きのこ帝国『クロノスタシス』から見る心地よい「噛み合わなさ」
最近よくきのこ帝国の『クロノスタシス』を聞いている。
曲の不思議な雰囲気に惹かれているけれど、歌詞を読めば読むほど、その良さの正体が分かってきた。サビの歌詞の噛み合っていないところが絶妙なのだ。
その絶妙さを共有したくてこのnoteを書いている。
この曲、大学生の頃に少し聞いたことがあるとは思っていたのだけれど、2014年の曲だと最近知って、驚いた。大学1年の時じゃん、自分。
確かに、その時聞いて心に刺さったから今でも掘り返して聞いているのかもしれない。
曲はSpotifyとYouTubeなどから聴くことができるので、知らない人は先に聞いてください。
今回紹介する部分の歌詞を引用する。
コンビニエンスストアで
350mlの缶ビール買って
きみと夜の散歩
時計の針は0時を差してる
"クロノスタシス"って知ってる?
知らないときみが言う
時計の針が止まって見える
現象のことだよ
前半部分。非常に丁寧な情景描写というか、フリである。
5W1Hがこんなに少ない行の中に入っている歌詞も珍しいと思う。
Who きみとぼく
When 深夜0時
Where コンビニと、その帰り道
What 夜の散歩
Why 缶ビールを買うため
How ―
コンビニで350mlの缶ビールを買って、二人で夜道を散歩している情景。
それ自体は、創作の中ではよくありそうなエモさで、かつ現実に存在するか分からないようなシチュエーション。
丁寧にひとつひとつ切り取ることで、嫌でも頭の中に情景を共有して世界に引きずり込んできます。
そして後半部分。
ここのクロノスタシスに関するやりとりが、絶妙に噛み合っていない。
まず、"クロノスタシス"って知ってる?という問いかけが、何の前触れもなく唐突すぎて驚く。
何も視覚的な情報が得られないであろう夜道で急に新しい話題を投げかけているのだ。これは、今の状況を体験して頭の中に「クロノスタシス」という言葉が浮かんできただからだろう。
クロノスタシスは歌詞にもある通り、時計の針が止まって見える現象のことだ。しかし、この説明はクロノスタシスの説明としてはちょうど50点だ。
正確に言えば、「時計に目線をやったときに、時計の針が少しの間止まって見えること」である。
クロノスタシスの現象は
・早い視線の移動が必要
・しばらく止まって見えた後は、通常通りに動き出す
という特徴がある。
これらの説明がなく、歌詞の中では、クロノスタシスを知らない、きみに
”時計の針が止まって見える現象のことだよ”
とだけ説明している。
自分から問いかけておいて、半分くらいしか説明してない、この人。
そして、その半分の説明に納得するきみ。
この絶妙な情報の欠如が心地よい噛み合わなさを生んでいると思う。
実は、この会話にはあまり意味がなくて、聞いている方は、クロノスタシスについて、きみに知ってほしいとは思っていないと思う。
答える方も、知らないと答えるし、中途半端な説明でも納得をしている。
実は、息の合っている人との会話はほとんど噛み合っていないのではないのだろうか。
大量の行間を省略できてこその間柄こそが、息があっているということなのではないか。
例えば、このnoteを読んでいるあなたの家族の会話を聞いても、ちゃんと理解できないように、
例えば、私と両親との会話をあなたが理解できないように、
第三者には分からない日本語でのコミュニケーションはたくさんあると思う。
そして、それらは全て、噛み合っていないが通じ合っている。
その噛み合わなさに心地よさを感じるのであれば、その人との間柄は良好なのではないだろうか。
ラジオなども、毎週新しい番組を聴くよりも、毎週同じパーソナリティのラジオを聴くほうが何倍も楽しく感じるだろう。それは、パーソナリティからリスナーへの一方向ではあるが、心地よい噛み合わなさを提供しているからだと思う。
この心地よい噛み合わなさ、のいい例を出してくれるのが、
きのこ帝国の『クロノスタシス』であった。
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