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ABC工事区分|設計初心者と出店を考えるオーナーに向けた、経験に基づくTIPS紹介

この話題について、「ABC工事区分」で検索すると、解説ページが山のように出てくるので、今さら自分が書くことはないかなと思いました。

しかし、自分が設計者として経験してきたことを振り返れば、設計初心者が気をつけておくべきことの要点を効率よく伝えられるかなと思ったので記しておきます。

事業主の方も知っておいた方が良いだろう情報もありますので、是非お読みください。お忙しい方は目次の「B工事は高い?」に飛んでいただければと思います。


ABC工事区分の基本

色々記事があるとはいえ、まずは大前提だけは書いておく必要があるでしょう。
ABC工事区分とは、ビルオーナーとテナントが存在する建物において、テナント入居時に、以下に挙げる工事が発生することを言います。

・オーナーが自己負担かつ自分で工事業者を手配する工事
・テナントが自己負担で、オーナーが指定した工事業者に依頼する工事
・テナントが自己負担で、テナントが指定した工事業者に依頼する工事

3つ並べましたが、これらを上から順に「A工事」「B工事」「C工事」と呼称します。表にまとめると以下のようになります。

B工事の列を青文字にしたのには意味があります。

普段新築建物を設計している人、あるいは一戸建て建物のリノベーションを設計している人は、自分とクライアントそしてそのどちらかが指定する工事業者以外に、工事に関わる人が存在することがありません。

それはこの表でいうと「C工事」のみを手掛けていることになります。

しかしB工事が発生するとなると、自分(とクライアント)以外が指定する工事業者が強制的にプロジェクトに参加することになり、また費用もこちらで支払うことになります。

そして工事においてもビルオーナー指定の業者とテナントサイドが同時に工事に入るため、文字にするだけでもややこしそうに思います。

このような利害関係が入り混じり、調整が必要な工事がB工事なのです。
なので、設計者は工事区分が存在するテナント設計をする場合は、このB工事を重点管理する必要があります

なぜ工事内容をABCに分ける必要があるか

「利害関係が入り混じって調整が大変ならば、そんなことしなくて良いのではないか?」と思われることもあるでしょう。工事区分なんか作らなくて良いやんかと。

しかし、自分がビルのオーナーになってみると、この区分の必要性がわかります。以下の例は工事区分が存在しなかった場合のお話です。

あなたは都心にテナント区画を複数有する賃貸ビルを建設しました。
テナント区画はスケルトン渡しにしており、その状態で建築確認や消防検査をパスできるように、消防設備(感知機やスプリンクラー、誘導灯など)の設置を躯体工事を担当したゼネコンに依頼し、完了しています。
各種検査を無事パスし、あとはテナントに入ってもらって家賃をいただき経営スタートです。

このようにビルオーナーがテナント貸しの準備を整え、テナント募集をかけたところ、飲食店や物販店の応募があり、テナント工事がスタート、するとどうなるか。

テナントの工事が始まってすぐにトラブルが発生した。
火災報知器と連動させていた防火扉を、テナントの設計の都合で撤去したのだ。これでは建築基準法から逸脱し、違法建築物になってしまう。
他にもある。スプリンクラーの配置が適当になっていて、火災時に必要なエリアに散水できるようになっていない。1年に1度の消防検査があるが次回これが発覚すると営業停止して設備をやりかえなければならない。
まだまだある。オープン後、飲食店の下階にある物販店から「水が漏れている」と連絡があった。確認するとどうやら厨房区画内に、配線用の穴を勝手に空けていたようだ。。

工事区分を定めなかったオーナーのトホホなつぶやき

こんな具合になります。
要するに工事区分がないと、ビルオーナーが建てた各種法規ならびに機能を充足した建物の状態を他者が勝手に改変できてしまうのです。

そこで、ビル側が用意した設備などを機能を適切に保持したまま、テナント工事ができるようにビルの工事内容をよく知っている、工事を担当した会社(もしくは後程委託された会社)が一部の工事を担当する仕組みができたという訳です。

B工事は高い?

工事区分の存在意義は理解できたかと思います。
工事区分が存在するのは主に、大型商業施設(複合ビルやショッピングモールなど)やオフィスビルです。

零細企業が入居するような雑居ビルでは、工事区分があったりなかったりします。

いずれの場合も、設計に関わるときはいの一番に「工事区分はありますか?」と聞くことを忘れないようにしましょう。(聞かなくても提示される場合がほとんどではありますが)

このように工事区分が存在する建物では、クライアントがビル側から指定された業者で工事をするB工事が必ず発生します。

ここでよく話題に出るのが工事コストに関する話題です。
「B工事は高い」というものです。

B工事は一般的な工事と比較すると確かに高いです。
それは以下のような要素があるからです。

  1. 1社指定業者なので競争する必要がなく、値段設定が固定される。

  2. テナント工事によって改変される各種設備などの情報を、最新のものに書き換えて保管するための作業が必要である。

  3. テナント工事によって検討が必要な各種法令への対応を担当する。

  4. 担当会社はビルを建設した大手建設業者になることが多い。つまり組織が大きいので必要経費が多くかかりその分が費用にかかってくる。

様々な要素があり結果割高に思える工事金額出てくる訳ですが、費用が下がる場合もあります。3例挙げます。


1.設備の改変が少ない設計にした場合

B工事の大半は各種設備に関する内容です。
防災設備の増移設や、電気容量や回路の改変、空調換気設備あるいは給排水設備の増強などなど。

設計者としては、クライアントが入居する際に、すでに用意されたこれら設備の状況をしっかり把握しておく必要があります。

そうしておけば、どのような設計をすればB工事費用を抑えられるかがわかるからです。
例えばスプリンクラー配置の変更を少なくするための間仕切り壁の位置であるとか、厨房に使用するガス容量や電気容量について、既設のものから増やさないように計画する、といったことが可能になります。

とはいえ、クライアントや我々デザイナーが表現したい空間が必ずしも既設の設備や機能と合致するとは限りません。
B工事をいかに少なくするかを最上位のお題にした空間デザインが良いものになろうはずもないので、そこはコストとやりたいことのバランスを考えて設計するほかないでしょう。


2.ビルオーナー側から「出店してほしい」と頼まれている場合

こちらは設計者にできることではありませんが、話として存在するので紹介します。

ビルオーナーは、自分が所有するビルの集客力をいかに上げるかに腐心しています。当然ですね。
雨後の筍のように都心に林立するビルでは、いかに他と差別化し集客できるかによって、賃料を長きにわたり得られるかどうかが決まります。

「○○が日本初出店!」
といった謳い文句を耳にしたことがあるのではないでしょうか?
これが差別化の一例です。

この時、ビルオーナーはこのテナントに「出店してほしい」と依頼をしている訳です。
出店者側は請われて出店する訳ですが、例えば「最近どこどこに店舗を増やしたばかりでお金がない」といった状況だと出店は考えにくいでしょう。
そこで、ビル側は工事費の一部を負担するであるとか、賃料を数ヶ月無しにするフリーレントを設定するなどして、出店しやすい状況をつくり、それを交渉材料にする訳です。

こうしてB工事金額が下がる場合がありますが、有力・有名なお店でないとなかなかこのような条件では出店できないでしょう。


3.ビル側の初期条件がテナント誘致に適していない、など

少しテクニカルな話です。

過去に担当したあるテナント区画が「元々はオフィスフロアとして設計されていたのだが、のちにテナントフロアに変更されて」いました。

工事区分を確認していると「B工事にて床面には防音シートを全面敷設すること」という内容に目につきました。

下階のオフィスフロアに、商業テナント階から発生する音を伝達させないための施策でしょう。これは理解できます。

しかし「ちょっ、待てよ。」と、とある往年のアイドルのように声が出ました。(往年って言ったら怒られるのかしら)

オフィスフロアをより賃料の取れるテナントフロアに改変するのはビルオーナーの勝手だけど、そのために必要最低限の機能である防音を、出店者に負担させるのはちょっとおかしくないかい?と思った訳です。
しかも、工事費がより高くなるB工事で。

そこで僕はクライアントに事情を説明し、クライアントも「確かに、ちょっとおかしいと感じますね」とおっしゃったので、一緒にビルのリーシング担当者に工事区分の変更を申し入れをしました。

しかも、工事費が安くなるという理由でC工事に変更する、のではなく、そもそもビルがやっておくべき内容であるからA工事にして欲しい、というものでした。

その後、紆余曲折あり簡単ではなかったですが、結果的に防音工事はA工事にしてもらうことができ、少なくない額面の工事費を削減することができました。

このように、前提条件はいつでも正しいと思わずに、おかしいなと思うことがあれば交渉するというマインドをもつようにすれば、クライアントの利益をより守ることができるでしょう。

いつもお願いしている工事業者さんに担当してもらえない場合がある

仕組みや金額の話をしてきましたが、出店にあたって、クライアントにも設計者にも関係のある注意点に話を移します。

章のタイトル通り、工事区分のあるビルへ出店する際、クライアントや設計者が懇意にしている工事会社に工事を依頼できない場合があります。

これは大型の商業施設に多いのですが、先に挙げた工事区分表のC工事の列で「工事会社の指定」もビルオーナー側になる場合の話です。

大型の商業施設では多くの工事会社が出入りすることになるため、搬入経路や物流の交通整理、工事の安全管理といった様々な懸念事項が発生します。

そこで、ビルオーナーはC工事を担当する会社をあらかじめ選定し、事前に館内規則をしっかりと伝達し守ってもらうことで、工事時の混乱を抑え、スムーズに事が運ぶようにしているのです。

この施策の結果が「C工事業者の指定」となり、いつもお願いしている工事会社に依頼できないことつながります。

なお、このケースでも、C工事指定会社の下請けとして懇意にしている業者さんを指名し工事を担当してもらうことができる場合があります。

ただし、それ相応の審査があるため100%可能と言うわけではありません。
また、下元請け会社に管理料を支払う必要があるので、コストはより高くなります。

B工事とC工事の「つなぎめ」を重点管理するべし


最後に、設計に関する話題を少し。
工事業者が2社、同じ現場に同時に入るため、設計者には監理するべき事項が増えます。

それは、B工事とC工事の「つなぎめ」の監理です。

経験値を積んでいかないとなかなか理解できない内容ですが、ひとつ具体的な例を挙げて説明します。まずは表を見てください。

工事区分の一例:ダクト・フード消火設備

左の枠はテナント区画外、右の枠はテナント区画内を示しています。
また、青線がB工事で赤線がC工事です。

赤線で描かれているのは、厨房器具(火が出てますね)とその上の換気用のフードです。これをC工事でつくります。
よく見ると、そのフードの中に青線で何やら器具が設置されています。
これは調理時に火災が発生した時に消火液を噴出するためのヘッドです。

C工事でつくるものの中に、B工事で設置するものがある。
しかも作る会社も工事の手配も別々です。

この時、両者に対して「フードのこの位置に消火用のヘッドがつくので、コレコレの寸法の穴を開けておいてください」といった指示をしておかないと、フードが届いたあと、B工事業者がヘッドをつけにきたけど「穴がない、、」みたいな状況になってしまうことになり、工事の段取りが狂ってしまい、最悪納期が遅れてしまうことにもなりかねません。

これがB工事とC工事の「つなぎめ」です。
この話以外にも電気や弱電、給排水、空調など様々な「つなぎめ」が存在します。
これらはビル側から提示される内装工事区分表にしっかりと明記されているので、初心者設計者の皆さんは、この表を穴があくまで確認するようにして、工事がスムーズに進むように心がけましょう。

非常に長くなりました。以上になります。
ABC工事区分の話題が出てくる、初心者デザイナーの奮闘記noteも是非ご覧ください。


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