小室直樹著「日本人のための経済原論」が面白かった


1.はじめに

 私は理学部卒業で経済学を勉強したことがなかったのですが、大人になって全く知らないのも問題かなと考え、いつか勉強してみようと思っていました。
時間ができたので本屋で立ち読みして、小室直樹著「日本人のための経済原論」にたどり着きました。

2.本の目次と面白かったとこ

 下記のまとめは素人の勝手な解釈が入っています。何か違うなとか、気になった点があれば原著を読まれることをお勧めします。目次以外は正しくないと思ってください。

第Ⅰ部 資本主義言論

第1章 経済には法則がある

〇 経済学を理解するためには、資本主義市場を理解する必要がある。
〇 市場には法則があり、人の意志でコントロールできない。
〇 市場の法則の第一は「淘汰」である。

人の意思でコントロールできないなら学ぶ必要ないなと思ったのですが、自然法則も別に人がコントロールしているわけではなく、法則を利用しているだけということを思い出しました。
人の営みなのにコントロールできないというこのよくわからない感触が私を経済学から遠ざけていたものだと思いました。

第2章 経済理論は非現実的ではない

〇 資本主義経済では「需給で価格が決まる」が、前代資本主義ではそれ以外の人間関係等も作用して価格が決まる。
〇 完全競争の成立条件について。

完全競争の条件は完全には成立していないなと思いますが、昔に比べれば成立しつつあるのではないかと感じました。
また当時出始めの情報ネットワークの影響について言及しており、やはり先見性がある人だと思いました。ベンチャー等が寡占企業を倒すということも書いてありましたが、そのベンチャーが寡占企業になって独占を始めているのが現在かなとも思いました。
資本主義の負の側面としてバブルや独占について適宜触れていますが、現在はこの影響が強くなりすぎているようにも感じました。

第3章 資本主義的所有は「絶対」である

〇 資本主義的所有と占有について

所有と占有は法律でも出てきますが似て非なるものです。資本主義的所有は絶対的で「煮てくおうと焼いて食おうと自由」といったものとのことです。
これは「全て神の所有物であり、自由にできる」という思考から派生しているという考えは非常に面白く、共感できました。

第4章 資本主義を知ろうとしたら「予定説」を学べ

〇 予定説についてと各宗教との比較

予定説というものが私からすると非常に難しい考え方であることが分かりました。どうしても因果の方向で考えてしまうためです。
神が憐れんだものは信仰するようになるというのも、私からすると逆転の発想のように思え、咄嗟にすることはできない考え方だなと思いました。

第5章 資本主義は何処にも存在し得るのか

〇 前期的資本は品物とお金さえ流通していればよいため封建社会でも成立。前期的資本の利潤は偶発的・投機的であり、法も規範もない。
〇 資本主義の利潤は必然的に生産過程から生まれ、合理的かつ倫理的。
〇 資本主義ぶった前期的資本が溢れている

マルクスの言う搾取も合法的ではあるという点は確かにそうだなと思いました。

第6章 日本の資本主義を検証する

〇 資本主義の生まれる条件
〇 日本経済を封建制、資本主義、社会主義との混雑経済と考えている
〇 利潤の正当化について

利潤の正当化に対する各宗教の考え方は面白かったです。キリスト教の「全ての個人が利益追求という悪徳を行うと、神の見えざる手によって経済全体として最大多数の最大幸福という美徳が達成される」という解釈は中々な解釈だなと思いました。集団で生きる動物が大きな利潤を得た際に、それを正当化するために暴力以外のロジックを持ってくることの難しさを感じました。

第7章 腐朽官僚制を無くさずして日本は変わらない

〇 官僚主導の経済システムについて
〇 日本の共同体について

日本人として会社で働いて感じていた違和感の正体のようなものを歴史的な視点から感じることができ面白かったです。日本の共同体としてあった村落が戦後に連帯を消失し、技能集団である企業を共同体としたというのは腑に落ちた説明でした。

第Ⅱ部 経済原論

序章 日本経済は何故身動きとれないのか

〇 日本の行政及び官僚の問題点
〇 平成の不況は消費の落ち込みによる

Y(国民総生産=国民総所得)=C(消費)+I(投資)=有効需要 という説明から入り、平成不況のメカニズムや予測の力が弱いエリートの問題点について言及しています。

第1章 現在経済を見る眼

〇 不況のメカニズム
〇 スパイラル(CとYは双方とも原因であり結果である)について

インフレと消費不況による不況のメカニズムについて説明してあり、勉強になりました。賃金と物価の好循環と言っていますが難しそうなので、消費拡大による景気回復のほうがいいのではと思いました。

第2章 スパイラルの実施例

〇 無限の予想連鎖、ケインズの美人投票について
〇 デフレ・スパイラル、複合不況、金融・景気スパイラルについて

様々なスパイラルについて説明があり、分かりやすかったです。様々な現象が円循環のようにつながっているので、強調したいところを切り出して解釈するリスクがあるなと感じました。

第3章 需要と供給が織りなすミクロの世界

〇 需給均衡と価格について

品不足が価格上昇につながり、品余りが価格低下につながる点について数学的解釈が入ってきました。理系としては面白くなってきた部分です。

第4章 マクロの世界の相互連関メカニズム

〇 ミクロ経済の変数とマクロ経済の変数
〇 乗数理論
〇 限界消費性向

一番面白い章でした。無限等比級数の和がこんなところに使われるとは思っておらず衝撃を受けました。経済学部の人は数学Ⅲまではやったほうがいいと思いました。
また限界消費性向と乗数効果を考えると、人々が安心して消費してくれるということが経済にとって最も大きいインパクトがあると思いました。

第5章 三大経済学者のポイント

〇 スミス、マルクス、ケインズ
〇 古典派 vs ケインズ

面白かったのはマルクスの「資本主義において失業は必ず発生」という理論が正しいと仮定すると、対偶も正しくなり「失業をなくすには資本主義をなくす」が成立しますが、それでも「資本主義をなくせば失業はなくなる」とは言えないという点です。数学Ⅰの論理と集合をやらないとわかりづらいなと思いました。
間違っているかもしれませんが以下のように考えられると思います。
P「資本主義」=>Q「失業が必ず発生」とみてこれを真とすると、対偶は
Qの否定:[失業がない]⇒Pの否定「資本主義ではない」となり真となります。
この時集合として考えると「資本主義ではない」という集合は「失業がない」よりも大きくなります。つまり「資本主義ではない」条件でありながら「失業している」状況が発生してしまいます。

第6章 日本経済の大きな構造変化

〇 戦後の日本経済の変化について

お金持ち国になったことによって、個人の消費が「生活必需品」から「ある種のぜいたく品」に変化し、資産効果や心理効果が複雑になったり、心理が消費に影響を与えるようになったことがわかりました。
美味しんぼの山岡さんは給料日前にはお金をほとんど残していないくらい消費していたわけですが、最近あまりそういうキャラが描かれないようになり、消費が落ち込んでいっていることを実感しています。(例としては適切ではないかもしれません。。)

第7章 日本は鵺経済だ

〇 封建的地主制を残したまま資本主義がスタートした明治
〇 戦時経済と敗戦後の統制
〇 占領政策

学校だとあまり習わない時代についての話でなるほどなと思いました。預金封鎖、新円切り替え、財産税徴収については知らなかったので、そんなことがあったのかと思いました。

第8章 依法官僚制と家産官僚制の矛盾

〇 官僚制と常備軍(ヨーロッパ、中国、日本について)

同じ名前がついていても文化、歴史が違うとかなり内実の差が出るなと感じました。また「おわりに」には筆者の提言が記載されています。

3.読了後考えたこと

まず本の構成については、よく考えられた構成だなと感じました。そもそも経済学って意味ないんじゃないのかということに対する答えや資本主義とはそもそも何かということに言及してあり、普通の経済学の本とは違い引き込まれました。(ほかの本をちゃんと読んだことないですが。。)
Y=C+I や乗数効果ぐらい押さえておけば、とりあえず経済学のとっかかりくらいは理解できたかなと思います。

「第Ⅰ部 資本主義言論」で考えたこと

 儲けることや儲けている人へのある種の嫌悪やうしろめたさを感じることがありますが、これを正当化する論理に辿り着くうえで宗教観に触れている点は本当に勉強になりました。
また日本ってあんまり資本主義ではないよなと感じていたので、そこに言及されていてすっきりしました。ゴルバチョフも「世界で唯一成功した社会主義の国は日本」と言ったとか言わないとかあるように、他の国から見たらよりそう映るだろうなと思っていました。
今も政府が旗振り役になって半導体を進めようとしていますが、民間が主導になっていつの間にか半導体が復活していたというものが資本主義だと思います。
また戦後に企業を共同体としてしまった点も共感できました。
企業を共同体とした瞬間、日本人特有の封建制が発動し、資本主義の淘汰が働かなくなるということを実感したことがあります。
やはり別の共同体を作るべきで、私は「大学」や「老人ホーム」が軸になり得るのではないかと考えています。

「第Ⅱ部 経済原論」で考えたこと

経済学といえばここからを指すと思いますが、無限等比数列の和や論理と集合の実用例をここに見るとは思っていませんでした。
非常に面白かったですし、乗数効果における消費の重要性は大変勉強になりました。
限界消費性向を上げるためには将来への懸念点を減らすことが大切なのではないかと素人ながら思いました。
また行政や様々なところで、法ではなく裁量が働いている(人によって扱いの結果が異なる)点について触れていますが、これは本当に日本では強く働いていると思います。
同じ給料のサラリーマンでAさんにしか頼めないとかはすごく資本主義じゃないなと感じます。
また著者は官僚制について批判していますが、これはある意味で最も大事な部分で何とか立ち直ってほしいという期待からだろうなと感じました。

最後の提案の部分は形だけ採用され、いくつか新聞で見たような気がします。ですがそもそも精神が大切で制度だけ引き入れても形骸化してしまうものなんだと思います。
もしかしたら日本人が無理なく納得し、実際に機能するような日本の資本主義が必要なのかもしれません。

いろいろ書きましたが、様々な分野を複合的に学べる古くて新しい面白い本でした。結構厚いので少しずつメモを取りながら読んでいくことをお勧めします。

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