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人類救済学園 第捌話 「それはなんだッ!」 ⅰ

前回

ⅰ.

 極楽真如の首が飛ぶ。盧舎那が退学していく。渦巻く漆黒の闇。微笑む救世。次々と大地へと落ちていく生徒たち。

 ああああああ……やめろッ! やめてくれ!

 そして……さよなら、風紀委員のみんな。

「…………!」

 鳳凰丸はがばりと身を起こした。思わず己の顔を手で撫でる。在学している……退学はしていない。鳳凰丸は混乱していた。落ちて、阿修羅に救われて、それからいったい、どうなったというのか?

「無理しない方がいいよ~。応急処置しかできてないからね~」

 と、明るい声。そこにいるはずがない人物に、鳳凰丸は驚き、目を見開く。

「九頭龍滝神峯……さん……?」

「驚いた~?」

 神峯は肩まで手をあげて、はしゃぐように首を左右に振った。よく見ると、そのペストマスクはひしゃげ、ところどころ血に染まっている。

「へへへ。退学したと思ったでしょ~? でもあれぐらい、ボクには平気なんだ。自分で治しちゃうからね。でも……」

 神峯は己の肩を抱きしめ、大げさに震える。

「うううう! あのまま落ちたら、さすがに退学してたよ~」

 そんな神峯の傍らに立つ少年を、鳳凰丸は見つめた。少年もまた、心配そうに鳳凰丸を見ていた。

「……櫻くん」

「鳳凰丸さん……」

 櫻坊だ。その背中を、神峯はバンバンと叩く。

「このコが、ボクのことを空中で掴まえてくれたんだよ~。やったぜナイスキャッチ、だね! 嬉しいな~!」

 神峯は手をあげ、ピョンピョンと跳ねた。

『あー、ちょっといいですか、皆さん』

 櫻の胸元でアミュレットが明滅する。

『鳳凰丸さんを今すぐ助けたい……そう焦る櫻さんを説得して、南円堂さんに声をかけさせたのは、このわたしです。そして九頭龍滝さんを優先して助けるよう助言したのも、この、わたし。それを実現するための神速の力を貸し与えたのも、すべて、このわたしです。どうか、お忘れなく……」

 鳳凰丸は……アミュレットの発言を無視した。そして周囲を見る。険しく、鋭く、影のある眼差しだった。

 学園は薄闇に包まれている。偉大なる校舎は瓦礫と化し、もうもうと粉塵が巻きあがっている。講堂はゆっくりと、空を滑るように飛んでいく……。

『おそらく……講堂が向かっている先は、聖なる入学回廊でしょう』

 アミュレットは……半跏思惟は得意気に言った。

『生徒会長の権能が司るのは、生徒たちの力です。そして同様に、副会長の権能は講堂や入学回廊などの学園施設を司る……夢殿救世はきっと、入学回廊で何かをしようとしている。間違いなく、ろくでもないことに違いありません……』

 鳳凰丸はアミュレットには目もくれず、黙り、じっと遠くを見つめた。その背後から、足音が近づいてくる。足音の主は凛とした声音で言う。

「確認してきた。講堂が向かっている先は、たしかに入学回廊だ。図書委員長が言っていることに間違いはなさそうだ」

 南円堂阿修羅だった。

『当然です』

 不満げにアミュレットが瞬いた。
 阿修羅は鳳凰丸を見た。

「行くのだろう? 君は」

 真剣な眼差しだった。

「君は……」

 阿修羅は鳳凰丸に手を差し出す。一瞬、手を伸ばしたその姿が、講堂での救世の姿に重なった。

「俺とともに来い」

 そう告げた、あの瞬間の救世の姿だ。鳳凰丸は首を振った。違う。今、目の前にいるのは、救世ではない。凛とした眼差し。南円堂阿修羅だ。

 彼女は……出会ったあの時と同様に、気高く、美しい。鳳凰丸は目を閉じ……そして開いた。阿修羅の差し出した手を、断るように己の手をかざす。

「大丈夫」

 己の力で、己の足で立つのだ。立たなければならない。鳳凰丸は、ゆっくりと立ちあがっていく。もう、支えてくれる仲間たちも、隣に立つ友も、皆、いなくなってしまった。

 阿修羅はうなずき、その手を引いた。

 鳳凰丸は立ちあがる。その身にまとう白い詰襟は、風紀委員たちの血によって真っ赤に染まっている。かがり火のような緋色の髪を、彼らの血で、オールバックに撫でつける。

 もはや、覚悟は決まっている。鋭く入学回廊の方角を見据え、鳳凰丸は言った。

「僕は、行ってくるよ」

 阿修羅は微笑んだ。

「ひとりでは行かせない。乗りかかった船だ。私も行くよ。君が嫌がろうとも……例の約束も、あるからな」

 鳳凰丸はどこか悲しげに微笑み返す。

「……ありがとう」

「ボクも行くよ~!」

 そう言ったのは九頭龍滝神峯だ。フンフンフンと鼻息荒く、神峯は続けた。

「正直、副会長をボッコボコにしないとボクの気がすまないんだ! それにボクがいれば、ちょっとの怪我ならすぐ治せるから便利だよ~」

 さらに、

「鳳凰丸さん!」

 櫻坊だ。

「風紀委員のなかで、俺ひとりだけが在学してしまった。でも俺だって……俺だって! あなたのために、いつだって身を捧げる覚悟はあるんだ!」

「ダメだ」

 鳳凰丸は首を振った。

「君では足手まといだ……ここに残れ」

 櫻は食い下がる。

「そんなことは……そんなことは!」

『そんなことは、ありません』

 アミュレットが輝いた。

『平等院鳳凰丸。キミは何か勘違いをしていますね。今、キミがこうして退学せずにすんでいるのも、すべて、この櫻さんのおかげではないですか? しかも今回だけではない。一昨日、美化委員長たちとの闘いでもそうです。キミは二度も、櫻さんに救われている……』

 鳳凰丸は、冷たく言った。

「僕は、君のことを信用していない。半跏思惟中宮」

『やれやれ……』

 アミュレットが瞬く。

『それが、勘違いだと言うのです。周囲をご覧なさい。この、おぞましい状況を前にして、いったいキミは何を言っているのでしょう。今、わたしに対して気に食う、気に食わないだとか、そんな次元の低い話をしている場合でしょうか? 違います。絶対に違う。そんなことを言っている場合ではない! 今は在学生すべてが力を合わせ、夢殿救世を止めなければならない。そうでしょう。違いますか? 違わないはずです。どうですか! 平等院鳳凰丸!』

 鳳凰丸はため息をつき、

「時間の無駄だ。好きにしろ」

「鳳凰丸さん……!」

 櫻の表情が、パアッと明るくなった。鳳凰丸は無視するように、入学回廊に向けて歩きだす。その横に並ぶように阿修羅。ピョコピョコと、跳ねるように神峯もついていき、そして、いそいそと櫻もその後ろについていく。

 数歩歩いた鳳凰丸は振り返った。櫻のアミュレットを指さす。

「ひとつだけ言っておく。櫻くんを退学させたら……覚悟しておけ。ただではすませない」

 アミュレットは楽しげに明滅する。

『ふふふ。当然です』

ⅱに続く

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