

茜は思わず言ってしまったが、苦笑いを浮かべた皐はすかさず反論する。

「ちょ・・・ちょっと待ってくださいよ!僕いろいろ茜さんに協力してるじゃないですか?」

「あんたのせいであたしがどれだけ振り回されてるか分かってんの!?」

とまた皐のほっぺたをぎゅーっとつねった。

「あいだだだ!ひどいですよ、茜さん〜!」

道念に乗せられて皐と戯れていた茜だが、はっと我に返ってまた道念を追求した。

「あ・・・あんたの力が本当だろうと嘘だろうと!あんたのせいであの夫婦がどれだけ傷づいているか分かってるの!?こんなの認められない!こんな人々を傷つける商売は・・・許さないわ!奉行所に申告する!」

「おやおやこれは 穏やかではありませんなあ・・・『気』を読む私の力まで証明したというのに。」

「そ・・・そんなの!ただのイカサマよ!ど・・・どういう手品を使ったのか知らないけど・・・あたしはあんたの詐欺を必ず証明するんだからねっ!」

茜のその言葉を聞いた道念はふうっと一つため息をつき、側に控えていた僧に目配せをした。コクリと頷いた僧は立ち上がり部屋を去った。

「まあそう仰られるならば致し方ありますまい。私の力を信じていただけないのは悲しいことですが、わざわざこんな遠くまで足を運んで頂いたことには感謝したします。少しばかりですが、お心付けをさせて頂きます。」

すると先ほどの僧がなにやら黒光りする仰々しい小箱を持ち戻って来た。僧はその黒い箱を茜の目の前に置いた。

「なによこれ!?」

と茜が問うと、僧は箱の蓋を取った。すると中から黄金色に輝く小判が十枚、紙の帯で束ねられていた。茜の目の前には10両、つまり現在の価値で100万円が積まれている状況だ。

「茜さん・・・じゅ・・・10両ですよ・・・本物です。」

皐も大金を目の当たりにして少し興奮気味だった。

「なに・・・?あたしを買収しようってわけ?このお金で黙ってろっていうの?」

「これはこれは人聞きの悪い。私がいつそのようなことを言いましたか?繰り返しになりますが、これはご足労頂いたお礼でございます。それ以上でもそれ以下でもありません。この銭をどう解釈されようと同心さんの勝手ですが、どうか誤解されませぬよう・・・。」

「うう・・・」

茜は手を振るわせながら小判をじっと見つめていた。皐は何も言わず茜を見守っていた。葛藤する茜に対し道念はさらに追い打ちをかける。

「かつて他の同心さんもこちらにおいでになった事がございますが、皆様快く受け取って頂きました。ささっ、どうかお納めを・・・」

道念は小判の入った箱を両手で少し茜の方へ押して近づけた。

「ほ、他の同心って!一体誰が!嘘よ!それじゃあ他の同心達はあんたの悪事を黙認してるって訳?」

「悪事とはまた・・・同心と言えども、言葉遣いには気を付けられた方がいい。この私、道念には悪事を働いていると言う意識はこれっぽっちも!まーーーーったくないのですからな。ささお受け取り下され!」

道念はまた小箱を少し差し出した。

「そんな・・・こんなのって・・・」

茜は思わず皐の顔を見た。

「どうして僕を見るんです?」

「どう思うの?こんなの!おかしいよ!」

「んー、そう言われましても、確かに商品の購入が町人達自身の意思によってなら、僕らは責められませんからねえ。」

「でもおかしいよ!こんなお金受け取るのが同心だっていうの?」

茜は目に涙を浮かべはじめた。

「はっはっは!まだお若いから世間のことも分からないのでしょう!恥じることはありませんよ、人は失敗を重ね、経験していくことで大きくなっていくものです。ささっ、これも世間勉強だと思って!」

と再び銭の入った小箱を両手で押した。

「そんな・・・」

思わずまた皐の顔を伺ってしまった。

「だからなんで僕の顔を見るんです?」

「あんたは・・・あんたはどう思うの?これを 受け取って、目を瞑れっていう事?」

「さあ?」

皐はケロリとした表情で答える。

「受け取りたければ受け取ればいいんじゃないでしょうか?僕は茜さんの岡っ引きですから判断は茜さんに委ねます。それを受け取るのも受け取らないのも茜さんの自由です。」

皐はワザと突っぱねるようや言い方をした。茜がここでどういう判断をするか、非常に興味があった。

「あんた・・・それ本気で言ってる訳?」

「ええ。いいですか?茜さん達同心は街の治安を守るのがお仕事です。だが起きる犯罪に対し、取り締まる与力・同心の数が少なすぎる。だからこそ僕らのような非公認の者、つまりは岡っ引きが存在する訳です。時に同心はならず者の親分さえも岡っ引きに加えるのです。闇社会に通じるものがいた方が捜査しやすい場合もありますからね。そこまでしても、全ての犯罪を取り締まるということはできない訳です。つまり1つの悪を見逃すことによって、あるいは協力させることによって100の犯罪を減らせるなら、それを良しとする同心も当然いる訳です。」

「がっはっは!どうやらその岡っ引きさんの方が物分かりがいいようですな!もしもお心付けを受け取っていただけるなら、私に出来ることはなんなりとさせていただきますよ!」

道念は背中を反らせて大声で笑った。

「そんな・・・だからってあの夫婦の苦しみは・・・彼らのことはどうでもいいって事!?」

「例えば、このお金を受け取って、清二さんたちに渡すということもできるわけです。もちろん、その代わり道念さんの商売にこれ以上口出しするなという意味合いも込められてると思いますが。道念さんにとってこの10両でこの件が収まるなら安い話なんですよ。だってさっきの行列を見てください。彼らからまた再びお金を回収すればいいだけですからねえ。」

「そんなの・・・!問題が解決したことにはならないわ!また次の被害者になるじゃない!それに・・・!あたしはこんなお金受け取りたくない!」

「ふふ。ただし、僕は茜さんの岡っ引きですから、茜さんがどんな決断を下そうと、僕はそれについて行きますよ。他の同心がどうとか、そんなのはどうでもいい。大切なのは茜さんがどう思うかです。その心の声に従えば良いんじゃないでしょうかねえ。」

皐はニコっと笑ってみせた。その表情を見て茜は少し安心した。どんな決断を下そうと付いていく、といってくれた皐に感謝した。茜の心は決まり、涙を拭って表情を引き締めた。

「こんなお金いらない!!あたしは同心だ!街のみんなが安心して暮らせるようにするのが仕事だ!あたしの父さんも常に街のみんなの事を考えてた!あたしもそんな同心になりたい!道念さん!あんたの商売はやっぱり見過ごせない!あんたの商売は人を不幸にする!このことは奉行所に報告させてもらうわ!」

茜は小判の入った黒い小箱を勢い良く道念の方へ押し出して意思表示をした。茜は立ち上がり、強い目で道念を睨みつける。

皐は茜のその決断を聞いて嬉しくなってしまい、ニッコリと笑った。

(大助さんの志は、ちゃんと茜さんに受け継がれているんだな。)皐はそう思った。

「決まりですね!道念さん、覚悟してくださいよ〜!」

皐も立ち上がり、帰り支度をした。

「あんたの商売はあたしが必ずやめさせる!覚悟してなさい!」

「やれやれ困ったものだな。分かっていただけないとは・・・」

道念はつるつるの頭を撫でながら恐縮そうに言ったが、そのぎょろっとした目はギンっと光り、いかにも「やれるものならやってみな!」と言わんばかりだった。

その目をにらみ返した後振り返り、茜と皐はお寺を後にした。



日が西に傾きかけてきた。

二人は寺から街へ戻る山道を歩いていた。山道なので街よりかは涼しい風が吹いていたが、茜にはその肌に刺さるような風が少し寒く感じられた。

「皐、これで良かったんだよね?」

長上寺で道念には強く言ったものの、茜は内心不安だった。

「うーん、どうでしょうね。まだ完全にあの住職が詐欺を働いてるとは言いきれませんからね。」

「あ、いや。あたしが小判を受け取らなかったこと。」

「それが茜さんの決断なのでしょう?ならば自信を持って!」

いつもはその自由な行動に腹が立つことが多いが、たまに見せてくれるこういう皐の優しさが胸に沁みる。

「ねえ、あの小判・・・。まさか・・・黒田さんも受け取っているのかな?」

「わかりませんねえ。」

「黒田さんはあたしの尊敬する同心だよ!あたしが同心になってから色々お世話になってるし。受け取る訳ないよね?」

同心になったばかりの茜には、まさか同心達が道念から賄賂を受け取っているなんてことは思いもしなかった。

「こればかりは聞いてみないとわかりませんねえ。」

「・・・皐!ごめん、ちょっとあたし直接黒田さんに聞いてくる!」

どうしても黒田が賄賂を受け取ったかどうか気になり、皐を置いて山を駆け下りようとした茜だが、「待ってください!」と皐は茜の腕を掴んで制止した。思わず皐の顔を見たが、珍しく皐の顔からは笑みが消えていた。

「茜さん。世の中にはいくら自分が正しいと思うことでも、それがまかり通らない事なんていくらでもあるんです。この世の中はあなたが思うほど綺麗な世界ではありませんよ?」

「皐・・・?」

「えーと、つまり僕が言いたい事はですね・・・汚い世界を見る心の準備をしておいてください!」

「はあ?なにそれ!?」

要は茜の尊敬する黒田であっても、こういった賄賂を受け取っている可能性は高いと皐は思った。そう言った場合にもできるだけショックを受けないようにと、そういう皐のアドバイスだったが、通じているのかいないのか、茜は皐の忠告を笑い飛ばしながら山を勢い良く駆け下りていった。

「純粋なんですね、きっと。茜さんは。うーん、ちゅっちゅしたいですねえ。」

皐はいつでも茜のその純粋さに惹かれていた。同心になったばかりではあるが、それを言い訳にもせず、ただひたすらに前を向き努力をしている。茜とはそういう人物なのだ。戦争という不条理に翻弄された幼少期を送った皐は、茜にはこの純粋さを失ってほしくないと思っているが、同時に茜にもこういったどうしようもない不条理に直面する日はやってくるだろう。その時にも茜は茜らしくいてほしいと思っている皐だった。


山を下った茜は足早に黒田の住まう同心屋敷に急いだ。

同心屋敷は広々とし、まだ独身の黒田が住まうには些か大きすぎる。そこで黒田は使っていない部屋を貸し出すことにより家賃収入も得ていた。以前に何度も部屋に招かれたことのある茜にとってはなじみがあるので迷わずに黒田のいる部屋へとたどり着いた。

「なんだ、茜?改まって。」

作業用の机で筆を持ってせっせと紙に何やら書き込んでいる黒田は、手を止めず、目も向けずに茜に言った。

「黒田さん、ちょっといいですか?お話が・・・」

「なんだ?」

「道念って和尚を知ってますか?」

「ああ、奴ね。長上寺の住職だろう?なんか際どい商売してるみたいだね。それがどうした?」

「今日、彼の寺へ行ってきたんです。彼にお金を毟り取られた夫婦から相談を受けて。」

黒田はぴたりと筆を止めた。

「道念にお金を騙し取られた人はまだたくさんいるはず・・・同心としてこれ以上奴の悪行を見逃しておけません!なんとかしないと!奉行所に報告しようと思ってます!」

「いや、いい。」

短く言った黒田は、再び筆を動かし書類の作成を再開した。

「えっ・・・いいって、どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。そっとしておけ。詐欺を働いている訳ではあるまい?道念の力は本物らしいからな。」

黒田のその言葉を聞いた時、茜は悪い予感が過った。道念はあの時、同心の何人かは小判を受け取ったと言った。

「ま・・・まさか黒田さんも、お金を積まれたんですか?」

「ああ、そうだよ。」

悪びれる様子もなく黒田は答えた。

「おまえも受け取ったんだろ?いくら積まれた?俺の時より多かったら、次メシおごれよ?」

黒田はこういった様子で淡々と答えた。悪いことをしたという罪悪感など、これっぽっちも感じなかった。

「いえ、私は・・・突き返しました。」

「えええ!勿体無いなあ!あんなお金があれば相当贅沢できるぜ?」

「黒田さん!それ・・・本気で言ってるんですか?」

黒田の言葉に腹を立ててしまった茜は意図せず黒田を睨みつけてしまった。黒田はそんな茜の強気な瞳をしばらく睨み返したが、やがてまた事務作業に戻った。

「茜。世の中にはよおー。優先順位ってのがあるんだ。別に良いじゃねえか、道念は自分の力は本物だっつんてるんだろ?まっ、そんなやつに騙されるのも騙されないのも結局自己責任だと俺は思うがね。はっきり言ってよお、おまえも分かってると思うが、瀬戸の街はまだまだ犯罪が多い。それを数少ねえ同心の俺たちが取り締まっていかなきゃなんねえんだ!そんな小さいことにいちいち手を割いていたんじゃ大きな犯罪を取り締まり切れねえんだ。」

これは皐が先ほど言っていたこと同じ論理である。だが茜はどうしても納得出来なかった。

「ち・・・小さい犯罪?ちょっとまって下さい!あの住職のせいで人生を台無しにされた夫婦がいるんですよ!?あの夫婦はどうなるんですか?」

「どうなるって、だから言ったろ、自己責任だって。だったら最初から占いなんか信じなきゃよかったんだ。」

「だからって・・・お金積まれて、黒田さんは自分の懐が潤えば、その
『小さな犯罪』で苦しむ人々は放っておいていいって言うんですか!?」

「茜。口の聞き方に気をつけろ。」

黒田に睨み付けられ、茜はすっかり元気がなくなって目を落としてしまった。

「まだまだ甘いな、お前は!お前の強い正義感は認めるが、それだけじゃ世の中渡り歩けねえぜ。世の中、結局持ちつ持たれつの関係が一番いいんだ。まあそのうちにお前にも分かってくるよ。余計なことはするなよ、いいな?もういい、帰ってゆっくり休め。」

黒田は笑いながら言って、まるで茜のことを相手にしなかった。

「そんなの!あたしが目指した同心じゃありません!!」

茜はそう叫ぶと踵を返し、不機嫌に屋敷から出て行った。

「あー面倒な奴だな。純粋なのはいいことだがよ〜。」

黒田はそんな茜の後ろ姿を見て呟いた。

「だが・・・だからこそ・・・純粋だからこそ、お前の父上は死ぬことになったんだぜ。お前もそういう運命にならなきゃいいがなあ。」

黒田は怪しい笑みを浮かべた。

「次郎(じろう)、いるか?」

黒田が小声で言うと、黒田の頭上の天井の板が一枚はずれて、そこから岡っ引き・次郎が忍者のように飛び降りて来て、黒田の机の対面当たりに着地し片膝を付いた。

「はい。」

「どうだ?彼女の様子は?」

「大越茜さんは間違いなく忍者同心・皐と行動を共にしてますね。今日一緒に行動している所を街で目撃しました。」

「やはりそうか。」

「それにしても、なかなか隙の無い男ですね、あの皐という男は。街で気配の消した僕の監視にも感づいたみたいです。僕の正体には気がついてないとは思いますが。」

「忍者同心、か・・・速いめに手を打って方がいいかねえ?今はまだ『俺たち』が烏天狗だと気づいていないようだけど、勘づかれちゃ厄介だからな。」

「そうですね、芽は早いうちに摘んでおいたほうがいいです。」

「わかった。なにか策を練っておく。ご苦労、今日はもう休め。」

「分かりました。」

次郎は立ち上がって部屋を出て行った。

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