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原遺効果とは【手技道コラムNo.179】(再掲)

2017.9.23掲載


こんにちは、手技道の門田です。

先日の台風は皆様大丈夫だったでしょうか?

実家の高知も結構な風だったようで、
色々な方から「大丈夫ですか?」とお声がけ頂きましたが、
おかげさまで特にひどかった事はなかったみたいです。

心配して頂き、誠にありがとうございます。
今年は、特に天気が不安定なので、皆様もどうぞお気をつけ下さいませ。

さて、今回は「~原遺効果とは~」という事で書かせて頂きたいと思います。


最近手技道では、この「原遺効果」という言葉を意匠登録させて頂きました。
「原遺障害」という言葉は、元々意匠登録させて頂いておりましたので、
久しぶりの手技道独自の言葉です。

「原遺障害」という言葉は、手技道では何度も出てきているので、
お聞きになった方も多いと思います。

簡単に説明すると、

「幼少期に木登りをしていて、途中で誤って木から落ちて、
おしりにある尾骨という骨を強く打ったとします。

その場はとても痛いと思いますが、だんだん痛みが薄れてきて、
1週間ぐらいすると、すっかり痛みはなくなり、
打ったという記憶さえもなくなってしまっています。

その後、20年、30年と時が経ち、普段はなんでもないのだけれども、
疲れてくると頭の後の部分が非常に痛くなってみたり、
集中力が続かずにいつもボーっとしてしまうという症状が現れてきます。

この頭痛や頭の症状を改善するために病院で色々な検査をしても、
正常ですと言われてしまい、原因が分からない、

色々な治療法を試してみても、その場は少し良くなるのですが、
結局元の状態に戻ってしまう。」

これを手技道では「原遺障害」と呼んでいます。

実は、この尾骨を打撲すると、尾骨と頭は非常に深い関係があるので、
頭に関連する症状が出やすいのです。

しかし、現代医学では、幼少期の打撲が今の症状に関係している
という考え方がありません。

その為、いくら治療を行っても根本原因である尾骨を
元に戻さないと症状が改善してこないのです。

手技道ではこの「原遺障害」を20以上の種類に分類して、
どこに原因があるのかを追求していくので、
体が元の状態に戻っていくのですね。

対して、「原遺効果」ですが、「原遺効果」の説明をする前に、
仏教用語の「因果倶時」と「因果異時」の説明をさせて下さい。

「因果倶時」とは、「原因と結果は同じ物だよ」という事で、
「因果異時」は「原因があって時間差があって結果がある」という事です。

「因果倶時」は本質であり、「因果異時」はその時々の事象であると
言い換えても良いかもしれません。

手技道では患者さんが来院されて入ってきた時、呼吸や足踏みの状態、
全ての情報を見ています。

そうする事で施術が始まった時点で結果がすでに導かれており、
根本的な回復がされるという事です。

例えば、院長はよく患者さんにこの状態だと、
5年、10年後にこうなるよという話を良くします。

それはみた時点で、その人の状態、将来どうなるか、
その全てが見えるという事です。

しばらく来院がなかった人が、5年、10年経って来られた時に、
ほぼ100%の確率で院長の言った通りの状態になっています。

つまり、今現在の症状を引き起こしている「原遺障害」
という物があるのと同時に、その部分を治療すれば
良くなるという結果も同時にあるというのが
「因果倶時」の考え方になります。
この部分を治療する事によって、
未来にどのような影響があるかという事を考えたのが「原遺効果」です。


こちらも例を出して説明します。

「胸が非常に張っていて、呼吸が浅く、
深い呼吸ができなくなっている方がいたとします。

呼吸が出来なくなると人間は死んでしまうので、
心肺機能の活性の為の施術を行いました。

一回目、二回目、三回目と施術するたびに、
胸の部分の張りがとれる速度が早くなっていきました。

一回目の施術では1ヶ月かからないととれなかった張りが、
二回目では2週間でとれました。
三回目では自分自身での簡単な施術を行うだけでとれるようになりました。」

これが「原遺効果」があるために起こる事です。

今までの治療の全てを自分の筋膜が記憶装置として覚えていて、
それが学習して、その状態に戻そうとする力が自分に備わったから、
起こる事なのです。

つまり、今日の治療はその日楽になるだけでなく、
その後死ぬまで、自分自身の体が元に戻そうという力を発揮する事ができる
という効果があるという事です。

これを教えてくれたのは、院長の旧来の友人の方で、
患者として手技道に通ってくれていた経験も踏まえて、
この事をお伝えしてくれました。

先日のセミナーでも、最後に特別講演として、お話をして頂きました。
心からお礼を申し上げます。

その方はもう一つ大事な事も教えて下さいました。

私達手技道スタッフは、例えば患者さんが腰が痛いと来院されて、
施術を行うと腰の痛みは改善されたけど、肩が痛くなってきたと言われる方に、
出来る限りの時間で肩の施術も行おうとします。

しかし、院長はあまりそれはしないのです。

なぜなら、その方の組織や細胞がせっかく元に戻そうとして
起こしている事なのに、それを止めてしまう事、
言い換えれば戻そうとする環境を阻害してしまう可能性があるからです。

痛みがあるから、体は元に戻そうとして色々な事をしているけれど、
私達が施術を行う事で、体が「ああ、自分でやらなくても良いんだ」
という形になってしまうのですね。

それは「施術家のエゴだよ」とその方はおっしゃっていました。

日本人には元々、平家物語の冒頭に歌われるように、
一瞬一瞬に全てがあり、静と動、健康と病、生と死等、
全ての物は両義性を備えている事を知っていました。

それが無常観につながり、止められないからこそ、
一瞬一瞬をすごく大事にしていました。

一時も無駄に出来ないという事を言うのは
簡単そうにみえますが、
その実は本当に難しいことなんだなと改めて感じました。

長々とお読み頂き、ありがとうございました。

今回はここまで。

ではまた。


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