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現在進行形の歴史遺産、小豆島・妖怪アートプロジェクト

2013年から始まった「妖怪造形大賞」は、瀬戸内・小豆島を舞台にした、妖怪フィギュアの国際的なアートコンペティションです。今回は、このプロジェクトについて、その独自の魅力をお伝えしたいと思います。

小豆島で進む「妖怪」プロジェクト
妖怪造形大賞はこれまでの7年間で、六回にわたり行われました。第一回から、審査委員長の北原照久先生をはじめとして、審査員の皆様にはいつも手弁当でご参加くださり本当に有難く思っています。毎回、グランプリの賞金30万円(第6回のドデカ妖怪造形大賞は100万円)を目指して、百数十点の応募があります。出品された作品は全て「妖怪美術館」に所蔵して、永久保管・展示することとなっています。

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全国から集まった妖怪の作品たちは、一つ一つ想いがこめられた素晴らしい作品ばかりです。最近では台湾との共同開催をきっかけに海外からの出品が増え、香港やヨーロッパなどからも出品されるなど、さらに国際的な色彩を帯びてきました。

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妖怪文化の歴史
「妖怪」は、決して特定の人のものではなく、多くの日本人が持つ娯楽的な文化です。妖怪文化は古代の神話の時代に始まり、平安時代には絵巻に描かれ、江戸時代になると娯楽の対象として北斎や国芳などの浮世絵に多く登場するようになりました。この間、様々な地方で妖怪にまつわる膨大な数の民話や伝承が言い伝えられてきました。近代においては学問「妖怪学」となることでその神秘性の側面が否定されますが、この時代にも河鍋暁斎という天才絵師が妖怪を描き残しています。戦後の昭和期には水木しげるの漫画やアニメとしてその娯楽的な地位を確立。そして現代ではゲームやアニメなど、様々なコンテンツとしてあらゆるメディアに妖怪が登場し、妖怪文化は新しい時代を迎えています。
「妖怪造形大賞」と、それをベースに私たちが運営する「妖怪美術館」も、その中の一つの現象ととらえることができます。

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「作品群」が持つ意味

そうした日本国内にある様々な妖怪コンテンツの中で、私たち「妖怪美術館」だけにしかない、独自の要素があります。それは、現代日本人の精神性を表す作品群であるということです。

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もちろん、今でも「妖怪ウォッチ」や「鬼滅の刃」など、様々なところで妖怪が“活躍”していることは言うまでもありません。それらは「現代の妖怪」といってよいし、日本人が大好きなコンテンツであるといえます。小豆島に集まっている妖怪たちは、昔ながらの鬼や河童などだけでなく、クリームソーダを溶かす妖怪や、使っていると肩がこるパソコンの妖怪、SNSのいいね!を集める妖怪など、現代にしか現れ得ない妖怪がたくさんいることから、同じように現代の妖怪がテーマである、ということができます。

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さらに、私たちのプロジェクトの妖怪たちには、他のどこにもない特別な側面があります。それは個々の作品としてではなく、作品“群”として捉えることによって明らかになるのです。この作品群は、あらゆる年代のあらゆる立場、老若男女問わずいろいろな人たちが、共通のテーマ「妖怪」というものに対して、空想を巡らせ、創造し、各々の独創性によって形づくられたものなのです。

この側面がなぜ特別なのでしょうか?

日本の“文化遺伝子”を表象化する
歌舞伎や浮世絵、相撲など、江戸時代に花開いた文化は多くありますが、これらはすべて庶民から広まった娯楽です。これが外国人に評価されて文化となっていきました。
繰り返しになりますが、私たちが所蔵する作品群は、一人の作家や一つのチーム、特定の会社によって創られたものではありません。これらは不特定多数の日本人が日本古来の独特な「妖怪」概念のもとに、無限にある空想世界に飛び込み、手指によって形づくった結果としての造形作品群です。すなわちそれは、日本の文化的遺伝子が具象化された一つの結果である、ということが言えるのです。
「妖怪美術館」にはこうした作品が825体、所蔵されています。

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この作品群はつまり、一つの文化を形成している、と言っても過言ではありません。私はこれらが将来、「西暦2000年代初頭の日本人の精神性を表す歴史文化遺産」になると考えています。

妖怪造形大賞に出品された皆さんは、今まさにこの歴史と文化を作っているのです。そしてそれを観に来られるお客様や、この取り組みを応援してくれるたくさんの人々、仲間やスタッフは、皆がその当事者であるといえるのです。これがまさに現在進行形の歴史遺産といえる所以です。

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