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最終話「不屈のハガネ(後編)」 #死闘ジュクゴニア

目次】【キャラクター名鑑【総集編目次】
前回
 ミヤビは剣をかざし、静かに告げる。
「終わりだ、ハンカール」
 その見つめる先。ハンカールの首には突き刺さっている。それは美しく煌めく白銀の……

 一本の矢!

 ハンカールは呻いた。
「な……ぜ……だ……な……ぜ……」
 今まさに、戦場の趨勢が変わろうとしている。
 ここから、反撃の狼煙が上がっていくッ!

「フォル……なにをしている……フォル……わたしを……助けろ……ッ!」

 呻くハンカールの背後で、屍山血河のフォルは胡坐をかき、頬杖をついていた。ニヤニヤと薄気味の悪い笑みがハンカールを見つめている。

「フォル……ッ!」

 ……その、彼方!

「!?」

 異変を感じ、ゴウマは振り返った。「ハンカールさんッ!?」

 同時! 「ははは……駄目じゃないかぁ、ハンカぁール」

 ミリシャはその顔を歪ませて嗤う。

「お前は、わたしが苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ苦しめて殺すって……」

 その手を振り下ろす!

「そう言っただろうがァッ、ボケカスッ!」

 大気が揺れた。直後、律動する真・創世の種が下降を始める。世界五分前創造仮説の聖歌とともに、繰り返される鼓動が、世界を揺さぶっている。

 鳴動し、大地へと迫る巨大な心臓のごとき赤き血の繭玉! それは、紛れもない破滅の光景だった。

 だが……ゴウマは震えていた。その光景すら目に入らずに。ゴウマには血を吐くハンカールと、その敵……ミヤビしか見えていない。泣き出しそうな表情を浮かべ、ゴウマは絶叫した!

「お前……お前……ェッ! ハンカールさんに……僕のハンカールさんに! 何をしているッ!」

 その瞬間、爆発的な輝きが放たれた。凄まじい輝きが空を覆い、飲み込まんばかりに光を放ち、ハンカールのもとへと飛んだ!

 その輝きとすれ違うように……

「うぉぉぉぉぉぉおぉッ!」

 不撓不屈の翼を羽ばたかせ、ハガネが真・創世の種に激突する!

「俺が……! 押し返す……ッ!」
「えええ……ヤバい、ヤバいってこれ!?」

 その背に掴まる、カガリの声は裏返っていた。「あぁ、そうだな……!」ハガネは決死の表情を浮かべ、頷く。

「だから……だから止めなきゃならない。俺たちがこれを止める……止めなきゃ、駄目なんだッ!」

 その瞳から不屈の炎が噴き上がる! 不撓不屈の翼が、より輝きを増していく!

 一方! 空に苛烈な六色の輝きがたなびいている! ゴウマはハンカールの元へと迫っていく!

「ゴウマ……駄目だ……来てはならん……」

 ハンカールは呻いていた。しかしその呻きも、今のゴウマには届かない。

「ハンカールさんッ!」ゴウマは超常的な輝きを迸らせた。輝きが巨大な掌を形作っていく! 「ハンカールさんは……僕がッ!」巨大な手を振り上げ……

 しかし、その時!

「グラァッ! グラグラグラァーッ!」
「!?」

 咆哮とともに、鉄塊のごとき質量がゴウマへと飛び込んだ! 「なッ!?」

 鉄塊は……銅頭鉄額のアイアーンは、丸めていた体を広げてゴウマに衝突! 「グラァッ!」組みつく! その表情は獰猛に笑っている!

「グララララァッ! ここが勝負どころよォ……我が人生、一世一代の大勝負よォッ!」

「お前……お前ェ! 邪魔を……するなァッ!」

 ゴウマは猛り、その絶対の輝きを放った。瞬間、空が光に染まる。「グラァーッ!」吹き飛ばされるアイアーン!

 ゴウマはその巨大な手をアイアーンへとかざした。「グラァ?」アイアーンの体が輝きに包まれ、宙に静止する。

「死ね」ゴウマはその手を閉じた。「グラァァァ!?」アイアーンの体が、不自然に捩じれて潰れ……血飛沫を上げた! 「ゴミクズがッ!」

 巨大な手は開かれた。捻れたまま、アイアーンは無惨に落ちていく。「グラァ……」だが……その顔に浮かぶもの……それは、壮絶な笑みだった!

「フン……相変わらず。無駄に頑丈なやつだ……」
「!?」

 女の声。それとともに、巨大な剣の嵐がゴウマを襲う!

「なんだよ……」ゴウマは焦り、怒りを募らせた。「なんなんだよ……!」頭を掻きむしる! そしてゴウマは気づく。己の背後から伸びる影。ゴウマは振り返る……そして、見た!

 屹立する巨大剣。その上に、女はゴウマを見下ろすように立っていた。女は腕を組み、超常の存在と化したゴウマを……その超常の存在すらも見下すように、冷たい眼差しで睥睨している!

「なんなんだよお前……! なんなんだよお前ら……」ゴウマは掻きむしる手を止め、絶叫した!

「邪魔をするな……! 僕とハンカールさんの……邪魔をするなァーッ!」

 爆発的な輝きが放たれ、次々と巨大剣の群れが粉砕されていく! 女は……剣山刀樹のミツルギは、輝く爆風に巻き込まれた。

 ……その瞬間……静止したような刹那の中で、ゴウマはミツルギの言葉を聞いた。「バカめ……我々は時間稼ぎだ」「な……?」

 ミツルギは冷たく笑った。「お前、死んだぞ」そして、吹き飛んでいく!

「え……ッ!?」その瞬間、ゴウマに走った感覚……それは戦慄だった。ゴウマは反射的に直下のジンヤ断片を見た。そこには渦巻いていた……異常な力が……苛烈なまでに巨大な、あまりにも巨大な、あり得ざる力が渦巻いていた!

 ジンヤ断片の直上。黄金に輝く少年は、盲いた瞳を上空に向けながら問うていた。

『この方角で……良いのだな』
「ふッ……信じろ。俺の計算は完璧だ」

 神機妙算のジニは涼しく笑った。

 黄金に輝く少年……バガンは今、悲しみと虚しさとで満たされていた。しかし……それでも果たさなければならない。己の拠り所としてきたものに、己が信じてきたものに、己が忠誠を捧げてきたものに、その矜持に、己が今まで生きてきた全てに、敗北に、今この時に……すべてに、区切りを、決着をつけなければならない!

 バガンは両の手を挙げる。そこに己の全力を……最強の力のすべてを注ぎ込んだ。ジニが静かに時を告げる。「5、4、3……」

『陛下……これがあなたへの……手向けです』

「2、1……今だ」

 バガンは咆哮した!

『我はバガン! 我こそはすべてを超えし者! ジュクゴニア帝国大元帥! 最強のバガンであるッ!』

 その力が解き放たれる。それはジュクゴで形成された、黄金に輝く槍であった。それはすべてを破壊する力。それはすべてを打ち砕く力。それはすべてを滅ぼす力。それはありとあらゆる存在を凌駕する超越者ですら、いとも容易く消し去る力! それはまさに極限の概念、その体現! それは真に最強の力である! 

 その黄金に輝くジュクゴ……それこそは!

宇 宙 開 闢 以 来
最 大 最 強 !!

 
 槍はすさまじい輝きを放ちながら、一直線にゴウマへと飛んでいく! ゴウマは……立ちすくんでいた。立ちすくんでしまった。力に圧倒され、その輝きにただ見入ってしまった。

「ああ……あ……あ……!」

 黄金のジュクゴが迫る! ゴウマはすがるように呟いていた。

「ハンカールさん……ハンカールさん……ッ! 助けて……助けてよッ……!」

 その瞬間、凄まじい閃光が戦場を包んだ。ハンカールの造り出した結界をも突き破り、ゴウマは高く高く打ち上げられていく。「うああッハンカールさんッ!」ゴウマは叫んだ。そして超高高度まで打ちあがり……「あぁッ……そんな……ッ!」爆散した。

 その円環に繋ぎ止められていた六つの輝きが、世界へと、四方へと散らばるように飛んでいく。

「ゴウマ……ゴウマ……ッ!」

 ハンカールは血を滴らせながら、呆然と呟いた。その前に立つミヤビの背後。荒れ狂う花びらと粉雪が、輝けるジュクゴを宙に刻み込んでいる。そのジュクゴ、それこそは……

射 影 公 準 !

 
「フン……」

 ミヤビはハンカールを見据えて告げた。

「よくも今まで、多くの人間を謀(たばか)ってきたものだな」
「なん……だと……」
「予見の力……己の力をそう称して、貴様は多くの人間を欺いてきた」
「ッ…………!」

 ハンカールは呻いた。

「私は常々疑問に思っていた……完全な未来視など、本当に可能なのか、とな。因果に干渉できるジュクゴなど、いくらでも存在する。だから貴様が見ているものが、確定された未来などと言えようはずもない。すべては不確定に満ちているはずだ……。にもかかわらず、貴様は常に未来を見透かしてきた。そして、あらゆるジュクゴ使いを上回り続けた。常に、確実に、いつでも、だ」
「…………」
「そんなことはあり得ない。あり得るはずがない……だから私は理解したのだ。貴様は未来を見ているのではない。貴様の力は予見などではない。己の望む未来を好きなように選び取っている。ただそれだけなのだと」

「…………!」

 ハンカールの顔が、奇妙に歪んだ。ミヤビは剣を突きつける。

「未来はあらゆる可能性を持ち……故に、世界は無限に分岐している。その無限に連なる多世界の中で、貴様はただ一人、己の望む世界へ……己の望む未来へとシフトをし続けてきた。それが貴様の摩訶不思議……予見の正体だ。そうだろう、ハンカールッ!」

 ハンカールは喘いだ。

「なぜだ……なぜわたしの未来が……なぜ書き換わった……!」

「フン……知れたこと。種さえわかればどうということはない。無限に分岐する未来を、ただ一点へと収束させればよい。だから……過去の私は弓を引き、矢を放ったのだ。貴様の認知の外から……貴様が知ることのできない過去の私が、貴様と対峙する因果収束の結節点へと向けて矢を放った。世界の分岐を一点に収束させる、一矢を報いたのだ!」

「ふふふふ……それがこの、射影公準のジュクゴ、というわけか……」

 ハンカールは血を吐きながら、それでもなお笑った。

「ふふふ……見事……見事だミヤビ……」

 次の瞬間、壮絶に顔を歪ませ、その目を見開く!

「しかしッ! まだだッ! まだ……わたしさえ生き残れば! わたしだけがいれば! 何度でも……何度でもジュクゴニア帝国は復活する……復活させてみせるッ!」

 その両手から極光のごとき輝きが拡がり、ミヤビを包み込んでいく!

「死ね、ミヤビッ! 死ねッ!」

 ミヤビは静かに笑みを浮かべた。

「遅い……だが、よくぞ間に合わせてくれた」
「……?」

 その瞬間、ハンカールは己の身に何が起きたのかを理解できなかった。ただ感じたのは、一陣の風が通り抜けたことだけだった。そして、宙に舞う己の両腕を見て……はじめて、事態を理解した。

 それは超スピードの一撃だった。

「わたしは……」

 血飛沫を上げ、くるくると舞う己の両腕を見ながら、ハンカールは絶叫した。

「わたしはァッッ!」

「すまねェ、ミヤビ様。ギリギリセーフ……ってやつだなッ!」

 花びらの平原に男が着地する。その男の右腕には強大なるジュクゴが刻まれている……それは疾風怒濤! 疾風怒濤のフウガ!

「ミヤビ……様……ッ!」そしてフウガの背には女が……鼻梁を跨ぐように輝く、四字のジュクゴを持つ女が背負われていた。そのジュクゴは永久凍土。永久凍土のツンドラ!

 ツンドラはその手をハンカールへと向けてかざしている。永久凍土のジュクゴ……物体を静止させる力。その力が今、ハンカールの自由を奪い取っていた。

「ぐ……あァ……そんな……そんな……」
「卑劣、とは言わさんぞ。ハンカール」

 ミヤビは静かに剣を構える。

「これこそが我が力。ジュクゴだけに囚われた貴様には、得ることのできなかった私の力だ」

「なぜ………なぜだ……」ハンカールは確定され、動かすことのできない己の未来を見た。「こんな未来が……こんな未来は……ッ!」その未来の像と、現在のミヤビの姿が重なり合っていく。

 ミヤビの瞳は静かに、その狼狽する姿を捉えている。

「私は今こそ……貴様を超えるぞ、ハンカールッ!」

 跳躍! 花びらと粉雪が荒々しく宙を舞った。剣を上段に構えたミヤビがハンカールへと迫る。その剣に重なるように、四字のジュクゴが描かれていく。それは……

一 刀 両 断 !

 
「あぁ……滅ぶ……滅んでしまう……」剣が迫る様を見ながら、ハンカールは絶望した。「わたしのフシトの世界が……滅んでしまうッ!」

 その体を剣閃が通り過ぎていく──

「滅びなどしない……貴様がいようがいまいが関係ない。この世界は、続いていく」

 着地したミヤビの背後で、真っ二つに切断されたハンカールが……

「…………」

 声にならぬ叫びをあげ、花びらと化して散った。風が吹きぬけていく。ハンカールだった花びらは、寂しく戦場の彼方へと散っていく。

 ひゅぅっ、とフウガが囃し立てるように口笛を吹いた。「ミヤビ……様……」ツンドラの目には涙が浮かんでいる。

「ぐふッ、ぐふはッ……やるじゃねェかヨ、クソミヤビィ……」

 ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべたまま、フォルは立ち上がった。ぱんぱんと尻についた花びらをはたく。ミヤビへと歩を進め、フォルとミヤビの視線が交わり……フォルは、拳でミヤビの胸を軽く叩いた。

「ま、今日のところは見逃してやるぜェ……ぐはッ」

 鍔迫り合いの最中、ミヤビが密かに放った言葉……「わたしはハンカールを倒せる。貴様を自由にすることができる」それを聞いてフォルは……手を抜いた。彼女は実感していた。今まさに、長きに渡るハンカールの軛(くびき)から解放されたのだと。「ぐふはッ……清々しい気分だぜ……」

「フン」

 ミヤビは鼻を鳴らし、上空を見た。

「ハガネ……ッ!」

 ハンカールの造り上げた結界が、まるで剥がれ落ちる鱗のように崩壊していく。高高度を飛んでいた調布の荒野、そしてジンヤの断片が、緩やかな下降を始めた──

 その、上空!

「う……ッ……オォォォォォッ……!」

 ハガネは吠えた! ハガネは決死だった。全力を尽くし、真・創世の種を押し返していく! 翼が燃え上がり、その瞳からは火花が散って……だが!

「うぎゃあ!? ダメだこいつ、ビクともしないじゃんッ!」

 カガリが叫ぶ。不気味な律動。その律動とともに、真・創世の種から赤い波涛が放たれ、戦場を覆っていく。世界五分前創造仮説の聖歌が狂ったように轟いている。そして、その巨大な血の繭玉は、容赦のない下降を続けている。

 破滅の時が、近づいていた。

「あぁ……ハンカール。やっぱりお前は、ただの口先クソ野郎だったね……」

 ミリシャは口角を吊り上げ、嗤うように唸っていた。

「ハンカールの口先野郎口先野郎口先口先口先口先口先だけのゲッス野郎ッ……! わたしがさァ、苦しめる前にさァ、勝手に死ぬとかさァ、あり得ないだろゥがよ……クソボケクズがぁッ!」

 ミリシャは焦点の合わぬ瞳を虚空に漂わせた。
 
「……まぁ、いいさ。ははは。気持ちを切り替えていこうじゃないか。新しい世界だ。そうだ、新しい世界だ! 新しい世界は……こうしよう。ハンカールを復活させて、ハンカールを苦しめ続ける。ただそれだけの世界。ははは……いいね! それに飽きたら、また新しい世界を造ろう。そしてもっともっとハンカールを苦しめていこう……ははは! それがいい! そうしよう!」

 ハガネは渾身の力を振り絞り、絶叫した。

「う……うぉぉぉぉぉおッ!」

 しかし、破滅の下降は止まらない。

「おい……おいおい……ッ!」

 巨大剣の背の上。造反有理のリオは、両腕を天空へと向けて伸ばしている。その目は血走り、こめかみには血管が浮かび……そこから血が噴き出している!

「はッ! これでもダメなのか……? これでも届かねぇのか?」

 その左目の下に刻まれた、造反有理の四字が強烈な輝きを放っていた。

「これが俺の造反有理……抗う力を与える俺の、全力だッ! これでも届かねェのかよ……届けよ……届かせろよ……届かせてみせろよッ!」

 リオは目を見開いた!

「やってみせろよオイッ、不屈の小僧ッ!」

 その横で……ゲンコは静かに、しかし、確信をもって言い切った。

「大丈夫です」

 ゲンコはまっすぐに、輝く翼だけを見つめている。

「絶対に、大丈夫」

「ミヤビ……様……ッ!」
「ははッ……こりゃもう、人類全員、一巻の終わり……ッて感じじゃねェのか!?」

 巨大な血の繭玉が天空を覆いつくしている。そしてそれは、不気味な律動とともに大地へと迫りつつある。フウガはミヤビを見た。

「なぁおい、これでいいんですかぃ!」
「なにがだ」

 ミヤビは無表情に応えた。花びらの平原に剣を突き立て、両手は剣の柄に置かれている。そしてその眼差しは……ただ上空、輝ける翼だけを見つめていた。

「この状況で見守るだけなんて……あんたらしくもねェよ」「フン」

 ミヤビはフウガを横目で見た。そして再び、輝く翼へと視線を移した。

「貴様は、何もわかっていないな」
「…………?」

 フウガは眉根を寄せた。

「何も問題はない」

 ミヤビは力強く言い切った。

「なぜなら! 私が認めた男は! 私がともに戦った男は! 私が決着をつけるべき男はッ!」


そう、奴は……不屈ッ!

 

 ドクンドクン、ドクンドクン……!

 真・創世の種の律動が増していく。立て続けに、赤い波涛が世界を洗うように襲っていく。世界五分前創造仮説の聖歌が、狂ったように轟いている!

「うああああ……どーすんだこれ、どーすんだよこれッ!」

 頭を抱え、呻くカガリにハガネは告げた。

「カガリ……」
「んんー!?」
「……続きだ。続きをするんだ」
「んんー!? って、なんの!? それ、今する話!?」
「そうだ……今する話だ」

 カガリは……背後から、ハガネの顔を覗き込んだ。ハガネはまっすぐに、ただ上だけを見つめている。

「続きってなんの……?」

 ハガネは、静かに応えた。

「憶えているか……お前と俺が出会って、そして共に戦ったあの時の約束を」
「あ……!?」
「その、続きだ」

 カガリの脳裏に光景が浮かんでいく──ハガネとの出会い。劫火の中に立つハガネの凛とした姿。劫火でも燃えない男! それは鮮烈だった。その時の嬉しい気持ちが蘇ってくる。よくわからないけど、とにかくその出会いが嬉しかった。いつまでも二人で劫火に包まれていたいと願った。そして、戦いに協力する──代わりに、願いの続きをやると約束をした。約束の瞬間、今までになかった感情が湧きあがってきて……。

「憶えてる。憶えてるよ! 忘れるはずないじゃん! でも……」

 カガリは困惑したように眉を落とした。

「なぁ……」

 弱弱しく声をあげる。

「もう一度聞くけど……本当にいいのか? アタシなんかを信じちゃって、本当にいいのか……?」

 ハガネはただ、上だけを見つめている。

「わからない」
「エ゛ッ……」
「でも……」

 ハガネは覗きこむカガリに顔を向けた。ハガネの鼻と、カガリの鼻先がぶつかり合う。「あ」カガリは呟く。ハガネの瞳が、カガリの瞳をまっすぐに見つめている。

「こうして、俺とお前は二人で戦っている。それが俺の……今のすべてだ」

 カガリはハガネの瞳を……その瞳に輝く不屈の二字を見つめた。時が停まったような、永遠の一瞬を感じた。

「そうだろ、お前も」

 カガリは一瞬、目を丸くして……「へへ……」その表情に……「へへへ……あはは!」力が漲ってくる!

 カガリは拳を振り上げた! 「いよッしゃァッ!」その体から、劫火の火炎が吹き上がった!

「じゃあさ、じゃあさあ! 盛大にドカーンと一発、ヤッちゃうけど!?」

 ハガネは頷く。

「あぁッ、遠慮はいらない。全力で、来いッ!」

 二人は同時に顔を上げた。その表情は……燃えている!

「俺たち二人の、全力を賭けるんだッ!」

「なんだ……?」

 ミリシャは首を傾げた。真・創世の種を降ろしていく手ごたえが変わっていく。「なんだ……?」ミリシャは眉根を寄せる。真・創世の種の降下が……止まる! 「なんだ!?」ミリシャは顔色を変えた。真・創世の種が揺れている。そして……!

「なんだとッ!?」

 真・創世の種が膨張し、ひび割れた! そこから、幾筋もの光が迸っていく! 「バカなッ!?」

 直後、空を水平に貫くように、凄まじい閃光が炸裂した! 青とオレンジ色が入り混じった輝きが、空を染めあげていく!

 そして……真・創世の種は、壮絶に爆散した!

「バカなァーーッ!?」

 青い劫火。オレンジ色の不屈の炎。その二つの炎が幾筋も渦を巻き、竜のように荒れ狂っている。その中心。青い炎に包まれ、オレンジ色に輝く翼を持つ少年。その少年と、その背に背負われた女の瞳が、ミリシャを鋭く射抜いている。

「ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるな……ふざけるなよ、お子さまドモがァッ!」

「ふざけてなんかいない……」

 ハガネは拳を前へと突き出す! 「俺は、取り戻しに来た」その体から迸る火炎が弧を描き、空へと広がっていく。ミリシャは呻いた。

「なんだ……なんだこれは……!」

 ハガネの瞳。不屈の二字が鮮烈に輝く。カガリの両拳。劫火の二字が燃え上がっている。二人を包む炎が、そこから飛び交う火花が、空に強大なジュクゴを描き出していく。

「俺たちは長い間、奪われ続けてきた……」

 不撓不屈の右翼……オレンジ色に輝く「不撓」に重なり合うように、青い炎が新たなる翼を──巨大な翼を形作っていく。それは……

百 折 不 撓 !

 
「俺たちはずっと、それを取り戻すことすらできなかった……」

 そして左翼、「不屈」に重なり合うように形作られたもの、それは……

不 屈 不 絆 !

 
 頭上、翻る右翼は「百折不撓」!
 唸る左翼は「不屈不絆」!
 そして肩に燃え上がるは「不撓不屈」の両翼!

 巨大な四枚の翼が、燃え上がり、唸りを上げ、そして、閃光を放っていく! ミリシャの顔を強烈な輝きが照らし出す。ミリシャは顔の前に両腕をかざし、輝きに目を背けながら呻いた!

「なんだ……! なんだこの光は……なんだこの力はッ!」

 ハガネは万感の想いを込めて拳を握る。

 長い闘いの日々。それは、永遠に続くような死闘の日々だった。出会いがあった。別れがあった。悲しみがあった。多くの人が死んでいった。多くの人が大切なものを失った。苦しみがあった。しかし……時には温もりもあった。笑いあう、優しい時間もあった。

 そして、その傍に常にいた人を……常にいてくれた母のような、姉のような、憧れの人を……その姿を、思い浮かべた。

「俺は今、奪われていったものを、失ったものを……」

 ハガネは目を見開く!

「そのすべてを、取り戻すッ!」

 その瞳。輝く不屈の二字が、炎となって燃え上がった!

「カガリィッ!」
「おうッ!」

 カガリの手から放たれた青い炎が、青い輝きの螺旋を描いていく! それは大空に、ミリシャへと続く螺旋の道を描き出していく! その螺旋の中をハガネは飛んだ。ミリシャへと向けて、憧れの人を取り戻すために!

「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーッ!!」

 青い螺旋の輝きの中に、灼熱の軌跡が刻まれていく!

「なぜだ……」

 ミリシャは呻いていた。その眼前に迫る力……それは極限の力……不屈の概念そのもの!

「なぜだ……それなのに、なぜ」

 ミリシャは絶叫した!

「なぜ、お前は飲み込まれない……なぜそうやって、正気を保っていられるッ!?」ハガネは拳を振り絞り、振り上げる! 「それは俺が……」その拳が劫火と不屈の炎に包まれていく!

「不屈! 不屈のハガネだからだッ!」

 
 その瞬間、世界は閃光に包まれた。

 ゆっくりと調布の荒野が下降していく。
 地鳴り、そして振動。
 荒野は、元の位置へと戻っていた。

 夜が明けようとしていた。朝焼けに、青と、オレンジ色の極光のような煌めきがかかっている。

 眩い光の下では、死闘を終えた戦士たちが、それぞれの道を歩み始めようとしていた。

 調布の荒野、北。

「おい、起きろ。間抜けめ」

 襤褸をまとった女は、大地に伏せる男の巨体を激しく蹴り上げた。

「グルグル……グラァ!?」

 男の上半身がバネ仕掛けのように跳ね上がる。剣山刀樹のミツルギが男を……銅頭鉄額のアイアーンを見下ろしている。アイアーンは世界を包む、眩い輝きに目をすぼめた。

「グラァ……これは……」
「フン。すべてが終わった、ということだ」
「つまり……!」
「つまりは……我々も世界も、ひとまずは安泰ということだ。ひとまずは……な」

 ミツルギはアイアーンの巨体を軽々と担ぎ上げた。

「グラァ……!?」
「フン……」

 ミツルギは鼻を鳴らす。

「貴様はどうせ、ろくに動けんのだろう。近くの街までは送ってやる」
「グラァ……」

 アイアーンは困惑したように呟いた。

「お前……そんな奴だったか……?」
「黙れ」

 調布の荒野、東。

 眩い光の中、巨大な青龍偃月刀を肩に担ぎ、頭からすっぽりとマントで覆った女……屍山血河のフォルが進んでいく。

「あーん?」

 フォルは目を細めて彼方を見た。長い黒髪をなびかせて、上空を見つめる少女がいた。まるで物思いにふけるかのように、少女はただ、揺らめく輝きだけを見つめている。

「あれは……必殺のガキ、だよなァ……? ぐふはッ」

 フォルは笑い、青龍偃月刀を構えた。

「ぐははッ……ちょうどいい。せっかくの自由だ……せいぜい楽しく生きてみようじゃねェか。なァおい、小娘ェ。俺を楽しませろよォ、ぐふァ!」

 調布の荒野、南。

「おい、俺の兄弟はどうなった?」

 造反有理のリオの問いに、神機妙算のジニは肩をすぼめ、首を振った。

「あぁ、そうかよ……まぁ、しゃあねェな」

 リオは眩し気に上空を見上げる。

「不屈の小僧……ハガネって言ったか。はッ、まったく大した野郎だぜ……!」

 リオは歩き出す。ジニもその後ろに従っていく。

「小僧とは話をしてみてェ気もするが……ま、やめとこう。なんせ、これから来るのは大乱世……俺の時代ッ! だからよォ」

 リオは不敵な笑みを浮かべた。

「次に会う時は敵、だろうからなァッ! ははッ!」

 調布の荒野、上空。

 麗しい雅楽の音が奏でられ、花びらと粉雪が舞い……そして……ミヤビは、高らかに笑っていた!

「フ……ハハハ……ハハハハハッ!」

 フウガとツンドラが、怪訝そうに顔を見合わせている。

「それでこそ……それでこそだ、ハガネ!」

 ミヤビは剣の柄を強く握りしめた。その体に高揚感が漲っていく。「ハガネ……」嵐のように激しく、花びらが、粉雪が吹き荒れていく。

「ついに来たぞ。貴様との決着をつける時が……ハハハハッ! そうだろう、ハガネッ!」

 調布の荒野、西。

「さぁ、行きましょう」

 ゲンコはステラに肩を貸しながら、ゴンタの手を引いた。「ゲンコねぇちゃん……」ゴンタはほとんど泣き出しそうだった。その顔を見つめて、ふふ、とゲンコは微笑む。

「だから言ったでしょ、大丈夫だって」

 ゲンコは上空を見上げる。輝きの中を、下降していく一筋の光が見えた。ゲンコは笑った。

「ほら。家族を迎えに、行かなくっちゃ」

 輝きの中を、落ちていく。

 長い夢を見ていた。

 怨念と絶望にまみれた、一人の女の悪夢を。純粋で、ナイーブで、少し正義感の強かった女の、血濡られた世界の悪夢を──。

 退廃し、鬱屈した世界。そんな世界を、女はジュクゴの奇跡によって救えるのだと思っていた。しかしその素朴な願いは、人の分際を遥かに超えたもの。

 だから女は……力に飲み込まれ、すべての歯車が狂っていき……結局、人類すべてを巻き込んだ、壮絶な悲劇だけが残された。

(あぁ……)

 体から、女の血と呪詛にまみれた力が、煙のように離れていく。その煙は青とオレンジ色の輝きの中に、すぅっと綺麗に溶け込んでいく。

 あの女はこれで救われたのだろうか……救われたのであればいいが……うっすらと、そんなことを想ったりもする。

 柔らかい光に包まれている。体が、ゆっくりと下降していく。

 結局のところ、あの女はどこかで「私」に似ていたのだろう……などとも想う。望みを絶たれ、大切なものを失い、世界に絶望し……抗い続けた。同じだ。「私」と同じだ。

 女の呪詛は、どこかで「私」のものでもあった。女の抱く絶望は、胸を締めつけ続ける「私」の悲しみにも似ていた。だから……だからこそ、自分が選ばれたのかもしれない。なんだか、そんな気もしてくる。

(でも……)
 
 ライは……電光石火のライは、上空から、ライを追うように飛来する光を見た。

(わたしには……)

 ライは微かに笑みを浮かべ、上空へと手を伸ばした。

「世話を……かけたな」

 その手を、少年が優しく握りしめる。

「おかえりなさい」

 輝きの中、少年は……不屈のハガネは微笑んでいた。

「おかえりなさい、ライさん」

【次回、エピローグ「修羅のジョウド」】

きっと励みになります。