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最終話「不屈のハガネ(中編)」 #死闘ジュクゴニア

目次】【キャラクター名鑑【総集編目次】
前回
「行け、ハガネッ!」
「あぁッ!」

 ハガネはカガリを載せ、ミリシャとゴウマが争う方角へと飛んだ! ミヤビはその背中を見て、静かに笑った。不思議な感覚だった。敵だった少年に、まるで戦友のような想いを抱いている。そんな自分が、妙に可笑しかった。

「ふふ……ミヤビ。余裕だね」
「そうだな、ハンカール」

 ミヤビはゆっくりと、その剣を天へと向けてかかげていく。

「今ここで、私は貴様を……超えてみせる」

 世界ッ! 五分前ッ! 創造仮説ッ! 世界ッ! 五分前ッ! 創造仮説ッ! 世界ッ! 五分前ッ! 創造仮説ッ! 世界ッ! 五分前ッ! 創造仮説ッ!

 祝福、そして怨念を込めて。世界五分前創造仮説の聖歌が大気を揺るがし、唸りをあげ、猛り、吠える。

「ははは! お子さまが、わたしの前で……調子に乗るッ!」

 ミリシャの体から腐った血のような奔流が噴き出す。それと連動するように、世界の揺らぎが増していく。血の奔流は怒濤の渦と化し、ゴウマへと迫る!

 ゴウマは体の前で腕をクロスした。

「六道……」

 そして開く! 「光輪!」瞬間、ゴウマを囲む六つの円環から鮮烈な輝きが放射された。その輝きは円を描くように旋回、光の輪を形成。甲高い音を立てながら回転し……そして、血の奔流を切り裂いた!

 逆転。今度はゴウマの光輪がミリシャへと迫る番であった! 「はは……ちょこざい」光輪に向けミリシャは手をかざす。「……歪め!」直後、光輪は周囲の空間ごと歪曲。高速で踊るように奇妙な変形を繰り返して光の粉となって散った。

 ゴウマは無表情に首を傾げた。

(このガキ、さすがにハンカールの切り札だけはある。だが……)

 ミリシャは嘲笑っていた。

「はは。可愛いもんじゃあないか。世界の滅びは、すでに確定してるってのにさァッ!」

 二人はさらなる攻撃の構えを取る。赤い奔流と六色の輝き。その二人の間に……「なにッ!」

 轟ッ!

 雄叫びのごとき轟きとともに、青い炎が迸る!

 ミリシャは目を剥いた。

「この期に及んで、まだ出しゃばりがいるッ!」

 凄まじいジュクゴ力が接近していた。ミリシャは、そしてゴウマは力の方角を向き、そして見た。

 空を覆うように燃えひろがる翼。それは火花を散らし、羽ばたいている。それは不屈の体現! 極限の力! 巨大なる──不撓不屈の翼であった! 

「不屈……なるほど、ははッ! 極限概念か!」

 ミリシャは壮絶な笑みを浮かべた。刹那、世界がより一層揺らぎを強め、大気が血の色へと染まっていく! そしてどす黒い、腐血のごとき世界五分前創造仮説のジュクゴが、爆発するようにミリシャの周囲を旋回した! そこに激突するように、ハガネが飛び込んでいく!

「うぉぉッ!」
「いっくぜェー!」

 ハガネの咆哮にカガリの雄叫びが重なる。ハガネは両手を突き出す。旋回する世界五分前創造仮説のジュクゴを掴む! その手にカガリの炎が重なりあう。火花と、血のような雫が激しく散った! ハガネは叫んだ。

「お前ッ! ライさんから……離れろッ!」
「ははは……なんだ? こっちもお子さまか?」

 直後、閃光が走るッ!

「「なにッ!」」

 ミリシャとハガネは弾かれるように後ろへと飛んだ。その二者の間。割って入ったのはゴウマであった。

「ほう……?」

 ミリシャは感心したように目を見開いた。

「こいつ……」

 ハガネは一瞬、魅入られたようにゴウマを見た。

 ゴウマの背後。そこには後光のように輝いている……世界を体現する六つのジュクゴ、天、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄!

 そしてその神々しき姿は、もはや少年のものではない。完璧なる人間。髪の毛の揺らぎ、指先の動き、その細かい所作までもすべてが……あらゆる存在を凌駕する、超越者としての立ち居振る舞いを示していた!

 まさしく、フシトにも似た超絶の青年がそこには佇んでいる!

「わかってきました、ハンカールさん」

 ゴウマは微笑んだ。

「力の使い方、だいぶわかってきました」

「ふふふ……」

 ハンカールは超然と笑みを浮かべた。

「いよいよ完成の時が近づいているようだ、ミヤビ」

 ミヤビを見る、その目は冷めたい光を湛えている。「お前はわたしを超えると言ったな。だが……」ふふ、と含み笑いを漏らす。

「わたしにはわかる。そんな未来など、存在しない」

 ミヤビは静かだった。天を指し示すように剣を掲げ、力むこともなく、焦ることもなく、猛ることもなく──その剣を中心に牡丹色の花びらが舞っていく。花びらは突風に吹かれたように、二人を包み込んでいく。

「ふふふ……相変わらず演出過剰だな」

 ハンカールは笑った。刹那、花びらは爆発的に舞い始める! それは絨毯のように二人の足元を敷き詰め、やがて空中に、牡丹色の花びら舞う平原を作り出し……二人はその上に立つ形で対峙していた。

「美しいな、ミヤビ」

 舞う花びらを横目で見ながら、ハンカールは続けた。「お前の死に場所として、これほどふさわしい場所もあるまい」

「私は……」ミヤビはそれを無視して、独白するように語り始めた。

「私は、ずっと考えていた」
「ふふ……そうか」
「私がより高みへと到るためには、超えなければならない存在がある……それが、貴様なのだと」
「ふふ、光栄だね」
「だから私は考えていた。考え続けていた。いつかは貴様と戦う時が来る。そして、貴様に勝たねばならぬ時が来る。だからどうすれば貴様に……貴様の未来を知る予見の力を、どうすれば乗り越え、超えることができるのかと……ずっと考え続けてきた」
「健気だな、ミヤビは」

「だから先にジンヤの上で貴様に会った時……私は言ったのだ」

 ミヤビは一呼吸おいて続けた。

「『私は、貴様に弓を引いたのだ』と」

「ふふ……ははははは……」

 ハンカールは嘲るような笑いを漏らした。そしてパンパンと、手を打ち鳴らした。

「面白い。実に愉快だ」

 目的達成が間近である状況がそうさせたのか……ハンカールは饒舌だった。

「あぁ、たしかにお前はそう言ったな。そして、実際にそうなった。お望み通り、お前はこうやって、このわたしに弓を引いているわけだ。ふふふ……それで? それでどうなる? わたしは未来を知っている。お前がそれを覆せぬことも知っている」

 そしてミヤビを制するように手を前に出した。

「……いや、もういいだろう。わたしにはわかる。これからお前がわたしに告げる言葉も、そして、お前がこれから迎える最期も、そのすべてがな」

 ハンカールは凍えるような笑みを浮かべた。

「だからもういい。終わりにしよう、ミヤビ」

 その刹那!

「ぐふはぁッ!」

 花びらの絨毯を突き破り、ミヤビの背後に屍山血河のフォルが躍り出た! ミヤビは振り返り、剣をかざす!

「ぐふッ! 嬉しいぜェ、また会えたなぁクソミヤビィッ! ク・ソ・ミ・ヤ・ビ!」

 瘴気をまとった青龍偃月刀がその剣へと叩きつけられる! 花びら舞う平原に、禍々しい瘴気の嵐が吹き荒れた。

「ふふ……卑劣、とは言わさんよ、ミヤビ」

 そう告げるハンカールの両腕。摩訶不思議と希代不思議の五字が、輝きを増していく。

「これは……この力は……!」

 ハガネは呻いていた。ゴウマの正中線を貫くように刻まれた輝き──それは

天 上 天 下 唯 我 独 尊 !

 
 その絶対の八字が輝きを増していく。そしてゴウマの体を囲む円環の六ジュクゴが、まるで時を刻むように、ひとつずつ、強烈な明かりを灯していく。

「なんだなんだ、ビカーッてなってんじゃん、あいつ!」「くそ……ッ!」

 目を丸くするカガリを背負ったまま、ハガネは急速上昇、緊急回避! それと同時。「吹き飛べ」ゴウマの囁きとともに、その全身から放たれたのは、絶対の輝きであった!

 ハガネは、そしてミリシャは見た! 怒濤のごとき絶対の輝きを! その中を天上天下唯我独尊の八字が乱舞し、回転し、凄まじい力を放っていく!

「は……?」ミリシャは己を護るように手を前にかざした。光がその体を貫き……ジュン。音とともに、ミリシャの体は蒸発した。

 一方! 「どぉぉりゃ!」迫りくる光を、カガリの劫火が減殺する! 「くゥッ!」ハガネは不撓不屈の翼を前面に展開し、己とカガリを護る! 「うぉぉぉぉッ!」ハガネは吠えた。その体を絶対なる輝きが包み込んでいく!

 そして……。

 光の放出が終わった。辺りを静寂が包み込む。世界五分前創造仮説の聖歌は消滅している。世界の揺らぎも止まっている。その静けさの中で、ゴウマは首を傾げていた。「へぇ、そうなんだ……」

 その視線の先……ハガネとカガリ! 二人は、怒涛の攻撃を凌ぎきっていた! 「そんな……ライさん……ライさん……!」ミリシャの消滅を見て、ハガネは拳を握りしめる。

 しかし、その直後!

「!?」

 まるで時が逆回しになるように、ハガネの体が再び天上天下唯我独尊の輝きに包まれる。そしてその輝きはゴウマの元へと巻き戻っていく。光と激突する劫火がその途上で生じ、その炎もまたカガリの手元へと戻っていく。「これはッ!?」

 ……そして!

 世界ッ! 五分前ッ! 創造仮説ッ! 世、界! 五分、前! 創造、仮! 説! 世ッ! 界ッ! 五ッ! 分ッ! 前ッ! 創ッ! 造ッ! 仮ッ! 説……ッ! 世界ッ! 五分前ッ! 創造仮説ッ! 世、界! 五分、前! 創造、仮! 説! 世ッ! 界ッ! 五ッ! 分ッ! 前ッ! 創ッ! 造ッ! 仮ッ! 説……ッ!

 再び、世界五分前創造仮説の聖歌が激しい拍動を刻みはじめる。

「ははははははは……!」

 嗤うミリシャがそこにはいた。

「凄い力だ。だが安心したよ……今のわたしには、まるで通用しないってことがわかったからさァ。そして……」

 ミリシャはその手を高く掲げた。

「あぁ、申し訳ない。もう時間切れなんだ。この世界の滅びの時が、来てしまったよ」

「なんだ……これは……ッ!」

 ハガネは唸った。ミリシャの掲げる手の先へ、戦場全体から血のような赤い筋が立ち昇っていく。幾千、幾万もの血の揺らぎ。それはまるで赤く染まった死者の魂のようにゆらゆらと飛びながら、ミリシャの示す一点へと集結していく。

「我が娘が集めたジュクゴ使いたち。ははは……やつらは十分過ぎるほど役に立ってくれた」

 ミリシャは仰ぐように仰け反り、歪んだ笑みを浮かべた。その視線の先で血の筋が寄り集まり、捻れ、撚り集まっていく。そしてそれは血の色の……戦場全体を覆うほどの巨大な、血の繭玉を形成した!

「そのすべてを犠牲として……は、はは……この、真・創世の種は成ったのだ! ははははは……」

 ミリシャは前を向き、狂気に満ちたその目を見開いた。

「さぁ、新たなる創世を始めようじゃあないか。真・創世の種が、この腐ったゴミ溜めのごとき世界を打ち砕く! ははは! あの、ゲス野郎のハンカールもろともさァ! そして新たなる世界の母体となるのさ……ははは……この、ミリシャが産み出す新たなる世界のねェ! は、ははははッ!」

「くッ……」

 ハガネは拳を握りしめた。真・創世の種。それは放っていた。あり得ざる……凄まじい力を! まるで、世界そのものと対峙しているかのような強大な力。それが心臓のような律動を繰り返しながら、血の色で空を覆っている!

 一方、ゴウマは目を丸くして、驚いたように呟いていた。

「あぁ……ハンカールさん」

 そして満面の笑みを浮かべた。

「あは、やっぱりすごいや、ハンカールさんは……。すべて、ハンカールさんの言うとおりになっちゃった……!」

 輝きを増しながら、ゆっくりと、その両手を広げていく。

「この力を僕が飲み込む。そして、僕たちの世界が完成する……そうですよね、ハンカールさん」

「ふふふ……いよいよだ。偉大なる時がついに刻まれようとしている」

 ハンカールは冷たい笑みとともに、その輝く両腕を前へと突き出した。

「わたしには見える……ふふ……不滅なる世界の誕生、その栄光の瞬間が!」

 その顔の横を「ぐほはッ!? 強ェえ!」風を切りながら、フォルが吹き飛び通過した。「ふふ……」ハンカールの髪がなびく。

「さぁ、終わらせよう」

 フォルを吹き飛ばした男……ミヤビと、ハンカールの視線が激突した。ハンカールの手首から極光のごとき輝きが立ち昇る。ミヤビはハンカールに剣を突きつける。その口調は静かで、しかし鋭い。

「貴様は……すべてを見通せると思い込んでいる」
「その通りだ」
「だから知らない」
「ふふ? 知っているとも」
「貴様は知らない。私があの時、『弓を引いた』と言った本当の意味を。そして……」

 ミヤビの鋭い眼差しが、ハンカールを射抜いた!

「貴様が侮る、我が花鳥風月の力をッ!」

 その瞬間、花びらが、粉雪が、怒涛の吹雪となって吹き荒れ、輝きを放ちながら、宙に新たなるジュクゴを描き出していった!

「……?」

 ハンカールは怪訝そうに顔をしかめた。己の見る未来が……「これは……?」ノイズにまみれた。そして揺らぎ……「バカな……」その像は……「バカな……」

 ……書き換わっていく!

「バカなァッ!? ミヤビ貴様!?」

 その刹那……それは空を切り裂き、飛来した。

「オゴ……ッ」

 ハンカールは血を吐いた。

「バ……カな……?」

 ミヤビは剣をかざし、静かに告げる。

「終わりだ、ハンカール」

 その見つめる先。ハンカールの首には突き刺さっている。それは美しく煌めく白銀の……

 一本の矢!

 ハンカールは呻いた。

「な……ぜ……だ……な……ぜ……」

 今まさに、戦場の趨勢が変わろうとしている。
 ここから、反撃の狼煙が上がっていくッ!

【最終話「不屈のハガネ (後編)」に続く!】

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