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夫婦とその親達との話

ナツが不登校になって、8ヶ月が経った。

夏休み明け、運動会や遠足、参観など行事ごとも盛りだくさんな中、それらのすべてに一切参加することなく、彼が心穏やかに過ごせる場をなるべく選んで生きているようだった。

ナツは語彙力が取り立てて低いわけではなく、時に大人が驚くような詩的な表現をすることがあるが、自分自身のこととなると、途端に言葉少なくなる。

どう表現したらいいのか、はかりかねているような。

そんなわけで、わたしは彼の様子をじっくりと観察することで、楽しんでいること、嫌がっていることを知り、彼の内面がどうなっているのか推測することしかできない。

わたし自身も、自分を表現することが苦手な方だが、わかり合いたい時に言葉だけに頼る必要はないとも思っている。

もちろん言葉で表現できたほうが自分のことを伝えるために楽なときは多いけど、人は言葉だけでわかり合えるほど単純ではない気がする。

さて、それはさておき、掲題の件に移りたい。

ナツを信じたいわたしと勉強させたい父

不登校の親と話する機会が増えたが、子どもが不登校になると、親のパニックに輪をかけるかのごとく、日常的に関わりのない周囲の人物まで騒ぎ出すことがよくあるようだ。

我が家でもやはり同様の事があった。

最初はわたしの父親。
不登校になったことを話した当初は、わたしは今のように不登校をナツのために活かそうと考える境地には至っておらず、まだ混乱の最中だった。そんなわたしを安心させてくれようとしたのかもしれない。

「学校、行けるときはいったらいいし、休んでもええんやで、ゆっくりしたらいい。何なら実家に遊びにおいで」

理由を聞くこともなく、そうナツに話していた。それを聞いて、わたしはすごいなと思った。わたしの親世代で、不登校を否定しなかった話をほとんど聞かなかったからだ。

そして夏休み前の7月、自然豊かな実家にしばらくナツ一人で遊びに行かせることにした。

そこからどうも雲行きがおかしくなる。

行った翌日に、夫にわたしの父から電話が入る。

「ナツが勉強しているのを見ていると、問題点が見つかったから、カリキュラムを組んでこちらで勉強させるがいいか。クラスで一番になろうと励ましている」

というのだ。父はピアノ教室の講師をしているが、教えることに自負があるようで、なんとかしてやろうと思ったらしい。

わたしは正直、吐き気をもよおすほどぎょっとしたが、父は言いだしたら聞かない。一ヶ月とか長期間でもないし、実家滞在中は父に任せるとだけ言った。

案の定ナツは、もう実家に行きたくない、そのためなら学校に行く、と言って帰ってきた。学校でするような勉強は以前にもまして嫌いになっている。

父はナツのことを心配してそうしたのだろう。自分ならナツの勉強ができるようにさせられるし、勉強で自信を持てば、学校にも元気に行けるようになるだろう、そう考えたのは想像に難くない。

結果は散々だったわけだけど、わたしはその時、父にじっくり話して、わたしたちの考えを理解ってもらおうとする行動は取らなかった。何度か機会があったにもかかわらず。

階段がなくなった夫の両親

さて、時が移り8月。毎年お盆には遠方の義両親のもとに帰省することにしている。実はそれまでほとんど義両親にナツの不登校について話していなかった。

わたしの両親とは違い、ごくごく「ふつう」の人たちで、「あなたの孫が不登校である」という事実に対する反応が容易に予測できたし、それがわたしたちにとって害になることがわかっていたから。

夏、満を持して、万全の体制を整えて、夫からナツの不登校について話す。

さすがに不登校を前向きにとらえてる、とは言い出せなかった。ナツの命を守るために休んでる、そんな説明をしたと思う。文科省も認めてるんだよ、そんな感じ。命と法律という大義名分を、無用な軋轢を避けるために利用した。義両親はところどころで不安な思いを口に出しつつも、夫の持ち前のトークテクにより、最終的にはうんうん、と納得する様子で聞いてくれた。

目の前に元気な孫もいる、夫婦仲も問題なさそうだ、理解はできないけど、息子も大丈夫と言っているしきっと大丈夫だろう、理解はできないけど。そんな感じだろうか。わたしたちも、わたしたちの子育てに対して信頼してくれてると思った。

けど、本当は信頼して不登校であることを認めたのではなく、義両親はしばらく休めばまた元気に学校にいくんだろう、だから今は心配だけどそのうち大丈夫になるだろうくらいに思っていたのだな。と、思わずにはいられないことがあった。

昨日のことだ。

夫が末っ子を公園に連れ出したとき、LINEで義両親に写真を送ったのだ。何気なく。

「お兄ちゃんたちはどうしたの?」

という義母に対し、

「二人は引き篭もり野郎ですw」

と返した夫。
ナツと次男は家で大好きなフォートナイトで盛り上がっていたので、引き篭もってゲームやってるよーもう外で遊べよな★っていう夫なりの冗談。総冗談だった。

その夜、深刻な顔をした義両親から、LINEビデオ通話が入る。

「引き篭もってるってどういうこと?しかも兄弟二人共なんて!大丈夫なのか?然るべき機関に相談とか言ってるのか?普通は学校って行くもんだろ?行かないのは心配じゃないか。常識的に行かないのはおかしいから何らかの対策をとらないと。シュージィちゃんは日中仕事に行ってるんでしょ。一人で置いといたら取り返しのつかないことに・・・」云々。

Twitterでよく見かけるク○リプのテンプレみたいなのが、義両親から代わる代わる夫に降り注いでいるのを、わたしは画面外で末っ子と遊びながら聞いた。そして死んだ目で微笑んで、無言のエールを送った。

わたしなら「これを読んでそれから再度ご連絡ください」と、速攻会話を終了して不登校やHSCなどの参考図書を送りつけているところだが、夫は辛抱強く、なぜか夏に話したはずの内容を再度丁寧に話していた。

最初は「詳しく説明しても十分わかってもらえると思えないし、そうすることは自分たちのパワーを削ぐことだから正直話したくない」と言っていたものの、食い下がってきた義両親を安心させるために親子のコミュニケーションは取れているし、わたしたち親はナツのことを信じているし、今の状況を問題と思っていないし、精神的に追い詰められて体調悪くなるような学校にいってまで、小学校でやる勉強を今すぐする必要性は感じてない、そんなことを伝えて。

その後、参考になりそうな記事のURLをLINEに送っていた。

素晴らしい夫である。

全わたしが脳内でスタンディングオベーションをしていた。
そして期せずして、夫がわたしと思いを同じにして、ナツに関わろうとしてくれていることが、奇しくも不理解な義両親への対応を通して改めて知ることができた。

義両親に感謝。

で、ナツがちらちらとわたしたちの会話を聞いてて、義両親の現状について、

「あーフォートナイトで階段登ってたら急に階段なくなって落ちるみたいな感じか~」

と面白い例えをしていた。
義両親は可愛い孫のことを理解しようと頑張って階段をのぼってたんだけど、「引き篭もり」というワードで突然階段がなくなって、スタート地点に戻ってしまったのだ。

わたしは子どもをコントロールすることを手放したい

大人って、子どもをコントロールしたいんだなって感じたこれらの出来事。

そしたら不思議とわたしがナツとどう関わっていきたいのかが明確になってきた。

わたしは子どもをコントロールすることを手放したい。

それはとても勇気がいることだ。
なんとなく成功の道筋って限られている気がするし、そこから外れると失敗する気がするから、親はそこから外れそうになると必死に修正しようとしてしまう。

なんでかって子どもを立派な大人に育てなきゃいけないと、責任を背負っているから。

でも、子どもは大人が思っている以上に自分で育つ力を持っている。子どもがどこに行きたいか、に耳を傾けて行きたい方向に明かりを照らしてやれば、子どもは伸びていくものだと思う。

子どもを信じることはもちろんのこと、「子どもをコントロールすることを手放したい」と考えている自分のことを信じたい。

義両親からク○リプが来たその日の昼間、たまたま母とナツのことを話したときのTwitter。

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この母にしてこの子あり、かもしれないなぁ。


追記:親たちとのやりとりについては、心配や孫を想う故の発言、行動と理解した上で、それでもわたしたちにとって要らないものは要らないと伝えたい。

もちろん、わたしたち家族を想う気持ちを否定するものでもない。

親たちの行動もまたコントロールするものではなく、一方で親だからと嫌々従うでもなく、こちらが心地よい距離を置くなり、意思表示するなりしていきたいと思っている。

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