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ベトナムの歴史を知れば国民を知る事ができるPart2

国民の理解は歴史の理解から第2段・・・いよいよ第2次世界大戦以降のベトナムの歴史をいつもの「ザックリ」とまとめてみました。

≪1.前回のおさらい≫


133年前くらい(日本がちょんまげ切ってまもなく)1回目のフランス軍の統治が始まった。日本は第二次世界大戦の時にドイツがフランス北部占領したことをいいことにベトナムへ進駐。1944年には日本の進駐(※1)の原因もあって200万人のベトナム人が亡くなったお話をしました。
この飢餓が原因でフランス植民地からの解放軍を自称していた日本軍への信用は失われベトミン(※2)の勢力が伸長するきっかけとなった。
(※1)日本のベトナム進駐のことを「仏印進駐」っていいます。
仏(フランス領)印(インドシナ)仏領印度支那 進駐
(※2)ベトミン(正式名:ベトナム独立同盟会)ベトナムの独立運動組織 ホーチミンが首席となった。


≪2.第2次世界大戦以降≫ 1945年~


日本が8月14日に玉音放送とともに降伏を宣言
1945年8月14日から15日にインドシナ共産党の全国大会が全人民に決起を呼びかけた。大会は全会一致で総決起に賛成、ベトナム民族解放委員会を設立し、ホーチ・ミンを首席に選出した。

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≪3.ベトミンによる「8月革命」≫


1945年8月17日ベトミンが総蜂起してベトナム帝国(阮朝)を倒した革命。当時の皇帝:バオダイは8月30日に退位。
1945年9月2日に臨時政府を代表しホーチミンがベトナム民主共和国の宣言を国内外へ宣言した。(これはベトナム国民にとってとっても大切な日)

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≪4.南北分断時代 インドシナ戦争≫1946~1954


1945年9月にホーチミンがベトナム民主共和国の宣言をしたもののフランスはそれを認めず再び植民地化を開始、1946年12月 第一次インドシナ戦争が勃発。

フランス 対 ホーチミン (ベトナム民主共和国)

Q:なんでフランスはホーチミン(ベトナム民主共和国)を認めないの?

A:そうなんです。ホーチミン氏の思想が共産主義だったからです。実は第2次世界大戦で弱っていたフランスを支援していたのは他でもない「アメリカ」。ソ連をはじめとする共産主義国家が増えること、同盟を結ぶ事を危惧していたからなんです。

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≪5.インドシナ戦争 2≫


開戦当初、フランスは優勢に進軍を行い、ハノイ、サイゴンなど主要都市を占拠。
ベトミン軍は農村地帯に追いやられゲリラ戦で対抗するしかなくなりました。
当時のベトミン軍を指導していたのはインドシナ共産党(※3)。

(※3)インドシナ共産党(ベトナム・ラオス・カンボジア で活動する共産党・・・実態はベトナムは指導)・・・ソ連・中国が支援

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≪6.ディエンビエンフーの戦い≫

ディエンビエンフーとは、ハノイの町の名前にもありますが、これは後に紹介する小さな街をリスペクトしたもの。
ハノイから飛行機で1時間、バスでは11時間程度かかるラオス国境近くベトナム北西部に位置する場所。

フランス軍はこの場所に巨大な基地を作ります。(約1万6千人駐留)

なぜこの小さな街に基地を?先ほど言いましたがラオスの国境近くという事でベトミン軍の物資補給路だったんですね。この補給路を絶ちベトミン狩りをしようとフランスは画策します。

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これにベトミン軍の対抗は・・・・
フランス軍ディエンビエンフー基地の包囲作戦をとります。

4万人のベトミン軍 VS 1万6千人のフランス軍

ベトミン軍はフランスの航空基地を周辺の山から囲み大砲を打ち込み滑走路を穴だらけにします。これにより飛行機は着陸できない状況になってしまいます。

また、ベトナムが得意の「地下通路」(穴掘り)です。この地下通路を基地近くまで張り巡らせフランス軍を襲撃しました。

フランスはこの戦いにより食料供給も断たれ餓死者を含む2,200人の戦死者、ベトミン軍は8000人近い戦死者を出しました。

このディエンビエンフーの戦いでフランスは降伏し1万人に及ぶ捕虜となります。

この一戦がジュネーブ和平会談の行方に大きく影響を与え7月21日のジュネーブ協定締結とインドシナ半島からのフランスの全面撤退へとつながりました。

この戦い興味深い方もいらっしゃると思いますのでWiki貼っときます。
https://bit.ly/2zaabO3

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≪7.まとめ≫
今回はどのようにベトナムがフランスに勝ったかがなんとなくわかっていただけたのではないでしょうか。
なんかこの戦い、日本のあれに似てますね。
織田信長VS今川義元 の桶狭間の戦い。まさに「ランチェスター戦略」ですね。
なんか書いていて興奮してしまい、ザックリじゃないですね、今回は。
僕は個人的に昔からこのディエンビエンフーの戦いが強いベトナムを象徴しているなぁなんて思ってました。
ベトナム人に聞いてもこの戦いはかなり誇りに感じているそうです。

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≪8.いつものざっくり覚える≫


1945年8月「8月革命」ベトミンの総蜂起により旧ベトナム帝国を倒すという革命が起こります。
1945年9月2日ベトナム民主共和国の制定とホーチミン首席の誕生
共産主義だから認めなーい!という資本主義国(特にアメリカ)の影響もありフランス軍が再度ベトナムを占領開始しインドシナ戦争勃発。
1954年ディエンビエンフーの戦いに敗れたフランス軍はジュネーブ協定によりベトナムから全面撤退を余儀なくされた。

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≪9.次回予告≫
次回はいよいよベトナム戦争(45年前)に突入します!「正義とは何か!」「メディアが終わらせた戦い」「ピューリッツアー賞」ベトナムの歴史は戦争の歴史ですね。

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