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最期の願い


 私と同居していた、母方の祖母は入退院を繰り返していました。96歳まで頭もしゃっきりしていましたし、自分で歩くことが出来ていたのです。教養のある人で、私は家族の中で一番気が合うのは祖母でしたよ。長寿でしたが、若いころ重い肺病をしたことがあって、呼吸器系が弱っていたのです。
 私は出来る限りお見舞いに行くことにしておりました。お見舞いに行くと大概、うつらうつらと寝ておりました。せっかく寝ているのに邪魔してはいけないと起こさずに帰ると叱られます。せっかく来てくれたのだから起こしてほしいということです。
 ある日、いつものようにお見舞いに行くと、私が病室に入ったとたん、祖母がガバッと起き上がりました。そして、すごく興奮した口調で私に訴えました。
「こんなところで死んではみっともない。家へ連れて帰ってくれ」
私一人では判断できません、家族に携帯で連絡を取ろうとしましたが、誰一人連絡が取れません。医者に相談しようにも、担当医もいません。看護師さんを呼んでどうしようか相談しました。
 祖母は看護師の腕をつかみ、家で死にたいと何度も訴えたのです。看護師さんが驚いて言いました。
「すごい力。」
 私はすごく悩みました。死期を悟っての行動かもしれませんが、悪い夢を見ただけかもしれません。看護師さんが驚くほどの力があるなら、死ぬことはないようにも思えます。回復して、医師の許可のもとに、退院できるかもしれません。結局、このタイミングで家に連れて帰るのはあきらめました。我が家には受け入れ態勢がないのです。母はもう認知症でした。看護師さんになだめてもらって、私だけ、家に帰りました。
 次の日の朝、祖母は他界しました。
 このことは今でも気にしているところです。私は祖母の最期の願いを聞いてあげることが出来ませんでした。無理にでも連れて帰ってあげた方が良かったかもしれません。
 遺品の中から遺言が見つかりました。認知症の母に代わって、私はその遺言を一言一句忠実に果たしましたよ。
 これが最期の願いということになりませんかねぇ。

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イラスト by 十時朱視


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