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人類救済学園 第玖話「許されざる者との死闘」 ⅰ

前回

ⅰ.

『ふふ、ははは……』

 中宮の笑いが木霊する。倒れていた櫻の上半身が起き上がり、アミュレットから浮かび上がった中宮の像と、重なり合っていく。

 櫻は巨大な矛を手にしていた。その身を覆うのは書の鎧だった。櫻と重なりあう中宮は、長衣をまとっている。重なりあうその姿は、不気味でグロテスクだった。

 鳳凰丸は駆け、戦鎚を振りかざし、叫ぶ!

「何をしている! 保健委員長ッ!」

 唐突な事態に、九頭龍滝神峯は腰を抜かして尻餅をついていた。ハッ、とその顔をあげる。

「そうだ、ボクが阿修羅ちゃんを……!」

 同時。

 鳳凰丸の戦鎚が煌めきを放った。初手から、容赦などしない。一撃で終わらせる。鳳凰丸は、その技の名を叫んだ!

 緋 色 戦 閃 !

 闇のなかを緋色の閃光が駆け抜ける。鳳凰丸は迅雷と化し、そして、見た。

 恍惚とした笑みを浮かべた中宮は、鳳凰丸を受けいれるように手を広げていく。そして櫻の肉体が分身のように連続した残影をともない、左右へと分裂。

 左に、嘲笑う中宮。
 右にも、嘲笑う中宮。
 真ん中。恍惚とした中宮。

 出現した三体の中宮。鳳凰丸は委細構わず、閃光のなかで戦鎚を振り抜いていた。『ふふ。その技は……』右手の中宮は言った。

『見切っています』

 残影をともない、滑るように鳳凰丸とすれ違う。すれ違い様、矛の柄を鳳凰丸の足へと振り抜く。

「あ……!?」

 足をとられ、鳳凰丸の視界が回転する。そのあごに『ふふ……』左手の中宮が矛の石鎚を打ち抜く。

「ああ……!」

 脳が揺れる。緋色の閃光は焼失。鳳凰丸は、もんどりうって倒れた。その鳳凰丸の上を真ん中の中宮がまたぎ、通り抜ける。

『言ったはずですよ。キミは、生まれたばかりのかわいい気の毒な雛鳥だ、とね。わたしにとっては、文字通り赤子の手をひねるようなものです……』

「う……うう……」

 朦朧としながら、鳳凰丸は身を起こそうとし……そして倒れた。

『無駄。当分、キミは立てない』

「く……そ……」

 鳳凰丸は床に這いつくばり、かすんだ目で見た。分裂した二体の中宮が神峯を取り囲み、

「うわ~、やめろー!」

 叫ぶ神峯を、何度も何度も、石鎚で打ちすえている。

『ふふふ。保健委員長の能力はなにかと便利……退学させずに残してあげましょう』

 中宮は視線を移す。

『さて……』

 その視線は阿修羅、そして救世へ。ふたりは床に倒れたまま、微動だにしていない。しかし、いまだ退学をしていないことだけは明らかだった。中宮は憎々しげに顔をしかめる。

『しぶとい……まるで虫だ! この害虫どもが』

 中宮はあごに指を当て、思案した。

『ふふ。まあいい。やはり、まずはあなたから始末しよう』

 そう言って、救世のもとへと歩いていく。歩きながら、中宮は得意気に鳳凰丸を一瞥した。

『ああ、わたしのかわいい鳳凰丸。キミはなぜわたしが……図書委員長が、図書館の外に出られないのかを知っていますか?』

 鳳凰丸はうめき、立ちあがろうとして、再び倒れた。中宮はその様子に気づきながら、表情すら変えずに続ける。

『図書館とは禁忌の塊……。ふふふ。過去の人類の遺産。そして何万年にも渡る学園の歴史。それらを司る図書委員長は、必然的に禁忌の知に触れる……。故に、図書館から出ることを学園から禁じられ、牢獄のような図書館のなかで、学園生活を閉じるのです……』

 その声音には、どこか自嘲の響きがあった。

『でも……何万年もの歴史のなかには、時に超絶の才が現れる。いまを遡ること二千年前! 学園の秘密を、自力で解明したひとりの天才が現れたのです。彼女の名は六波羅蜜弁財(ろくはらみつ・べんざい)! そして彼女は、その秘密を一冊の書物へとまとめあげた……』

 救世の落とした本を拾い上げる。

『それが、これです』

 倒れ伏す救世を見つめる。

『まさかあなたがこれを持っていたとはね……。思えばあなたは、闇に紛れるセコい技がお得意でした。あなたであれば、図書館から盗みだすことも容易だったのでしょう……盲点でした』

 中宮は楽しげにくすくすと笑った。

『おかげで、極楽真如は盗難の責任をとれ、だとか言いだした。やつはわたしを退学させようとしたんですよ? ふふふ。もちろん、我が権能を駆使して対抗しましたがね』

 そして足をあげ……救世を踏みにじった。

『先ほどは笑えましたよ? 俺は真実を知りました~、学園を滅ぼします~、だって? ふ、ふふふ! ……バァーカ! なんたる低能か! 信じがたいほど愚かな知能! この書に書かれていることを地獄だと理解した、あなたの無能さにはほとほと呆れ果てる』

 中宮の表情が変わる。顔を歪ませ、瞳孔を開き、憎々しげに……救世を踏む。何度も、何度も。

『そうじゃあねえんだよ、バカッ! このバカッ! これは福音なんだ。この理論によってわたしは救われたんだ……! 記憶を伴い、何度も何度も学園に入学し続けることが可能になった……』

 そして一転、恍惚とした笑みを浮かべ、呟く。

『ふふふ……わたしは、永劫回帰の中にある……』

 鳳凰丸は、うめいた。

「なん……だっ……て……」

『ふふふ。安心なさい、鳳凰丸。すべてのカタがついたら、わたしが手取り足取り、すべてを教えてあげましょう……。幸い、今は教師だっていない……あなたとわたし。ふたりで無限のなかを生きていく……』

 そして救世を見下ろし、歪んだ笑みを浮かべた。

『さあ、副会長。退学の時間ですよ』

 鳳凰丸は歯を食いしばり、立ち上がろうとする。

「やめろ……」

 中宮は矛を振り上げ……振り下ろす!

「やめろぉーッ!」

『…………?』

 振り下ろされようとしたその手が……突如、止まった。中宮は訝しげに櫻の腕を見た。その腕には絡みついている。鋼鉄のような、禍々しい……無数の、荊のツルが。

『…………!』

 その荊が伸び来たる向こうから。

「オイオイオイ……」

 美しくも野蛮な、ドスのきいた声が響いてくる。鳳凰丸はうめく。

「き、みは……」

 闇の向こうからゆっくりと、その少女は現れた。少女がまとうのは、野蛮と気品。そして、鮮血のような真っ赤なセーラー服。少女は女王と呼ぶにふさわしい、畏怖すべき迫力を放っている。

 少女はイラ立ちを隠そうともしない。その美しい口の端を歪めて、重く、低い声音で言った。

「なんなんだよ、この状況はよォ……」

 少女はこめかみに血管を浮かべている。少女はすでに爆発寸前だった。少女は今まさに、キレようとしていた。

 少女は……美化委員長、鏡鹿苑は、カッと目を見開き叫んだ!

「なんなんだこの状況はァ……なぁオイ! 説明してみせろや、平等院鳳凰丸ッ!」

ⅱに続く

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