死闘ジュクゴニア_01

第47話「それは神のごとく」 #死闘ジュクゴニア

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前回
「あたしは……お前のことが好きだっ。好きなんだっ」
「………………っ」
 ハガネは悲しげに顔を歪めた。ハガネは……その言葉に何も応えることができない。だからカガリは──
「……ははっ」
 カガリは心底残念そうに笑った。そしてその鼓動は停止した。ハガネの、その腕の中で──。

「カガリ……」

 ハガネはその体をそっと抱き締めた。敵だった。許せないやつだった。しつこいやつだった。しかし──ハガネが敗れ去ろうとしたその時、ハガネの心を照らし出したもの。それは、カガリの放ったまばゆい輝きだった。一緒に戦った。気がついたら着いてきていた。そして。

「カガリ……っ」

 そしてハガネの仲間を──家族を守った。カガリは──。

「すまない……すまない……っ」

 カガリを抱くその手が震え、その顔が悲しみに歪んだ。ハガネの不屈の瞳から一筋の涙が流れ、カガリの頬にぽろりと落ちた。ハガネはカガリの体を強く抱きしめていた。

「俺は……俺はお前のことを……すまない……っ」

 荒涼とした戦場に寂しい風が吹いた。その風に乗るように、ハガネの慟哭だけが静かに流れていく。

「……ハガネ」
「…………」
「ハガネっ!!」

 静寂を打ち破る叱責。ハガネは顔を上げ、叱責の主を見た。「……ライさん」ライは緊迫した面持ちで上空のジンヤを見詰めている。ハガネは悲しみで顔を歪めたままでそれに応えた。

「ライさん……わかっています。わかっている……でも今は……今だけは……」
「違う!!」

 ライの声音は極度に張り詰めていた。

「違う……そうではない……そういうことではないのだ、ハガネ……!」

 その瞬間、ハガネは気が付いた。ライの肩が小刻みに震えている。

「ライ……さん……?」

 ハガネは理解した。ライの顔に浮かぶ表情。それは恐怖! そしてそれに抗わんとして己を奮い立たせる感情──それらがないまぜとなり、ライの肩を震わせているのだと!

「この気配……」ライの声は極度の緊張でかすれはじめていた。「私は知っている……」ライは己の胸を押さえるようにして呻いた。「奴だ……」

 その胸に置かれた手が震えていた。ライは己を鼓舞するように叫んでいた。

「奴だ……奴が……来るっ!」

 ──その上空! ジンヤ第一層直上!

「ぐふはっ! ぐふはははっ! シンキのやつ! あっさり死んじまいやがったぜ! ウケる……ぐふふは!」

 爆笑する屍山血河のフォル。その隣、芝居がかった表情で拳を握りしめるのは星旄電戟のバーン

「シンキさん……貴方の仇は……必ずや……必ずやこの僕が取ります……!」
「ぐほっ。相変わらずだなてめぇは。心にもねぇこと言ってんじゃねーよ……アホか」

 そう言いながら、フォルは無意識のうちに上空を見上げていた。何かの予感に駆られるかのように。

 その瞬間! ブォゥオゥン!

 急降下する何かが、フォルの眼前を通りすぎていった。

「ぐは!?」フォルの表情が驚きで硬直する。

「おいおい、マジか今の!?」

 ──再び地上!

「……来るっ! 来る……来るぞっ!!」

 ライが叫んだ。その直後であった!

「うっ!?」

 それはハガネの脳裏に直接轟いていた。

「「愚か! 実に愚かなり!」」
     

 超自然の咆哮! それは幼い子どものような声音でありながら、しかし、有無を言わさぬ威厳に満ちていた。

「これは……っ!」

 ハガネは見た。上空。突如として空を覆う黄金の雲。続いて、たなびくその雲を割るようにして、地上に向けて神々しき光が放射された。

 その光の中、地上へと降りてくる一人の少年の姿があった。その少年の髪は黄金に輝いていた。その引き締まった体は黄金の装束で包まれていた。そしてその黄金に輝く野性的な瞳はライとハガネを見据えていた!

「バガン……」ライは恐怖で吐き出しそうな自分を奮い立たせるようにして吠えていた。「……バガンっ!!」

 その光景──それはまるで神の降臨。この地上に顕現した神話であった。二人の脳裏に超自然の声音が轟いていく。

「「電光石火のライよ! そして下劣なる叛徒どもよ! 聞け! 聞くがよい!」」

「なんだ……これは……!」

 ハガネの体に走る戦慄。空から凄まじきジュクゴ力(ちから)が降り注いでいた。それは文字通り桁が違う──いや、次元が違う! 巨大な山脈が空から落ちてくる。そう錯覚させるほどの圧倒的な力の波濤!

「「我こそはジュクゴニア帝国の真の盾! 我こそはジュクゴニア帝国の真の矛! 我こそは全てを打ち砕く者! 我こそは愚かなる叛逆者どもに鉄槌を下す者である!」」

 バガンは上空で静止した。その体から黄金の光が放たれ拡がっていく。

「「下朗どもよ、目に焼き付けるがよい! このバガンの姿を! フシト陛下より授かりし偉大なる力を!」」

 バガンから放たれる光。それが空を覆うようにして、巨大な何かを形作っていく。

「……!」

 ハガネの鼓動が早鐘のように打ち鳴らされた。その眼前で展開される恐るべき光景。バガンの放つ光がうねり、まるで生きているかのように伸びてゆく。やがてその光はひとつの形を作り上げていった──それは巨大なる人型──輝ける巨人! それは壮麗にして勇壮。それは神のごとき威容! それはすべてを圧倒する光の巨人である!

「「ふっははははは! はははははははっ!」」

 バガンの哄笑が轟く。それとともに巨人の肩から幾条もの稲妻が上空に向けて放たれた。そして──巨人から放たれた稲妻は黄金の雲たなびく天空に、荒々しくも力強く、巨大な五字のジュクゴを描きはじめた。

「……勝てるのか……俺は」

 ハガネは呻いていた。その眼前にはそびえる光の巨人。その胸には浮遊するバガン。そして天空を覆うようにして描かれていく圧倒的な五字のジュクゴ!

「勝てるのか……こいつに……俺は……勝てるのか……っ!」

 不屈のハガネの心が、今まさに圧されようとしていた。荒ぶる神々しき輝き。描き出されていく恐るべき五字のジュクゴ! それは絶望的に絶対。絶対的に絶大。それは紛れもない最強。それは紛れもない神話の顕現。覆しようのない圧倒的な概念の力!

 ハガネの呼吸が荒くなり、その顔を冷たい汗が流れた。その見据える先。天空に描かれた五字のジュクゴが完成し、雷轟とともに神秘の輝きを放つ! それこそは──

  

  

霊 長 類 最 強 !!

  

  
 バガンは咆哮した。

「「己の愚かさを悟れ、そして絶望せよ! 哀れなる下朗どもよ! 貴様らに未来なく、あるのはただ滅びのみ! 滅べ! 滅ぶのだ! 我が鉄槌によってただ無様に滅びゆくがよい!」」

「ハガネ……」

 ライの胸の裡で──ズクン。不気味に蠢く力があった。それは創世の種。奇怪なる道化師、ピエリッタによってもたらされた力。ライは胸を押さえる手に力をこめた。ライは覚悟を決めた。そしてハガネに告げた。

「ハガネ……我らは今まさに死地にいる……。我らが勝てる可能性は万にひとつ……いや、億にひとつ。しかし──しかしそれでも! 我らは勝たなければならない! 明日のために! 共に歩んできた人々のために!」

 ライは振り返り、ハガネの瞳を真っ直ぐに見据えた。

「今こそ……今こそ決死の覚悟を決めよ!」

【第四十八話「圧倒する力」に続く!】

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