春の匂い。

 ふとした暖かさに、切なさを覚える。少しだけ甘い香りがして、私は遠い昔の事をつい昨日の様に感じる。

 今日の関東地方は、日中はもちろん日が暮れてからも気温は下がらず、二月とは思えない春の陽気を感じた。あたりに漂う空気から、春の匂いを感じ取ることが出来た。
 私は春が好きだ。暖かくて、どこかのんびりとしていて、子供たちが元気にはしゃぎながら公園で遊び、草花が少しずつ緑を見せ始める。今日の陽気には、その予感がした。

 でも、一方で私は春になると、どことなく寂しい気持ちにもなる。それはきっと、春は別れが先に来るからだ。入学式や新学期、新生活が始まる前に、卒業式があり、新生活に向けた引っ越しがある。それまで過ごした仲間たちと離れ離れになり、住み慣れた土地から未知の場所へと旅立つ。春は出会いと別れの季節と言うが、いつも先に来るのは別れなんだ。
 それを物心ついてから二十年程繰り返していけば、必然的に春は寂しい季節になる。もちろん、その別れが今生の別れとなるわけではない。大人になった今でも、当時の友人らと集まり酒を飲み、近況報告や昔の話や、くだらない雑談に花を咲かせることもある。
 それでも、あの頃確かに存在した、中学生や高校生だった私たちはもういない。一人の大人になって、あくせく働いて、家庭を持って、夢を諦め、もしくはしがみつきながら今を生きて、かつての私たちは遠い過去に行ってしまった。
 春の匂いは、日常ではすっかり忘れてしまったあの頃を思い出させ、私たちは、それにつられてつい振り向いてしまう。

 それでもきっと、もっと気温が上がって、すっかり春の陽気に包まれたら、私の心はうきうきとしてくるのだろう。そうして、さくらの花びらの散り行く姿を見てまた寂寥感を覚え、夏がきて、秋と冬を過ごして、一年が回る。
 来年には、今より少しだけ増えてしまった別れを思い出しながら、春の匂いに包まれる。
 そうして私はまた一つ、大人になっていく。

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