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青斑核の働きで、人工内耳からの聴覚信号に対する処理と学習が加速される

2022年12月21日にNature誌に公開された”Locus coeruleus activity improves cochlear implant performance"を読んだので、解説してみます。
筆頭著者はErin Glennon、責任著者はMario A. SvirskyとRobert C. Froemkeで、New York University School of Medicineからの報告です。

そもそも、Locus coeruleus(青斑核)とは

Diego69, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons

青斑核(せいはんかく)は、脳幹にあるノルアドレナリン作動性ニューロンを含む神経核である。モノアミン含有ニューロンの分類では、A6細胞群とも呼ばれる。覚醒、注意、情動に関与している。

Wikipedia

このグループは2019年にも、青斑核の刺激により、健聴ラットの聴覚学習が促進されることを報告しています。

イントロダクションに書かれていること

  • 人工内耳は、正解で最初に成功した人工感覚器である。

  • しかし、ある程度の人工内耳装用効果を得るのには、しばしば時間がかかる。(音入れ後数時間で音声言語が認識できる人もいれば、数ヶ月〜数年かかる人もいる)

  • この適合過程の機序はよく分かっていない

  • 人工内耳ラットモデルを確立したので、調べてみました。

ラットの人工内耳植込み術

ドーパミン神経に特異的に発現する酵素チロシンヒドロキシラーぜ(TH)遺伝子の発現制御領域下でCreを発現するTH-creラットを使用。
これらのラットを、まず4kHzの音に反応するようにトレーニング(食べ物報酬で)する。
その後、ラットの両耳聞こえなくし、片方の耳に8チャンネルの人工内耳を挿入する。コクレア社の人工内耳を使用しています。
(2016年のこのグループからの論文に、手術の詳細やラット人工内耳Xp写真などがあります)

人工内耳ラットのトレーニング

ラットの人工内耳のマッピング

ECAP閾値(コクレア社のNRT)をCレベルに設定し、TレベルはCレベル-6dB(-300μA)に設定しています。
特定のターゲット電極(4番の電極チャンネル)の刺激で、反応するように食べ物報酬で、訓練します。ある程度正確に反応するようになるまで、16ラット中9ラット(56%)が3日以内であったのに、残りの7ラットは5−15日かかりました。つまり、人間と同様に人工内耳適合の早いラットと遅いラットがいたわけです。
ここでの”ある程度正確に反応”とは
d′ ≥ 1.0, d′ = z(hit rate) – z(false-positive rate)
と定義されています。
zは、データ群の当該数値から平均値を引いて、標準偏差で割ることで求められるzスコアです。

ファイバーフォトメトリー法で、トレーニング中の人工内耳ラットの青斑核の活動を観察

Q. ファイバーフォトメトリーとは?
神経科学において、ファイバーフォトメトリーとは、埋め込まれた光ファイバーが、蛍光カルシウムインジケーターでタグ付けされたニューロンに励起光を照射し、その活動から発せられる蛍光を受光することで観察・計測する方法です。

doric社

結果を単純化して記載すると、人工内耳ラットが、特定のターゲット電極刺激で正しく反応したときには青斑核ニューロンの活動が増加し、ランダムに反応したりエラーを起こしたりしたときに減少していました。

光遺伝学で青斑核を刺激することにより人工内耳ラットのトレーニングが加速される

光遺伝学(ひかりいでんがく、英: optogenetics、オプトジェネティクス)は、光でタンパク質を制御する手法の総称である。光学と遺伝学を融合した研究分野であり、特に神経回路機能を調べるために発展している。脳神経系における情報処理を理解するため、哺乳類やその他の動物においてin vivoでのミリ秒単位の時間的精度をもった制御を特徴とする。

Wikipedia

光遺伝学で、ターゲット電極刺激に合わせて青斑核刺激(LC-pairing)をおこなったラット(n=10)が、3日以内に、ある程度のレベル(d′ ≥ 1.0)で正確に反応するようになった。

人工内耳ラットの聴覚皮質での電気的反応

さらに論文では、聴覚皮質での人工内耳刺激聴性誘発電位を測定しています。
トレーニングされていないラットは、人工内耳刺激による聴覚皮質の興奮性および抑制性のニューロンのバランスが取れていませんでしたが、トレーニングされたラットのは、人工内耳刺激による聴覚皮質の興奮性および抑制性ニューロンが高度な共調整(co-tuning)を示しました。トレーニングを受けても、そのパフォーマンスが低いラットは、このco-tuningが悪く、LC-paringによりパフォーマンスが高いラットは、このco-tuningが良いという結果でした。

まとめと感想

  • 青斑核から神経伝達物質ノルアドレナリンが供給されることにより、人工内耳ラットで、人工内耳からの聴覚信号の学習と処理が加速される。

  • ヒトの人工内耳での音声認識学習が、今回のラットの周波数認識学習と同様の機序であるかは、わからない。

  • ヒトの青斑核を直接刺激するのは、危険そう。青斑核を間接的に刺激する聴覚トレーニングはあるかも。

  • そもそも、青斑核から供給されるノルアドレナリンには、脳の柔軟性(可塑性)を増し、ニューロンネットワークが作られやすくする働きがあり、学習しながらノルアドレナリンが脳の中に出ると、ネットワークがスムーズに作られ、記憶が定着しやすくなるとされている(日本学術会議_おもしろ情報館_学習に大切なポイント(2)主体性)。


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