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乗車駅証明書

 地元の駅は大乗駅といって、無人駅だった。少年時代、この駅から隣駅の竹原中学校に通ったり、逆方向なら忠海の宮床祭、更にフェリーに乗って大久野島に行ったりしたものだった。

 そのころSuicaは当然あるわけもなく、今では廃業されてしまったが、駅前のストアますむらで切符の委託販売があった。時間があればそこで切符を購入して電車に乗った。無論、駅員が改札に立っていることもない。

 無人駅の利用経験がある方はお分かりのように、多くの場合は切符を買わずに電車に乗ることになるので、乗車駅証明書を発券する機械だけが置かれていた。そこで、特徴的な発券音を響かせて、ドットプリンターでインク薄めの文字で乗車駅が打刻された紙切れが出てくるのである。そして、この紙をもとに降車駅で精算することになる。

 あれから30年。普段使いの駅は首都圏にある大きな大きな駅となった。かつては「東京」という響きにどこか都会的な憧れを抱いた東京駅を、今では何の心の動きもなく使っている。ただの乗り換え駅の一つでしかないのである。

 その東京駅から、京都に向かって新幹線に乗るために、自動券売機で特急券を購入した。新幹線慣れしてない私は、Suicaがあるからという思い込みで特急券だけを購入したら、自動改札を通れない。駅員さんが声をかけてくれた。新幹線ではSuicaは使えない、乗車券を買う必要があるのだという。

 私が手にしている特急券を見た駅員、では、これをお持ちください、そして降車駅で精算をお願いします、と渡されたのが乗車駅証明書だった。30年の月日を超えて、思い出すのが地元大乗駅の懐かしい風景と少年時代。

 たった一枚の紙切れが、こんなにも過去と現在を繋げる存在になっている。何かのきっかけがあれば、こうして、昔と今を比べたり、変化に驚いたりすることができる。それは、今回のように一枚の紙切れかもしれないし、懐かしいアニメや映画かもしれないし、味や匂いかもしれない。

 誰にも過去がある。それは現在に繋がっている。では、それよりさらに先の未来には、どのような存在が、今とを結びつけてくれるのだろうか。それは予想もつかないが、少なくとも、今この瞬間を大切に過ごしていくこと、そうして、それが無意識に挟みこんだ栞のような存在になり、突然の索引として思い出されることになるのだろう。

 きっと、この先の未来に思い出す現在も、今回と同じように、とても心地よい瞬間になるに違いない。

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