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人類救済学園 第肆話「恋の始まりは晴れたり曇ったりの四月のようだ」 ⅲ

前回

ⅲ.

「ふふ。でははじめに……」

 中宮は、もったいぶりながら語りはじめた。

「わたしについて、理解してほしいです」

「興味ないね」

 と、鳳凰丸。

「悲しい……どうか、そう言わずに。ちゃんと知ってほしいのです、わたしのことを。実はわたしは……図書館から出ることができないのです。なぜだと思いますか?」

「どうでもいいよ」

 鳳凰丸は心底、興味がなさそうに言った。中宮は寂しそうに微笑んだ。

「わたしは図書館を出た瞬間、全身がはり裂けて退学する」

「ふーん、大変だね」

 と鳳凰丸は、再び興味なさげにかえす。
 中宮は微笑みを絶やさず続けた。

「これは呪い……代々の図書委員長が負う呪いのようなものです。図書委員長となった者は、卒業まで図書館から出ることができないのです……ふふ、ひどいものですね」

「ああ、そう」

「学園が、そのような制約をなぜ図書委員長に負わせたのか……ふふ……わかりますか?」

「興味ないね」

 とこたえた鳳凰丸を無視し、中宮は突然立ちあがった。そして芝居がかった大仰さで腕をひろげる。

「なぜなら、図書委員長に与えられた権能が絶大だからです!」

 同時。にぎやかな笑い声が図書館のなかに木霊した。そして書棚からつぎつぎと、元気よく飛びだしてきたのは手足が生えた本たちだった。

「この図書館には収納されています……人類がいままでに築いてきた科学、文明、歴史、娯楽……その膨大な知識が。そしてそれらのすべてが、我が手中にあるのです!」

 鳳凰丸はソファーの上で頬杖をつき、冷たく目を細めた。

「で……?」

 その周囲を本たちが取り囲む。本たちは楽しげに跳ね、踊るように回り始めた。「ふふふ!」中宮はその腕を鳳凰丸に向けてかざす。

「では、見せてあげましょう。我が権能を! 櫻さんを操ったように、今からキミを、操ります」

 中宮は足を踏みだし、前のめりになって叫ぶ。

「我が権能を執行する……鳳凰丸! 我にひざまずけ!」

 突如、にぎやかに舞い踊っていた本たちがその動きをとめ、シン、とした沈黙が流れた。鳳凰丸は冷たく目を細めたまま、道化のように前のめりになった中宮を見つめる。中宮の顔はどこか得意げだった。鳳凰丸はため息をつき、

「……帰っていいかな?」

 と告げた。中宮はバサッと倒れるようにソファーに座りなおし、そして笑った。

「ふふ、冗談ですよ、冗談。楽しんでいただけましたか? 当然、そんなことができるわけない……わたしの権能は、大したことないのです」

 そう言いながら、胸のアミュレットを手にした。

「権能は、この道具を通じてしか使えないのです……実にチンケです」

 中宮は寂しげに続ける。

「このアミュレットを通じ、わたしは我が知識と力を、同じようにアミュレットを身につけた生徒に貸しだすことができます。それだけが唯一、図書館の外で振るえる我が権能です。図書委員ですから貸しだすことはお手のもの、というわけです」

 だから、と中宮は続けた。

「あの時、わたしは櫻さんを操ったわけではないのですよ。あの瞬間、限界までわたしの力を櫻さんに貸しだした。いわば、櫻さんはわたし自身となった」

「……」

 鳳凰丸は無言で中宮のアミュレットを見つめた。

「どうでしょう? これがわたしの弱点と権能です。少しは信用できましたか」

「はは。君を信用するだって? 無理だね」

「手厳しい……悲しいです。でも、わたしはめげませんよ、平等院さん。次に……あなたが知りたがっている〈技〉についてお教えしましょう」

 鳳凰丸の眉根がぴくりと動いた。

「よかったです。やはり興味がおありのようだ」

「御託はいいよ。続けなよ」

「ふふ……つれない。技とは、代々の役員たちが磨きつづけてきた闘争のための手段です」

「闘争のための……手段」

「はい。そうです。この学園は馬鹿げたことに生徒間の闘争を認めています……キミが遭遇した、校内暴力のようにね。だから防衛の手段として、あるいは自身の権益確保のために……代々の役員たちは、技を磨き続けてきたのです」

 そして、と中宮はつづけた。

「ここでもうひとつ、重要な概念が出てきます。それが、〈継承〉です。ふふ。平等院さん、役員の交代って、どうやっておこるかわかりますか?」

「……僕の記憶では、役員は卒業にともない、次代の役員へとその権能を受け渡す。そのはずだ」

 中宮はうなずいた。

「その通りです。そしてキミもご存じのとおり学園の生徒は入学した段階で、すでに学園での役割は決まっている……つまり、次代の役員候補も、予め決められているということを意味します。そして……役員は卒業と同時に、次代の生徒へと自らの権能を受け渡す。ですが、それだけでは終わりません。学園生活のなかで育んだ記憶も、知恵も、経験も、すべてを次代へと受け渡す……」

「それが……」

「そう、それが〈継承〉です。だから技もまた、代を重ねて受け継がれていくのです。もっとも、ほとんどの技は我が図書館に記録として残されています。八葉蓮書記がつかった、狂星群のようにね。ふふ、実に他愛のない、どうということのない技ばかりです」

 鳳凰丸はあごに手をあて、思案するように首を傾けた。中宮は呟くように言った。

「だからキミはイレギュラーなのですよ、平等院さん。キミは継承を受けていない……本来、必要な記憶や権能は、学園を通じてア・プリオリに与えられるものです……しかし、技はそうではない。先代からの継承がない限り、技の記憶が生じることはない。少なくとも今までは、そのように考えられてきました。だからキミが技を覚醒したことは、実に興味深いことです。学園史に残すべき事象です……」

「ああ、そう」

 とそっけなく鳳凰丸はこたえる。しかしその脳裏では、チカ、チカと不思議な光が瞬いていた。なにかを掴めそうだ……そんな、奇妙な感触だった。

「さて最後に。わたしがなぜ、キミに協力しているのか……それについて、話さなければなりませんね」

 そう言うと、中宮は書棚に向かって手をかざす。パタパタと本が羽ばたいてきて、その手におさまった。

「これは歴代の図書委員長が編纂し続けてきた、学園史の、ほんの一部です」

 中宮はぺらぺらとページをめくりながら、くすくすと笑いだした。

「実に退屈な内容です……こんなものに、わたしは興味がわかない。わたしはね、こんな退屈な記録ではなく……血沸き肉躍る物語を描きたいのですよ、平等院さん」

 その頬にうっすらと赤みがさし、中宮は興奮をおさえるように続けた。

「生徒会長……金堂盧舎那は英雄です。快刀乱麻、あらゆる問題を解決してきた。学園史上、もっとも偉大な男と言ってもいい。まさに稀代の傑物です。でもね……彼でもわたしにとっても退屈だった。わたしはね……平等院さん」

 中宮は、鳳凰丸の瞳を見つめた。その眼差しは、しっとりと、恍惚に濡れていた。

「わたしは……キミが転入してきて……その記憶が浮上してきて……その瞬間、魂に火がついたようだったよ。そして実際にこうして会ってみて、それは確信に変わったんだ。キミのその、冷ややかに見えながら、ギリギリのところで一生懸命になっているところなんて……」

 中宮は、前のめりに身を乗りだす。

「可愛らしくて、心から好きだ」

 鳳凰丸は表情を変えずに、心底軽蔑したように言った。

「……君、気持ち悪いよ」

 中宮はさらに身をのりだし……鳳凰丸の肩をつかんだ。

「夢殿救世はおやめなさい」

「はぁ?」

「キミは……なぜ彼を、夢殿救世を信用するのでしょうか……キミはまるで、卵からかえったばかりの雛鳥のようだ。はじめて見た相手を、自分の親だと誤認してしまう雛鳥のようだ」

 グッと、その顔を鳳凰丸の顔へと近づける。そのウェーブのかかった銀髪が揺らめき、その知的で情熱的な顔から、吐息のような呼吸が漏れだしていた。

「どうか……どうかお願いです。平等院鳳凰丸。夢殿救世を信用するのは、おやめなさい。キミがあれだけ危機に陥り、あれだけ傷ついていたのに、彼は、無傷なままだったよね。あれが彼の本質だよ、鳳凰丸。でもわたしは違う。キミのために、どんなことだってやってみせる。本当はこんな図書館を飛びだして、ずっとキミのそばに居たいとすら思っているんだ。キミがこれからやることを、キミの鼓動を、キミの呼吸を……かたわらで感じていたい。キミが信ずべきは夢殿救世じゃない……わたしなんだ……」

 鳳凰丸は、はぁっ、と大きくため息をついた。肩におかれた中宮の左手をつかみ……その薬指を折った。痛々しい音がした。

「……あ……あぁッ!」

 中宮はうめき、くずおれる。鳳凰丸は立ちあがり、冷ややかに中宮を見おろした。

「情報、ありがとね。これで君に用はないから、もう僕は帰るよ」

 中宮はうずくまったまま、声にならない悲鳴をあげている。鳳凰丸は冷たい笑みを浮かべた。

「その指だったら、保健室に行けばすぐ治るよ」

 そして立ち去ろうとして、立ちどまる。今さら思い出したように、わざとらしくこう言ってみせる。

「あ、君はここ出れないんだっけ……ウケる」

「ま、待って……」

 そう懇願する中宮を無視して、鳳凰丸は去っていく。

「ふ、ふ、ふふふふ」

 中宮は顔に冷たい汗を浮かべ、苦痛に顔を歪ませながら笑った。図書館の扉が開き、そして、閉じる音が響いた。

「は、は……残念です……」

 あえぎながら、中宮は折られた薬指を己の顔へと近づけ……その匂いをかいだ。「ああ……」恍惚と呟く。
 
「そう……『恋の始まりは、晴れたり曇ったりの四月のようだ』」

 ふふ、ふふふふふ……。

 薄暗い図書館のなかで、苦痛に顔を歪ませながらも……その心は高揚していた。

「やっぱり邪魔だよなぁ……」

 その目が怪しく輝く。

「……夢殿救世って」

ⅳに続く

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