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第69話「母と娘」 #死闘ジュクゴニア

目次】【キャラクター名鑑【総集編目次】
前回
「見ていてくれ、ムサイさん! 今、俺は……貴方の力で!」

 ジンヤの上で、それを見つめ、冷たく佇む男がいた。ハンカール。ハンカールは冷然と呟く。

「……滅びの時です、陛下」

 己を圧倒した輝きの中で、フシトは断末魔の叫びをあげた。無限に連なるハガネの拳が迫っている! 「バカなッ! バカなぁーーッ!」ハガネの咆哮が轟く! 「俺の、俺たちの力が! 今こそお前を……ジュクゴニア帝国を!」 その瞳から、涙のように不屈の炎が爆ぜた! 「叩き潰すッ!」唸りをあげる無限の拳が、フシトの体を怒涛のごとく貫いたッ!

「ムサイさんッ! みんな……ッ! 俺は……俺はッ!」

 無限の拳が吹き荒れる! 怒涛の拳が現人神を叩きのめすッ!

「あぁぁぁあ! 余は……余はぁッ!」

 フシトは爆散した!

 壮絶なる輝きが四散し、世界を閃光が包んでいく。人々は空を見上げ、口々に声をあげた。「これは……」その見つめる先に浮かぶもの……それは、光の曼陀羅であった。人々は見た。輝きの中に浮かんでは消える、この世界の成り立ち……創世の歴史を。

 人々は理解した。この世界の頂点には、想像を絶する存在が君臨していたのだということを。そして悟った。今まさに、その超越者が敗れ去ったのだということを!

「俺は、俺たちは……勝ったの……か……?」

 ハガネは力尽き、夢を見るように落ちていく。輝きの中に、走馬灯のようにいくつもの笑顔が見えた。笑いあう皆の姿が……家族のような仲間たちの姿が見えた。それは暖かくて、もう二度とは戻ってこない……過ぎ去っていった日々だった。

「ムサイさん……ライさん……ゲンコ……ゴンタ……みんな……!」

 ハガネは無我夢中で叫んでいた。

「やったぞ……俺は……やったぞ!」

 光が、消えていく。 

「あはは……さすがはハガネ……あたしの見込んだ男! ほんとにやってくれちゃった!」

 ピエリッタがガッツポーズを決めた。その傍らで「フンッ」と超新星爆発のグェイサが鼻を鳴らす。輝きが消え、あらわになった夜空を貫くように、流星のような煌めきがジンヤへと落ちていく。ハンカールは静かに呟いた。「……陛下」その視線の先に、爆散したフシトの上半身が落ち、無惨にごろりと転がった。

 ハガネを抱えたミヤビが、フシトを追うように降り立つ。「見事だったぞ……ハガネ」ミヤビはフシトの亡骸を見た。そして何かを想うように目を瞑り……再び開いた。「まだ、終わりではない……!」その見つめる先にはハンカール、そしてピエリッタ。びょうと音をたて、その周囲に花びらと粉雪が舞った。

「ふふ……」ハンカールは振り返り、冷たく笑う。「かくして、役者は揃った……といったところか」

「あーん? やれやれ……宰相閣下様は余裕だよねぇ。でもさぁ……」

 ピエリッタは両手を広げ、天を仰ぎ見た。

「見ろよこれ! どうすんだこれ!」そこには空を埋め尽くす、怪異なる軍団! フシトとハガネたちの戦いに巻き込まれ、大きく数を減らしたものの、その軍勢はいまだ健在であった!

「カカカカカッ!」超新星爆発のグェイサが獰猛に笑う。空を埋め尽くすジュクゴ使いたちもまた、グツグツと笑っている。「フフフフフ……」その胸元に煌めく粒子を収束させながら妖艶に笑うのは、荷電粒子砲のカノン。熱的死のサマルデがその暗黒の身体をゆらゆらと揺らしている。ピエリッタはハンカールを、そしてミヤビを指さした。

「即死! いいかてめぇらッ! こっちがその気になれば、てめぇらは即死!」

「ハガネ」ミヤビはハガネを床に降ろす。「ミ……ヤビ……」ハガネは立ち上がろうとしてよろめき、膝をついた。「お前はフシトを倒した。だが、まだ何も終わってはいない」ミヤビは背を向けてハガネの前に立った。「……少し、休んでおけ」そう言い捨て、ミヤビは剣を構える。「こうやって貴様の前に立つのは……今回だけだ」

「ふふ……」ハンカールはピエリッタを見て冷たく笑った。「虚構の娘。わたしにはわかる……お前がやろうとしていること、そのすべてが。せいぜい、頑張ってみるがいい」

「あー……やっぱてめぇはぶっ殺(ころ)だよね」そう吐き捨て、ピエリッタは右手を挙げた。その表情が一変する!

「言っとくけど! どんなに余裕をかまそうがさぁ! フシトがいなくなった今、あたしを止めることなんて、できやしねェんだよーッ!」

 ドンッ! その人差し指と中指の間に挟まれたるは、創世の種! 創世の種は脈動し、その周囲を二字のジュクゴが漂っている。それは……

無 敵 !

「ねぇ……」ピエリッタは力尽きているハガネを見つめて笑みを浮かべた。

「ハガネ。君はフシトを倒して、もうそれだけで終わりなの? 本当に楽しいパーティは、これから、なんだよ?」

 ハガネにとって、それは見覚えのない少女だった。しかし……「お前は……!」

「あ、気がついてくれたんだ? 嬉しいなぁ……そうだよあたし、ピエリッタです。いつもお世話になっております」

 そう言うや否や、ピエリッタは創世の種を高く掲げた! ぺろりと舌を出す。その目はギラついている!

「あはははは……! じゃあさぁ、イクよッ!?」

 その瞬間、無敵の二字が炸裂した! 不気味な律動音とともに、その二字が膨張と縮小を繰り返し、ピエリッタの体を包み込んでいく。その動きに連動するように、ピエリッタの瞳に浮かぶ虚構のジュクゴが、黒霞のように揺らいでいく!

「あはは、キタぞッ! キタッ……あははは……キタキタキターッ!」

 ピエリッタは小刻みに震え、歪んだ笑みとともに叫んだ。その瞳に浮かぶ虚構の二字……その左目の「構」の字の上に、無敵の「無」の字が墨流しのように重なり合っていく! 続いて、黒い雷のような迸りが左目から溢れ出した。それは無敵の「敵」の字である! 瞳の上で重なり合い、溢れ、迸り、明滅するように描かれていく……それは三つのジュクゴであった! それは!

虚 構 !
虚 無 !
無 敵 !

 
 ハンカールは笑った。「ふふ。極限概念……虚無の力を取り戻したか、娘」ピエリッタはなおも叫ぶ!

「まぁだだ! まぁだこれで終わりじゃねぇーッ!」

 ピエリッタは両手を掲げた! その両の手の上に、鼓動のように拍動する血のように赤い力場が出現した。「そんな……!」ハガネは呻いた。その赤い力場の中に、横たわる女の姿が……電光石火のライの姿があった! 「ライさんッ!」赤い脈動とともに、ライは上昇していく! 

「あはは……長かった……ついにこの時が来た……」

 ピエリッタは手を掲げたまま、上昇するライを見上げた。恍惚とした笑みだった。

「お母さま……あたし、頑張ってきたんだよ……たった一人で! ずぅっと貴女のために!」

 ジュクゴ揺らめくその瞳から、涙が溢れだしていた。ピエリッタは思い浮かべていた。崩壊の日。その時、ピエリッタは虚構のジュクゴ使いでは「なかった」。ピエリッタは「虚無」であった。極限概念のひとつ、虚無のジュクゴ使いとして、崩壊の日に……あの創世の日に、地上へと降り立ったのだ。

 ピエリッタは思い出す。虚無の感覚、虚ろへと飲み込まれていく感覚を。幼きピエリッタは飲み込まれようとしていたのだ。己の虚無の力を制御することができずに、その暗黒の中へと。

 しかしその時、ピエリッタの虚ろな瞳の前に、襤褸布のように血濡れた女が現れた。それはミリシャ……世界五分前仮説のミリシャ。

「虚無の力で押しつぶされそうになっていた時……貴女はあたしを救ってくれたよね。暴走する虚無のジュクゴを、貴女の力で虚構の二字に変えてくれて……その時の貴女の言葉、ずぅっと覚えているよ……言ってくれたよね。『これでお前は私に近い力を──虚構の力で仮初の現実を産み出すことができる。これからは、お前は私の娘だ』って!」

 ライの赤い脈動が力を増していく。

「貴女はいろいろなことを教えてくれたよね……この世界の成り立ちも。貴女の力を簒奪して造られた、嘘偽りの、このクソみたいな世界の成り立ちも! そうそう、あれも教えてくれたんだった……ジュクゴ使いを犠牲にして、創世の種を造る方法! あぁ、あの時は楽しかったなぁ……ジュクゴ使いが泣き叫んで、石に変わって……あたし、お母さまと一緒で本当に幸せだったんだよ。一緒にこのクソみたいな世界を造り直すんだって燃えていたんだ。それなのにさぁ……それなのにさぁ! あのクソみたいな瞬間が訪れやがった!」

 ピエリッタは思い浮かべる。三年前。関西、瀬田の唐橋。ジュクゴニア帝国と関西枢軸軍との決戦。関西枢軸軍を率いたミリシャは、バガンとハンカール、そしてフシトに取り囲まれ、三人の力の前に圧倒された。そして……(お母さまーーッ!)ピエリッタの眼前で、その肉体は粉々に打ち砕かれた。

「でもあたしにはわかっていたんだ! 肉体は滅びても貴女は……お母さまの心は、ずぅっとこの世界をさ迷い続けているんだって。だから……だからあたしは、ずぅっと頑張ってきたんだよ!」

 ピエリッタの言葉が不気味な熱を帯びていく!

「いっっぱい、創世の種だって造った! 貴女のためにすごい軍団だって揃えたんだ! 道化のふりをして、陰に陽に頑張ってきて、お母さまを復活させようとしてきたんだ……! それなのにお母さまは……勝手にザーマとかいうやつをけしかけたり、ライに呼びかけたり……あぁ、なんて勝手なお母さま! あたしのやってること、全部台無しになるところだった! すべてをあたしに任せてくれればいいのにさぁ! でもね……そんなお母さまでも大好きだよ。あたし、お母さまを見捨てたりはしなかったんだよ! そしてついに……あはは。その努力が報われる時が、来たんだよ!」

 その両手から暗黒の雷が迸った。「これで最後だ! あはははは!」

「あたしの力で! 虚構と、虚無と、無敵の力で! 新しいお母さまを造るんだ! フシトがいなくなった今! フシトをも超える貴女を! 誰にも負けない、決して負けないお母さまを!」

 ライの体から赤い閃光が弾け、暗黒の雷と交わった。その刹那……世界は祝福の聖歌に包まれた。

 世界五分前……仮説……世界五分前……仮説……世界五分前……仮説……世界五分前……仮説……世界五分前……仮説……世界五分前……仮説……世界五分前……仮説……世界五分前……仮説……

 それは囁くような歌声に始まり、やがて大地を揺るがす、うねりのような歌声へと変わっていった。

 世界五分前……! 仮説……! 世界五分前……! 仮説……! 世界五分前……! 仮説……! 世界五分前……! 仮説……! 世界五分前……! 仮説……! 世界五分前……! 仮説……!

 その祝福に包まれ、ライの肉体はその姿を変えていく。その髪は血のような赤へと。その体は超常の美を体現するかのように。そして、全身から凍えるような輝きを放った。それは、まるで……。

「あはははは……誕生だッ! 新しき世界を造り出す創世の女神が……誰にも決して負けない、お母さまが!」

 その瞬間、祝福の歌声が爆発した。その歌声の中で。それは神々しく、そして放つのは容赦なき輝きだった。それはまさしく女神。その美しき体を、血の色に脈動するジュクゴが螺旋のように取り囲んでいく。

「ライさんッ!」ハガネは立ち上がり、叫んでいた。上空に浮かぶ女は……女神はその瞳を開けた。「ははは……」その口から乾いた笑いが溢れだした。「我が娘よ……よくやってくれた」「お母さま!」

 直後、女神を取り囲むジュクゴが劇的な輝きを放った! それこそは!

世 界 五 分 前
創 造 仮 説 !

 
「バカなッ! 九字の……ジュクゴだと……ッ!」

 ミヤビは驚愕し、目を見開く!

「あはは! そぉーだよぉ! あのフシトをも超える驚天動地の九字のジュクゴだ! 実を言うと、この世界はもうだめです。突然こんなこと言ってごめんね。でも本当です」

 ピエリッタは感極まったように叫んだ。

「これより真の創世が始まるんだ! このクソ溜めのような旧き世界を、すべて滅ぼしてさぁッ!」

 その瞬間、祝福の歌声が荒々しいビートを刻み、世界を揺るがし始めた!

 世界五分前創造仮説……! 世界五分前創造仮説……! 世界五分前創造仮説……! 世界! 五分前! 創造仮説! 世界ッ! 五分前ッ! 創造仮説ッ! 世、界! 五分、前! 創造、仮! 説! 世ッ! 界ッ! 五ッ! 分ッ! 前ッ! 創ッ! 造ッ! 仮ッ! 説……ッ!

「ねぇ……」ピエリッタはハガネに差し伸べるように手を伸ばす。「ハガネ。あたしは気に入っているんだ、君のことをさ。だから……君も連れていってあげようか? 新しい世界に」

 ハガネの表情が……「ふざ……けるな……ッ!」憤怒へと変わった! 「お前は……ライさんを……!」その瞳の不屈が再び輝きを放ち、そこから爆ぜるように火花が散った。「あはは……つれないなぁ」

 ……その時!

「ふふ……」

 それは、場違いなまでに余裕を含んだ笑いだった。

「ふふふふ……ふっ、ふふ……ははははははははは!」

 ハンカール。その右手に刻まれし摩訶不思議の五字が、鈍い輝きを放った。

「フォォルッ!」
「ぐふはぁッ!?」

 眠りから叩き起こされた感覚とともに、フォルは目を開いた。傍らにはハンカール。事態を……飲み込むことができない。「……!」ピエリッタは顔を歪め、突如として出現した女を……死んだはずの女を……屍山血河のフォルを見た。

「ぐは……俺は……俺はやはり死ねなかったのか」

 呆然と呟くフォルに、ハンカールは冷たく微笑んだ。

「ふふ……当然だ。お前には何度でも働いてもらう。わたしのためにね」

 フォルは周囲を見渡す。世界が神々しい歌声に包まれている。こちらを見つめる不気味な少女。その隣にはすさまじきジュクゴ力を放つ男、超新星爆発の五字。少し離れた場所にはミヤビ。その背後にはレジスタンスのガキ。上を見れば、バカバカしいほどのジュクゴ使いが空を埋め尽くしている。そしてその中央。君臨するように、壮絶なる輝きを放つ女がいた。

「ぐふは……ハンカール様ぁ……こんな状況で……なぜ俺を……なんで俺を呼び戻した……」

 戸惑うフォルの頬にそっと手を添えて、ハンカールは言った。

「ふふ……お前に求めることなど決まっている」
「ぐは……?」
「殺せ」

 その瞬間、フォルの戸惑いの表情が……消えた。

「わたしの邪魔をするもの、その悉くを殺せ。そして……」

 ハンカールは頬に添えた手を放し、冷たく前を向いた。

「わたしとゴウマを守るのだ……そう、死に物狂いでな」

「ぐふ……ぐふふは……あぁ、わかったぜぇ、ハンカール様ぁ」

 凶悪な笑みを浮かべ、フォルの顔が歪んでいく!

「要はよぉ……殺ッて、殺ッて、殺りまくればいいんだよなぁ! ぐふはッ!」

 叫ぶや否や、フォルは跳躍した! そして、その巨大な青龍偃月刀を振るう! そこから放たれる瘴気の波涛……それが、号砲となった。

「チィッ!」ミヤビは剣をかざした! 花びらと粉雪を纏った剣跡が、瘴気を、そしてほぼ同時に上空から炸裂した荷電粒子の輝きを切り裂き弾く!

「カカカカッ! 笑止!」瘴気の波涛を突き破り、グェイサがフォルへと迫った! 「ぐふッ! ぐふはッ! いいねぇ、いいじゃねぇかッ!」笑うフォルの背後から、瘴気の渦がせり上がっていく!

「ふふ……」修羅場と化す状況の中で、ハンカールは静かに笑っていた。そのハンカールをピエリッタは歪んだ形相で見つめる。「てめぇ……! お母さまの復活を……汚すな……ッ!」

「ふふふ……言ったはずだ。わたしにはわかると。この戦いの結末も、お前たちの最期も……この世界の行く末もね」

 ハンカールはゆっくりとその右手を掲げる。

「これより始まるは秘儀……我が切り札! 永遠なる力の発現である!」

 ハンカールは叫んだ。

「常なる右手ッ!」

 その右手首に刻まれた摩訶不思議の五字が、鈍い輝きを放った。「そして」ハンカールは左手を顔の前へと掲げ、冷たい笑みを浮かべた。

「……奥の手の左手」

 その左手首から鮮烈なる輝きが放たれる! そこには刻まれていた……それは新たなる五字のジュクゴだった。それこそは!

希 代 不 思 議 !

 
 ハンカールは摩訶不思議と希代不思議、その二つの超越的な輝きを掲げた!

「ゴウマァッ!」
「はい、ハンカールさん」

 その背後から、アルビノの少年……ゴウマが歩み出た。

「てめぇ……ッ」ピエリッタが目を見開く。「ふふ……気がついたか? いかにも、このゴウマもまた極限概念の持ち主だ。しかし……ただの極限概念だとは思わんことだ」

 その瞳の上。それはまるで、波ひとつない水面に映る月光のように、静かに輝く二字が……極限のジュクゴが輝いていた。それは……

六 道 !

 
「ふふ……」高らかに宣言するように、ハンカールは言った。「これより始まるのだ……永遠(とわ)に続く、ジュクゴニア帝国の世界が」

【第70話「摩訶不思議のハンカール」に続く!】

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